2-3-2 新天地散策
お店とマユ。
最近のラーメン屋さんは食券式が多い。レジを置かないことで時間と人件費の節約になるからだ。レジでお客さんと関われないのは嫌だということで、レジをあえて置いているお店もある。
今回来たお店は食券式だった。お店の外装も内装もラーメン屋さんというより高級フレンチのお店といった感じで、女性人気も高いのだとか。だがベースは木材が多いためにクラシックな印象も受ける。
席はすでに店員さんに指示されていて、食券を買って渡してから座るという方針らしい。いの一番に祐介が食券を購入する。
「明様、お勧めはどのラーメンなんですか?」
「やっぱりスタンダードな鶏醤油だろうな。こういう基本のラーメンが美味しいからこその人気店だろうし。ラーメン屋さんの実力は塩ラーメンでわかるって大将は言ってたけど……ないな、塩ラーメン」
「おやっさんの店にもないじゃん、塩。塩分濃度の調整がクソ難しいって聞くぜ?」
「タマは大将の店でも醤油好きって言ってただろ?ここ、大将の店と同じで鶏がらスープだからタマの好きそうな味だと思うけど」
「じゃあ、醤油にしますね」
ミクも食券を買う。実はミク、俺の親、というより難波家本家から教育補助の名目で月額のお小遣いをもらっている。俺と同じ学校に推薦入学出来たら高校の生活費を丸々出すという太っ腹っぷり。
ミクが狐憑きということが大いに関係しているが、子供二人分の教育費が全然響かないのはさすが陰陽師大家というべきか。星斗にだってそんなことしなかったのに。
愛されてるなあ、ミク。
「明様はどうします?」
「タマと一緒のにしても意味ないからなあ。煮干しの方にする」
『あ、坊ちゃん!あたしも煮干しがいいニャ!』
「はいよ。銀郎は?」
『じゃあ鶏醤油のつけそばで。冷盛でおねがいします』
「わかった」
俺の分とゴンの分も合わせて食券を買う。銀郎と瑠姫はゴンとは違い食事をしなくても良いのだが、ウチの家訓としてウチに仕えてくれている式神とは一緒にご飯を食べるというものがある。こういった日常から絆が産まれると。そのために俺も二人分の食費をもらっているためにかなり口座にはお金がある。
無駄遣いするつもりはないけど。
「天海は?」
「鶏白湯にします。鶏を推しているお店なら絶対美味しいと思いますので」
あとはサイドメニューを買って食券を渡して席に着く。お冷はセルフサービスのようだ。その方が楽だもんな。従業員の作業はできるだけ減らした方が良い。飲食店はやることがいっぱいで大変だからな。
ゴンが席に着いた途端、防音の結界を張る。マユさんにも聞こえないものだろう。本人が秘密にしようとしていたことを聞かせる意味もない。
「さて、ゴン。一千年前から知り合いな亀の式神。他の三体という同等の存在の示唆。機密というほどの秘密を持った女性。……マユさんは玄武だな?」
『ああ。あの亀は四神の玄武だからな。あんだけの信頼関係を築けてる人間はあの小娘が四神の中では史上初だろうよ。四神の中では総合的な意味で一番強いんじゃねーか?』
「やっぱりか」
会話を聞いていた俺たちは納得するように全員頷いていた。亀という式神を連れているだけで珍しいのに、それが安倍晴明を知っている存在ならそこに行き着くのが当然だ。
今はカウンターの席で玄武に唐揚げを食べさせてあげている女性が日本のトップ四の陰陽師の一角とは到底見えないが。
「朱雀さんや青竜さんは見たことがありましたが、玄武さんは初めて見ました。女性だったんですね」
「玄武だけメディア露出少なかったからなー。軍事演習で術比べやってるのは大体他の三人だし。いやー、マユさん美人だぜ。写真集とか出せば売れるだろーに」
「祐介さん。あの人なりにメディアに出たくない理由があるのだと思いますよ?それなのに外面ばかりに気を取られるのは……」
「でももったいなくね?なあ、明」
「美人だとは思うが、陰陽師に写真集とか必要か?そんなもん作ってる暇あったら研究でもしろっての。何のための肩書きだよ」
日本最強の四人の一人。正確には麒麟の大峰さんもいるので五人の一人というべきだが、大峰さんのことはミク以外には言わない。
二足の草鞋を履くなんて暇があったら一匹でも多く魑魅魍魎を倒せるように努力してほしいもんだ。それか後の陰陽師に残せるような研究を。それが四神のような強者として認められた人の責務じゃなかろうか。
呪術省の意向には逆らえないのか。というか呪術省は陰陽師をどうしたいのか。あと日本を、魑魅魍魎をどうしたいのか。そのビジョンが見えないから信用ならない。
「とにかく。俺たちがあの人の役職に気付いたのは箝口令を敷く。瑠姫と銀郎も口にするなよ?あっちがゴンのこと知ってたせいで機密に接触したんだから」
『わかったニャ。要するにクゥちゃんが悪いってことよねん?』
『まーたお前はそういう言い方をする。坊ちゃんや天狐殿に怒られても知りやしませんぜ?一々お前に一閃喰らわすの面倒なんだけど』
『いっそヤッちまえよ、銀郎』
『いくら天狐殿の言葉でも、あっしは坊ちゃんの式神で瑠姫ともども難波家に仕える式神なんでね。式神同士の殺し合いはご法度なんでご勘弁ください』
『ッチ』
そりゃあ直接の原因はゴンだろうけど、俺たちが今日ラーメン屋に来なかったら出会わなかったわけだし。いや、講義が延びたせいだから結局ゴンのせいか?
