2-3-3 新天地散策
ラーメン屋にて。
「あー、先生?代償だのなんだのって聞き流して大丈夫なのか?」
『気にすんな。バカ共が過ぎた力を持って自分から破滅の道を歩んでるだけのこと。お前らは四神になんざならんのだろう?なら気にするな。呪術省のお偉いさん方が終わらせればいいだけのこと。子どもは気にするな。大人が解決する問題だ。本当は晴明の善意だったのに、それに気付かないでまあ、悪意の塊にしやがって』
「どういうことッスか?」
『晴明のことを何にも知らない奴らが悪意満開なのはうざったいなってだけだ』
難波家って呪術省についての情報も少ないんだよな。呪術省に勤務してる人間もいないし、向こうからも嫌われていたはず。だから俺たちの知っている一千年前の情報を呪術省も把握しているのかどうか。
父さんを度々招集しているのは星見で視た全てのことについての確認なのだとか。全ては呪術省に伝えていないようだが、それで父さんは誤魔化しきれているんだろうか。
「ゴン先生は安倍晴明について、詳しいんですか?」
『人よりはな。平安ともなれば紙の技術はあって本とかも今の時代に残ってるのに、晴明のことについては不鮮明この上ない。都に轟く陰陽師だぞ?知らない人間はいなかっただろうさ。理解の深度はそれぞれだろうがな』
「やっぱりすごい方だったんですね……」
というか、家族同然だっただろ。それなら人間よりも詳しいはずだよな。弟子たちよりもおそらくゴンは詳しかったんだろうけど。
そうやって話しているとラーメンが運ばれてきた。ゴンは防音の結界を解除していたが、ゴンたち式神が座っている席は俺が結界を張っておく。絶対うるさくなるし。
人間側の席にラーメンが運ばれる。式神側は瑠姫だけ。サイドメニューとつけそばは時間がかかるということで先に食べてしまう。
「いただきます」
俺の煮干しそばは色合い的にはミクの鶏醤油と変わらないんだけど、匂いからして魚の香りが強い。今流行りのローストビーフのような、低温チャーシューが鮮やかな赤色でこれまた食欲をそそられる。
具材は低温チャーシュー一枚に白い鶏もも肉の薄切りが一枚。細かい海苔にメンマが二本に薬味が輪切りネギと四角ネギの二種類。麺はかなりの細麺ストレート。
ミクの鶏醤油には四角ネギの代わりにワンタンが二つ入っているようだった。やっぱり有名店なだけあって熱々の器で提供されている。器が冷えているとスープの温度が下がってしまって冷めやすく、美味しくなくなるんだとか。
麺を一啜り、細い麺に煮干しの強烈な風味とスープの醤油の濃さと熱さがダイレクトに舌へ伝わってきた。匂いを嗅いだ瞬間煮干しそばだということは理解できていたが、つもりだったらしい。
この口に含んだ瞬間の圧倒的な魚感。こんな味のラーメンをまさか鶏をメインにしているお店で味わえるなんて。
これは大将に報告しないと。
周りの様子を見ると、皆麺を口に含んだ途端無口になっていた。人間、本当に美味しいものを食べた時は無言になるらしい。
『あー、クゥっち!食べ方が汚いニャ!』
『うるせえなぁ……。メシくらい好きに食わせろよ』
そんな無言を破壊したのはやはり式神たち。ゴンに唐揚げとご飯と味玉が、銀郎につけそばが届いたらしい。こっちにも唐揚げが届く。
「結界張っておいて良かった……。締め出されるところだったぞ、おい」
『坊ちゃんご苦労さまです。けど、満点はあげられなさそうですぜ?玄武が気付いてますから』
その言葉に俺はカウンターの方へ急いで振り向く。そこには目を点にしているマユさんと、気にせず食事している玄武の姿が。やっぱり四神の目は誤魔化せないか。
『瑠姫、外でまで声大きく注意しなくても良いだろ?っていうかさっさと食え。麺が伸びるだろうが。天狐殿はあっしらと違って人型じゃねえんだから箸持てなんて無茶言うな』
『銀郎っち。クゥちゃんは箸上手に使えるんだから、そうするべきだニャ。ここは人間のお店。人間に合わせるのも必要なことだと思うけどニャア?』
『犬の姿の天狐殿が、箸使うことが人間の常識から外れてんだよ。そもそも椅子に座って人語喋ってるだけで犬としては破格だ。むしろ天狐殿には好き勝手やらせた方が自然まである』
