3-3-2 陰陽師大家・賀茂の実力
術比べ。
銀郎が駆ける。すでに抜刀しており、その速度を持って茨木童子の左側へ回り込んでいた。速度と剣技の腕だったら、ゴンよりも確実に上の銀郎。いかんせんゴン相手には多数の手数によってその速度も剣技も封じ込められてしまう。霊気がもっと膨大だったらもっと銀郎のスペックを引き出せるんだろうけど。
左腕がないというのは、それだけ行動できることが制限される。左腕で近付いた相手を掃うこともできない。
「シッ!」
首目掛けて水平斬りを行ったが、そちら側から攻められるのに慣れているのか、バックステップで避けていた。そのまま空を駆けられるように霊気で空中に足場を作り上げる。そこで跳ねるように方向転換をする銀郎。
今度は背中を取って斬りつける。今度こそはクリーンヒット。斬りつけられた方向とは逆へ茨木童子はよろけるが、それを見逃す銀郎ではない。さらに追撃に移る。
『グアアアアアアアアアッ!』
だが、今度の脚を狙った斬りかかりは棍棒によって防がれてしまった。いくら霊気で刀自体に強化を与えていても、向こうだって同じように棍棒に力を加えている。父さんが主だったら棍棒ごと斬り伏せていただろうか。
鍔迫り合い、ではないが武器同士の接触はすぐに終わる。銀郎が棍棒を駆け上がったからだ。そのまま顔面に近付くが、棍棒を離した右手に払われてしまう。着地点に衝撃緩和のために柔らかい霊気を構築して受け止める。
「銀郎」
『へい。んじゃあ飛ばしますんで、ついてきてください』
「やれるだけやってみるさ、ON」
俺が術を発動するのと同時に銀郎が、飛ぶ。銀郎には翼があるわけでもないので、鳥のように飛ぶことはできないが、俺が無数の足場を作り上げて、そこを高速移動することであたかも飛んでいるような軌道をする。
縦横無尽に駆け、通り抜けざまに斬りつけていく。標的が小さく、高速で動くあまり大鬼のような巨漢では捉えられていなかった。茨木童子は身体が大きいからか、動きはそこまで速くない。ギリギリ追いつけない程度に動体視力は良さそうだが、身体の動きがついていっていない。
銀郎が足の腱目掛けて斬りかかる。ここだ。
霊気を銀郎へ多く預ける。その霊気を銀郎は攻撃へ費やして、足を切り落とした。
『グウウウウウウウウウッゥ!』
片足をなくした茨木童子は膝をつく。さらに猛攻を仕掛ける銀郎だが、そこは鬼としての矜持か、残っている足で回し蹴りを仕掛けてきた。今から方向を変えるのは難しい。銀郎の前に障壁を張って、ダメージを軽減する。吹っ飛ばされた先にも、マットのような緩衝材になる霊気の塊を作り出して補助した。
「天の六、地の四!急々如律令!」
賀茂が霊気によって茨木童子の足を修復していく。これだけ戦えば確信する。あの茨木童子は偽者で、星斗の大鬼より格下だ。
偽者、という表現は正しくないかもしれない。その名で何故か呼ばれる、勘違いをさせられた大鬼に過ぎないのだろう。知性が高い鬼は話すことができるがあの鬼は見たところ話せそうにないし、実力的には星斗の大鬼やAさんの鬼二匹に比べれば大きく劣る。そんな存在が大江山で鬼たちの棟梁をやっていた茨木童子のはずがない。
ここまでだ。星斗の大鬼より弱い存在に、これ以上時間をかけられない。八神先生が課した術比べの演習という魅せるような模擬戦は、充分こなしただろう。
あとやることは、狐をバカにした賀茂への仕返しだけ。式神行使という分野では絶対に勝てないというところを見せないといけない。
「銀郎。六式の解放を許可する。霊気も存分に持っていけ」
『いいんですかい?こんな衆目の前で』
「いいさ。それに、知ってる人は知ってる。お前は割と有名だぞ?」
瑠姫はそうでもないが、銀郎は難波家最強の式神ということで有名だ。実物を見たことがある人は少ないだろうが、難波家の式神といえば銀郎というくらいには名が知れている。
銀郎が言っているのは姫さんとあの鬼のこと。とはいえ、あの二人なら銀郎の剣技を見せるくらい問題ない。知っている可能性の方が高いし。
