3-2-2 陰陽師大家・賀茂の実力
妨害への罰則。
「……よし、わかった。お前の言い分はよくわかったよ。このままじゃ平行線で授業が進まない。文句があるなら放課後に時間を取ってやる。それで何でも質問も文句も言いやがれ。あと、全てって言うなら今から言う俺の質問にも答えられるだろう?神出鬼没のAと名乗る陰陽犯罪者。こいつの起こした事件全てを答えてくれ」
「1944年に起こした陰陽寮襲撃事件の主犯ですわね。その後もいくつか陰陽寮に関係する施設を襲撃した極悪人ですわ」
「その施設っていうのはいくつだ?」
「八つだったかと」
「正確には十三だ。その八つていうのは第二次世界大戦前後の数で、1960年過ぎにまた五件襲撃事件を起こしている」
「ッ!それはたしか、同一人物を名乗る別人ということで処理されたはずですわ!」
賀茂が立ち上がって反論する。Aって名乗る陰陽犯罪者ねえ。どうしてもあの人のことを思い浮かべる。隠れているゴンを横目で見てみるが、うなずいてくれた。
えー。あの人いつから生きてるんだよ。長生きって陰陽術を極めたらできるもんなんだろうか。そんな奇特な人物が何人もいたら困るけど。
「同じ鬼を引き連れた強力な陰陽師が何人もいて、それを何回も逃がしてることの方が問題な気がするけどな。Aという奴らが集団なのかもしれないが、どっちにしろAという名前と鬼という共通点があるのに。……まあ、いいか。この質問はただの言いがかりだ。授業を邪魔された腹いせとかそんなこと一切思っていないからな。さて、どうにか帳尻を合わせるために巻くか」
「教師としての態度も問題がありますわ!あなた、呪術省のことを相当嫌悪しておりますわね⁉」
「狐を卒業論文にしたことで危険分子扱いを受けてライセンス昇級試験に五年連続で落ちていて、嫌悪しない理由があるか?公表されている合格点は実技も筆記も越えてるのにな。何でだろうな」
「事実、狐の信奉者なんて異端でしょう!玉藻の前は都に魔を放ち、晴明様を死に至らしめ、封印の地では土地も民も干したそうではありませんか!この教室が狐臭いだけで我慢なりませんのに‼」
その叫びが言い終わったのと同時に、鋭い金属音が鳴り響く。それも叫んでいた賀茂のすぐ傍から。
そこにいたのは賀茂を庇うように刀の腹を支えるように防御の姿勢を取っていた銀郎と。
賀茂を殺す気満々で息を荒くした瑠姫が、爪を伸ばして首を掻っ切るように実体化した結果起こった音だった。
あの首を掻っ切るってやつ、冗談じゃなかったんだな。
いきなり現れた人型の式神二体。それが殺気を撒き散らしながらぶつかり合っていたら誰もが目を見開くのも当然だろう。若干数名、銀郎と瑠姫が争っている構図に首を傾げていたが。
「瑠姫、下がれ。タマも自分の式神をちゃんと制御しろ。できたら霊気を切ってくれ。頼む」
「は、はい!すみません!瑠姫様、戻ってください!」
現在式神としての主従関係において主であるミクの言葉と強制力に、瑠姫は伸びた爪を戻して一歩引き下がる。賀茂のことを睨んだまま、まだ唸ったままだが。
銀郎にはもう少し賀茂の傍にいてもらう。嫌だろうけど。むしろそのまま刀で真っ二つにしそうだけど。それだけは絶対にしないように厳守させる。
「八神先生、申し訳ありませんでした。まだまだ未熟なため、式神の制御を怠りました。授業の進行の妨害をした罰、必ず受けます」
「申し訳ありませんでした!」
俺とミクが立ち上がって八神先生に腰を九十度曲げたお辞儀をする。授業はその前から中断されていたけど、下手したら刃傷沙汰になっていて、クラスメイトが死体になってたとかシャレにならん。俺だって死体なんか見たくないし、そんなこと起こったら一生物のトラウマ確定だ。