『そういうこった。悔しかったら狐になりやがれ。そうすればオレと同等になれるぞ?』
『……ニャるほど。わかったニャ。ゴン様には何を言っても無駄そうニャ。仰せのままに、我らが主よ』
いきなり恭しく頭を垂れる瑠姫。その言葉遣いと態度に瑠姫らしさを感じなかったために心配になったが、尻尾を見て気付いた。尻尾の毛が全部逆立っている。あれは瑠姫が内心でブチ切れている証だ。
これ以上あっちの席に関与するのはやめておこう。今は楽しい食事の時間だし。起爆寸前の爆弾は導火線に着火させた本人が処理してくれ。それはさすがに主の仕事じゃないだろ。
目線を自分の席に戻すと、祐介が半分以上消化していた。肉増しの味玉トッピングしてたはずなのに。
「相変わらず早食いだな……。味わって食えよ」
「味わってたら伸びるだろうが。それにバイトもあるんだからいっぱい食っておかないとやってけねえっての」
「祐介さん、バイト始めたんですか?」
学校終わりの深夜にどこか出かけてると思ったらバイトなんて始めてたのか。最近夜の巡回に誘ってもなかったから知らなかった。
「何のバイト?」
「普通の飲食店。ウチの学校の名前と方陣張れるって知ったら即採用。何かあったら対処できる人間は貴重なんだと。深夜帯だから給料も良いし、言うことなしだ」
成人すれば深夜に外をうろついていても補導されないし、学校の授業も日付が変わる頃に終わる。祐介は前から夜の巡回をやっていたから深夜帯に働くのも苦じゃないだろうし。お金が必要な理由は家庭問題だろう。親と不仲ってことは、生活費なんてくれないだろうから。
「タマ、そっち少し食べさせてくれ」
「はい、どうぞ。これでもかと鶏が主張してきますよ」
丼ぶりを交換してスープをレンゲで一口。ミクの言う通り鶏の主張も凄かったが、醤油の酸味と旨味がしっかりある。麺を食べてみても、煮干しそばと変わらず細麺に良く絡んだ。繊細なスープだからこその細麺なのだろう。
これが中太麺だったとしたらここまでスープに絡んでこない。それほどまでに考えられて配合された鶏のスープ。こってりとしたスープなら中太麺でもいいが、醤油と鶏の味を強調したいならこの細麺にするのがベストなんだろう。
これなら京都でも有名店に名を連ねることに納得だ。何度でも足を運びたくなる。それに大将の言っていたことが本当だったとは。
「……二人とも、やっぱりというかなんというか。とても仲が良いんですね」
「あ?何が?」
「いやだって……。普通年頃の男女が食べ物の交換とか、するかな……?」
天海はなんだってそんなことを気にするんだか。ミクもよくわからないって顔してるし。周りの普通とかよくわからないけど、俺たちの間ではこれが普通なのに。
「俺たち普通の男女じゃなくて幼なじみだからな。幼少期なんてよく一緒に暮らしてたし、何なら兄妹に近いのか?」
「そうですね……。小学校に入る前は難波の家で過ごしてましたし、小学校の頃には年に一回訪れてました。中学校に入ってからは迎秋会だけでしたけど」
「それに二人って中学最後の三か月も一緒に暮らしてたもんなー」
「中学最後の三か月……?あっ、だから学校にも来てたんだ」
「そうですね。本家で様々な勉強をさせていただいていました。中学校の方は田舎で、高校に推薦で受かったら学校に来るより本家に行きなさいと言ってくれたので。卒業式以外は本家で過ごしましたよ」
田舎のただの公立学校から京都へ推薦合格者なんて基本出ないからな。そういう意味じゃミクの学校って寛大だったな。初のことだったらしいし。
それからも雑談しながら食事を進めていく。サイドメニューの唐揚げはかなりの大きさで、肉汁が溢れてくるわ下味がしっかりついているわでネットなどに必ず頼めという書き込みがあることにも納得した。
今日の戦果としては満足いく結果だった。お店の外に出てもまだ長蛇の列を作っているために何度もは来れないだろうが、時には来ようと思う。他のお店も行ってみたいので一月に一回くらいの頻度になりそうだが。