『わかりました。んじゃ、遠慮なく。六式はそんなに好きじゃないんですけどねえ。なにせ、見たままの異形ですから』
銀郎から霊気が放出される。その霊気が刀に移っていき、刀ではなく包丁のように、かつかなり大きな刀身に変化していく。添えるだけだった左手も、今ではしっかりとその巨大な刀身を支えるように握っていた。
包丁、というものは料理に使われるものだ。正確には包が調理場を指し、丁はいわゆる料理人という意味の言葉だが、大陸を渡ってくる過程で、あと時代の移ろいで刃物のことを指す言葉になったらしい。包丁とはあたしのことニャ、としきりに瑠姫が語っていたので覚えている。
その包丁のような物を使う理由は単純。解体しやすいからだ。
『刀身変化六式・鬼斬り包丁。若き天才、香炉星斗の大鬼・郭を一刀両断した実績持ちなもんで。終わらせてもらいますわ』
纏う力も鬼狩り特化に変化している。堅い皮膚を斬り裂くには、それ相応の切れ味と頑丈さを兼ね備えた武器と、それを扱いきる膂力がいる。武器を用意し、筋力も増強させた銀郎だが、持ち前の速度も落ちてはいない。霊気で賄っているからだ。
燃費は最悪だが、大きな鬼を相手にするなら最適解だ。鬼以外にも通用するが、狩ってきた多くが鬼だったためにこの名前なんだとか。
銀郎が瞬間移動の如く、茨木童子の眼前に移動し、そのまま禍々しく朱くなった巨大な刃で文字通り茨木童子を真っ二つにした。茨木童子の身体を維持する霊気が霧散しかけるが、賀茂が一気に霊力を注ぎ込む。
「急久如律令!」
ずいぶん歪だが、茨木童子の身体がくっつく。すでに死んでいて、霊気で身体を構築しているからこそできる離れ業だ。だが、正直身体の維持で限界だろう。ここからあの無理矢理くっつけた身体で、鬼殺しに特化した銀郎を相手取り逆転する未来が見えない。
『降参してはくれませんかね?あっしもたかが術比べで鬼を微塵切りにするのは嫌なんですよ。疲れますし、もう式神の格の差はわかったでしょう?あんたの陰陽師としての実力が坊ちゃんより劣るかなんてわかりませんが、あんたの鬼とあっしの間には差がある。この術比べの結果はそれでいいじゃないですか』
「まだですわ!茨木童子は倒れておりませんもの!」
『無理くりなんですがねえ……。先生さん、まだやる?』
「賀茂が諦めていないからな。難波もいいか?」
「大丈夫です。銀郎、終わらせてくれ」
『はいはい』
棍棒が振り下ろされる。それを鬼斬り包丁で受け止めて、回し蹴りで右腕を蹴り上げて棍棒を吹っ飛ばした。六式状態の銀郎は鬼に対抗できる身体能力を産み出しているんだから、弱体してる鬼の腕くらい吹っ飛ばせるよな。
そのまま切り抜けて、いつの間にか茨木童子の背中側にいた銀郎。すり抜け際にたぶん四閃してる。二つしか見えなかったけど。いつの間に足も斬ったんだか。
達磨状態になった茨木童子の胸に突き刺さる巨大な剣。首が落ちても生きてる生物。それが鬼だ。討伐となると確実に四肢を切り落として、心臓を貫くしかない。さすがに身体を維持する呪符にまで届く一撃には、大鬼と言えども耐え切れずに消滅していった。
呪符が地面に落ちたところで、立会人の八神先生が宣言する。
「勝者、難波明。では術比べは終わりだ。三人は反省文を一週間後までに提出するように。それと総評といこうか。俺でも全部見えたわけではないが」
銀郎は六式を解除して、実体化も解く。銀郎も神の座の末端には所属している。隻腕の大鬼程度には負けないだろう。霊気の量も俺の方が上。式神補助もほとんどできずに回復しかできていなかった賀茂。今回の術比べでは差が歴然だった。
あの大鬼と契約したのが当人ならすごいのだろうが、契約した時点で終わっているために俺の評価としてはイマイチ。同じ頃の星斗の方が式神も補助術もしっかりしてたしなあ。そもそも鬼火使ってきたし。