「……難波、那須。顔を上げなさい。式神の実体化を解いてくれればいい。その前に猫の式神。瑠姫、だったか。何故そのようなことを?」
『……』
「瑠姫。答えろ」
八神先生の問いかけには無言を貫いたが、俺の言葉には渋々と従ってくれた。かなり不貞腐れていたが。
『……その女が、玉藻っちの悪口を言ったからだニャ。あたしは鳥羽洛陽って呼ばれる事件を見たニャ。玉藻っちは京に魔なんて放ってニャイ。魔っていうのが魑魅魍魎のことを指すのニャら、平安なんていう時代は今以上に魑魅魍魎と隣合わせの、混沌の坩堝だったのニャ。晴明っちも当時五十後半。当時で考えればよくそこまで生きたってほどの年齢ニャ。他にも様々なことをやって、玉藻っちの封印が寿命と重なっただけニャ。封印で死んだのは討伐隊の方で、人民には被害は出てニャイはずだけど?』
「何故たかだか式神風情が一千年前のことを知っているのです⁉」
『これでも神の端くれニャ。過去視もできニャイただの小娘よりよっぽど今のことも過去のことも知ってるニャ』
これみよがしに二本の尻尾を動かして見せびらかす。二又の猫が神の座に行くことくらい、陰陽師の卵なら誰でも知っているだろう。
二又の猫は精霊や天狐と同等の、神の一柱に数えられる存在。その神の座に昇った者は様々な知識と権能を得るのだとか。ただし、ゴンと違い死んでからその地位に辿り着き、今は霊体の式神であるために権能は失われているとのこと。
そんな式神を長年ただの家政婦にしてた難波の家はたしかに異端だな。
「神様。頼むから激情に駆られても気分で人を殺さないでくれ。それに今はただの式神だろう?」
『……それもそうニャ。坊ちゃん、ごめんニャ』
「謝る相手が違うだろ」
『八神先生、ごめんなさいニャ。でもそれだけあたしらにとって狐や玉藻っちのことは大切ニャ。気まぐれ起こさないように生徒の指導しっかりして欲しいニャ』
「最後は苦情だな……?まあ、いい。今後このようなことがないように。難波と那須もな」
「「はい、申し訳ありませんでした」」
もう一度、二人して頭を下げる。瑠姫は口笛を吹きながら実体化を解除して、銀郎もそれを見届けてから賀茂の方を一度見て、舌打ちしてから霊体に戻る。賀茂の発言は銀郎も気に喰わなかったらしいが、俺が抑えているために我慢してくれたらしい。
ウチの式神って沸点低いな。俺も高くはないけど。
『これが賀茂の肝煎りねえ?一千年前に比べて、ずいぶんと落ちぶれたもんだ。星見の才能を欠片も感じねえとは。一千年間何してたんだ?』
「──────き、狐ッ⁉」
息を呑むほどの絶叫。いきなり嫌っている狐が目の前に突然現れたらそうなるのか。お嬢様然とした態度は崩壊している。
というかゴン、何してるわけ?俺たちが頭を下げて丸く収まった、そういう状況だろうに。気配消して本人の前に現れるとは、どんなホラーだ。天狐だからこそできることだろうが。意識の範囲外からその人の意識へ入り込むとか、人間にとっては未知に対する恐怖だろ。そんなことができる存在は式神と隠形がかなり得意な陰陽師だけだろう。
警戒する理由の一つは狐と、霊気を感じ取れるという意味で気配に敏感なはずの陰陽師から隙をつくなんてできるということは、気配を完全に消せる存在か、霊気を感じ取れない程の強者ということ。
今回の場合、どちらも満たしているから性質が悪い。
《……ゴン、何でそんな悪戯を?丸く収まるところだったじゃん……》
《言葉通り、悪戯だ。それと、狐臭いの意味をどちらか確認するため。タマキのことを知られたのなら、それをこの人間がバラすというのなら、こいつは人間の風上に置けないクズになる》
ゴンも玉藻の前を貶されて怒ったと。それといつもの身内贔屓だ。
悪霊憑きということをクラスメイトに知らせる義務はない。完璧に隠せていることを、わざわざ公表する意味もない。特に狐憑きなんて実際に迫害されやすいんだから。