マユさんは玄武が食べるのが遅すぎるためにまだカウンターに残っていた。会釈してからお店を出る。
「いや~美味かった。あれで普通のラーメンは八百円だろ?安いな」
「ラーメン食べるためにバイト頑張るのか?」
「それもアリだなー」
お金って人の生活を良くするためのものだし、それで祐介が幸せならいいだろ。その結果普段はもやし生活とかになれば本末転倒だけど。そういう金銭感覚は本人の管理能力如何だけど。
そう言って古い街並みを再現した通りを歩いていると、見覚えのある着物を着た女性が日傘をさしながら歩いていた。向こうもこちらに気付いたようで、にこやかに笑いながらこちらへやってきた。
「明くん、珠希ちゃん。お久しゅう。今日はどないしたん?まさかお休みだからって逢引き?」
「姫さん、お久しぶりです。そうですね、食事してました」
人ごみの中だからか、難波家次期当主とかお嬢様とか言わずに接してくれた。今日はAさんもおらずに一人らしい。
「明、この人誰?年下なのにさん付けしてんのか?」
「親戚の人の従者をされてる方なんだ。その親戚の人には頭が上がらなくてな」
いや、俺以外にも頭が上がる人物なんていないんだろうけど。そんなAさんの式神である姫さんには敬称をつけてしまう。今は霊気を抑えているが、俺らの誰も太刀打ちできない人だし。
それに姫さんの実年齢がわからない。大峰さんのように思っていたよりも歳を重ねていたという可能性もある。女性に年齢を聞くのは野暮だから絶対にしないけど。
「お友達?姫と申します。それ以外のことは秘密な?ちょっと機密が多いんよ」
「今日はそういう女性によく会いますね……」
姫さんの場合は犯罪者だかららしいけど。見た目十二歳ぐらいの方が犯罪に走らないといけない国か。日本終わってるな。
「ん?……ああ、アタリ見ぃ付けた。あんがと、明くん。目当ての人物見付けられたわ」
「……もしかして、四神を探していらっしゃったので?」
姫さんの目線の先がさっきまでいたラーメン屋であったこと、あとはこの人なら玄武のことも知っていそうだったので聞いてみると先程よりも上機嫌の顔で頷かれてしまった。
「そうそう。あたしらは京都に張られてる方陣の調査をしとるんやけど、その要になってるのは四神の式神やからね。誰が京都に残ってるのかは呪術省も発表してくれへんし。皆にも言うとくけど、気い付け。人間じゃ敵わない存在がこの京都を見張ってるよ」
それはAさんとあの二匹の鬼のことだろうか。たしかに四神でも敵うかどうか。というか、さらっと京都の方陣の要を言わなかったか、この人。
「……あの?なにかすごいことを聞いてしまったような?」
「え?四神の式神が方陣を支えてるのか?」
俺とミクは前に聞いていたけど、他の二人は初耳だ。そんなこと呪術省から発表されているわけでもなし。
「あら、口が滑ってもうた。ナイショね?まあ、そない重要な役目を負った式神を戦場に出さんでほしいんよ。そのためにも四神の調査をしてたんやけど……。あの子、おもろいね」
「はい?」
「玄武をちゃんと式神にしとる。やっぱり一千年の節目って凄い子が仰山出てくるもんやね。あの人らには秘密にしとこ」
「報告しないでいいんですか?」
「ええよええよ。あの人の楽しみ奪ったら可哀想やし。報告できることもできたから、帰るよ。明くん、珠希ちゃん。またね」
そう言って去っていく。人ごみに紛れた途端霊気の痕跡すら消えていた。あれほど特徴的な人の霊気が一瞬にして消えるとか、あの人本当に何者なんだ。
「……何者なんだ、あの人」
「世の中について一番詳しい人の部下、かな。あとは俺たちのお姉さん的な人」
「あの見た目でぇ?」
「あの見た目で」
お姉さん、というよりは母親と似た感覚だが。そんな印象を覚えてしまったのは入学式で母さんの姿をしていたからだろうか。母性があるとは思えないが、なんだろうかこの感覚。
その後は普通にぶらついて帰った。調べ物もしないといけないし、日が暮れる前にはそれぞれの部屋に戻っていた。
次も三日後に投稿します。
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