まあ、巡り合わせが良かったってことだろう。星の巡りが良い、とも言う。悪くはないはずだ。
「ゴン先生。これは聞いても良いことなのかわかりませんが……。他の四神の式神は、実体化していないのですか?」
『式神というのは契約によって実体化する、並びに霊線によって霊気のやり取りをする関係を構築することだ。で、四神という存在はたかだか陰陽師とはいえ人間に御しきれる存在じゃない。神の名を冠する式神だ。在り方が通常の式神とは異なる。玄武の言う通り、大抵は力の貸与のみだ。それが四神と同じ姿をして霊気の塊としては現れるが、本体は別の場所にいる。四神も霊体ではあるんだが……他の三体はいつも契約者の近くにいるわけじゃない。本当に近くにいるのはそこで呑気に唐揚げ食ってるノロマさんだけだ』
話の焦点である玄武は美味しそうに唐揚げを齧っている。ただ、亀という本質からか食べるのが非常に遅い。あの様子だけを見たら四神とは思えないだろう。どちらとも。
それに、四神というならもう一つ気になったことが一つ。
「前にゴンが言ってた代償の件はどうなる?」
『あー、それか。あの小娘に関しては何も問題ない。力の貸与が代償であって、本格的に式神として行動していればそんな制約なくなる。そんな戒めを与えたくなくて玄武は式神になったんだろうよ』
「じゃあ逆に言えば他の人たちは……」
『奴らの実力不足だ。いや、心持ちの問題か?気にしたって無駄だぞ、明。所詮は他人。そして四神になることを選んだのはそいつら自身だ。お前が四神にならなければいい』
「なるつもりは一切ない。……ゴンは俺が四神になれるとでも?」
『なれるさ。お前は天狐たるオレが認める主だぞ?四神程度、軽々しく超えてもらわなければ困る』
ずいぶん気安く言ってくれる。戦闘能力だけで考えれば陰陽師の中で確実にトップの人たちを程度だなんて。
俺がなりたいのは当主であって、四神じゃない。毎日のように戦って、京都や東京、他の大都市をグルグルと回されて派遣されるのも嫌だ。
住むなら実家があるあの土地で永住したい。なんだかんだで実家には愛着がある。それに今の世の中を考えれば狐の保護を検討すると一介の当主が一番いい。呪術省と反目するなら、独自の権力を持つ名家の当主ぐらいがちょうどいい。
「というか、俺よりタマだろ。霊気だけで言えば俺よりもよっぽどすごいだろうが」
『珠希お嬢さんが四神ですかい?想像もつきませんねえ』
『そうニャ。タマちゃんは戦う人ってイメージが全くないのニャ。霊気は膨大ニャンだけど、戦う気概というか、心持ちがないのよん。ま、それが本当の陰陽師ニャんだけど』
式神二人からもきっぱりとした否定が入った。二人の言う通り、霊気という才能はあってもミクは戦うのが好きじゃない。霊気のごり押しでどうにかなるだろうが、本人が陰陽術を習うようになった経緯は狐憑きを隠すためだし。
性格的にも戦いには向いていない。そういう意味ではマユさんもそうなんだけど。大峰さんはその逆で自信がありふれている。向かうところ敵なしっていう考えな気がする。
あの人、ゴンのこともちゃんと見ずに、Aさんや姫さんに会ってないからなあ。
次も三日後に投稿します。
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