『ほらほらほら。テメエらはどうしてそこまで狐を嫌う?恨みつらみ?それとも理由のない過去からの風習?それとも……天狐っていう、お前らを越える超常の存在になるのを見過ごせなかったのか?』
「天狐など怖くはありませんわ!ただの長生きをした狐ではありませんか!」
『……ふうん?なるほどな。だいたいわかった。八神、邪魔して悪かった。侘びに一つ教えてやる。天狐は日本に三匹、今も生きている。九尾は一匹もいないがな。あと、九尾は妖に分類しない方が良いぞ。天狐ですら、九尾には追い付けない』
「……貴重なご意見、感謝いたします。天狐殿。──さて、賀茂と難波。お前たちは授業の妨害をした罰として、今日の放課後に術比べを行ってもらう。演習として他の者への示しとしては十分な実力者だろう。他の者も特別な用事がある者を除いて放課後は残るように」
変な話になった。授業の妨害をしたのは事実。その罰を受けるのも当然だ。それが何故賀茂なんかと術比べをする話になるんだか。先生の判決だから言う通りにするが。
ゴンは興味をなくしたのか、隠形を使って俺の元に帰ってきた。
「待ってください!元はと言えばわたしが瑠姫様を制御できなかったせいです!明様だけに課すのはおかしな話ではないでしょうか?」
「那須。君の式神は難波家の式神で、難波の言うことをすんなりと聞いた。そして分家の人間の責任を取るのは本家の人間の責務だ。最初に妨害したのは賀茂。傷害未遂を二人分の罰としても、問題を起こした賀茂に合わせるには三人の術比べは等価にならない。全員には反省文を課すが、それとは別個の罰が術比べだ」
「タマ、奇数の術比べは演習に向かない。その措置だよ。あとは俺の監督不足。瑠姫にはもっとちゃんと釘をさしておくべきだった」
ミクに説明しても不服そうだった。でも今はミクの式神とはいえ、瑠姫は難波家の式神だ。ゴンがいるから、同年代にミクがいたことを良いことに分け合っただけだし。あとは蟲毒のせいで護衛として。
瑠姫にはちゃんと言ったはずだったんだけどな。瑠姫ってそこまで短気だっただろうか。ゴンとはよくケンカしてるのは見るけど。あれはじゃれ合いで、本気じゃないのを知っていたけど、怒ると周りが見えなくなるほど頭に血が昇るとは。
「術比べの内容は式神行使だ。お互い申請するほどの式神を持っているし、そもそもの発端は賀茂だ。難波が有利になる内容でやるべきだろう。今見た通り難波の式神は別格だ。見ておいて参考になるだろう」
ん?これ俺の方が不利じゃないか?俺はゴンも銀郎も瑠姫も晒しちゃったけど、賀茂の式神なんて知らない。申請するってことはそれなりに強力な式神のはず。情報戦では出し抜かれてるな。
ゴン出せば負けはしないだろうけど。向こうが神の座に近しい存在出してきたらどうするか。そうしたら霊気の量でぶつかるしかない。
そう考え事をしていたらチャイムが鳴った。四限の終業チャイムだ。時計を見た後、八神先生は教室中に聞こえるように舌打ちをした。態度を隠さないなあ。
「半分も終わらなかった……。この続きを次のLHRでやるかわからないから配った資料には目を通しておくように。レポートなどの規則には則ってるから参考程度にはなるだろ。質問は時間があれば受け付ける。じゃあ授業は終わりだ」
「起立っ!礼」
「「「ありがとうございました」」」
クラス委員長の号令で起立と礼をして授業が終わり中休みになる。一時間半あるこの中休みを利用して基本的には夕飯を食べる。もう七時過ぎだし、四時間も授業を受けたら腹も減る。
次も三日後に投稿します。
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