六歳児に大人げないとは思ったけど、天狐という切り札を使っておきながらもう少しで負けそうだった。俺はあの頃まだ霊気がそこまで多くなかったが、ゴンは戦上手だったし、星斗の実力は本物だった。負けてもおかしくはなかった。
だけど、今日は正直楽勝だった。星斗って実はすごかったんだな。さすが若き天才。今では完全に俺にとってはからかいがいのある玩具だけど。
生徒たちがフロアに降りてきたことで八神先生による総評が始まる。
「二人の式神の格、能力の差については話せないな。茨木童子の名が本当なら狼の式神にも勝てるだろう。霊気の量も二人は同じく高い。差を分けたのは式神への補助術。難波の式神は傷らしい傷を負っていない。着地や攻撃を受けた際に障壁を作っていたな」
「はい。簡単な補助術の場合は霊気の強度、詠唱なしでの発動は十歳までにできるように教育されますから。ウチの分家の香炉星斗は五歳の段階で補助術と式神行使を完璧にこなしていたと聞きます」
「……同じことができるやつはこの中にいるか?」
手を上げたのはミクだけ。……あれ?祐介も天海も賀茂もできない?そんなバカな。できなかったら式神で戦うなんてできないだろうに。
「祐介、霊糸は?」
「それはできる。術式を編むのに一つでも霊気を込めたものがあった方が術式の強度にも関わるからな。けど、明?障壁を詠唱なしで作るってことは、方陣を無詠唱で作るのと同義だからな?」
「あ?四門を設定するわけでもなく、ただ霊気に形を持たせて、それで強弱つけるだけだろ?その強弱にも限度があるけど」
「霊気に形を持たせるのはだいたい呪符使って補うんだよ!呪符使わずに烏とかの式神行使するようなもんだからな⁉」
「………………それは、たしかにおかしい」
怪訝な目をクラスメイトから一斉に向けられる。俺はともかく、ミクは何がおかしいのかわからずに周りの表情を疑っている。それぐらいできて当たり前、分家の人間でも大体できていたのに。
式神の家だと中休みで言っていた摂津が一番俺のことを宇宙人でも見たかのような顔で見てくる。ウチの家系がおかしいということか。
周りもできて当然だと、それが常識になって一般の常識とはかけ離れるってことか。てっきり祐介と天海と賀茂ぐらいはできると思っていたが。いや、賀茂はできてたらさっきの術比べで使ってるか。
「と、まあ。術者の差が出たな。式神を使うには霊気をずっと放出しなければならないが、式神によっては災害と呼ばれるような魑魅魍魎も相手にできる。そこから更に式神を勝たせるには難波がやったような補助術が必要になる。効率の悪い術式と教わるだろうな」
「実際効率は良くないと思います。そのために我が家では式神運用の効率化を模索していますから」
「摂津の家はそうなのか。だが、そこは効率で考えることじゃないな。膨大な力の代償を払わないと、打ち勝てない相手がいるからだ。俺たち陰陽師が、土蜘蛛相手に何ができる?魑魅魍魎や妖の中でも、本当に存在がバカげている存在がいるんだ。それに生身の人間が抗うより、同格をぶつけた方が良い。そのための術式だ」
いくら攻撃性のある術式を覚えても、その相手に耐性があったら効きはしない。物理攻撃じゃないと倒せない相手とかもいるわけだ。
肉体の強度とかが違うからな。台風相手に人間がどうするんだって話。災害には神様をぶつける。不肖だがそういう考えが難波家ということだ。四神もおそらく同じ理由で戦闘に式神たちを用いている。
「式神は便利だし、いざとなれば身を守るのにこれ以上適した存在はいないというほど優秀な術式だ。今後式神についての実技もあるので、様々な動物と降霊術を学んでおくように。それじゃあお疲れさん。解散だ」
八神先生の言葉で解散する。姫さん達に挨拶しようかとも思ったが、あの鬼に殺されるかもしれないのでやめておいた。
あの笑い声とか本当に他の人たちには聞こえていないのだろうか。誰もゴンたちの居る方向を見ていないし、本当に気付いてないんだな。
ゴンのことは置いていこう。近寄りたくないし。
次も三日後に投稿します。




