2-3-1 新天地散策
亀の式神を連れた女性との邂逅。
「んで?注意しなかった八神先生も悪いけど、大幅に時間取りすぎだろ。二時間もやりやがって」
『悪いな。小娘の飲み込みが案外良くて中途半端に終わらせたくなかった』
一時間の予定のところを、ゴンは二時間かけて天海に風水を教えていた。タイムキーパーでもあった八神先生までもが講義に集中していたためにどうにもならなかった。
ところ変わって今は京都市北区にあるラーメン屋さんの前。ランチの時間帯に見事にぶつかってしまったので、かなり並んでいる。俺たちの前後に十人ずつ。有名店だし仕方がないか。なるべく開店直後を狙ったんだけど、ウチのお狐様の我が儘だ。水に流そう。
とでも言うと思ったか。
「ゴン。モフモフの刑に処す。好きにしていいぞ、タマ」
「わかりましたっ!めいいっぱいギュウッてします!」
『ちょ、まッ⁉珠希も明と変わらず滅茶苦茶にしてくるから嫌なんだよ!』
「そんなこと言わずに、ゴン様~」
犬の姿をしたゴンはミクに抱えられて思いっ切りギュウっとされている。嫌そうな顔をゴンはしているが、これは罰なので無視。
さすがに人ごみの中で狐の姿ではいられないので、姿を偽ってもらっている。今回のお店は式神も歓迎ということで銀郎と瑠姫も実体化させて列に並ばせている。最近はこういう式神同伴OKという店も増えてきた。
ペット同伴OKと似たようなものだ。陰陽師教育が発展した結果ということだ。式神はまだまだ下火でも、式神を連れたお客はそれなりに増えているのだとか。
前の女性のお客さんも亀を抱えているし。亀の式神って珍しいな。
「ゲンちゃん、そんなにここの唐揚げ食べたかったのですか?唐揚げ専門店なら他にもありますよ?」
『ここの……食べたこと、ない。ラーメン屋さん、だからって見逃してた……』
「本当に唐揚げ好きなのですね……。わたしは何を食べようかなあ……」
むしろ式神に付き合っているようだ。ウチとは真逆。人間四人と式神三体。大所帯だ。天海も誘ったら来た。俺たちがラーメン食いたいという我が儘を聞いてくれて結局ラーメンに。
いや、ホントに大将のラーメンより美味しいなら食っていたい。俺たちのラーメンの原典は大将のラーメンだからな。
『明ァ。どうせこの店に稲荷寿司はないんだろ?他にオレが食えそうなもんは?』
「ネギ飯か、唐揚げだな。ここのサイドメニューは唐揚げが人気らしい。味玉もあるぞ」
『なら唐揚げと味玉だな……。あと、米』
「はいよ。席は式神と人間で分けていいだろ?」
『チッ。しかたねえな。それで勘弁してやる』
ゴンは瑠姫と一緒にご飯を食べるのが好きじゃない。理由は単純で、やろうと思えば箸を使ってご飯が食べられるのだが、ゴンはその食べ方が好きじゃない。曰く野性を忘れるからだそうだ。
丼ぶりにがっつくのが気分的に美味しいのだとか。そこは狐として譲れないのだろう。たぶん。
そういえばさっきから周りの視線を感じる。その視線の先には瑠姫と銀郎がいて、珍しい式神を従えている好奇心から来るものだった。そのついでに、従えているのは誰かと探られているのが現状だ。
二又の猫とオオカミはそりゃあ珍しいか。それが互いに人型を模しているんだから。
前に並んでいた女性も気になったのか、こちらを向いて二体の式神を見てから話しかけてきた。
「すごい式神ですね……。誰が使役しているんですか?」
「俺と彼女です」
そう言ってゴンを抱えて頬擦りしているミクを指さす。カワイイ二人がじゃれ合っているのはとても画になる。モフモフの刑をミクに任せたのは正解だった。眼福眼福。
「まだ学生さんですよね?ライセンスは持っていらっしゃるんですか?」
「いえ、持っていませんよ。……年上の方に敬語で話されるのはむず痒いですね」
「すみません……。癖な物で。同僚にも注意されているのですが、治らなくて……」
そう申し訳なさそうに語る女性。髪はボブカットの茶色だが、瞳は空色に変色している。この女性もかなりの霊気を保持しているのだろう。どこかの名家の箱入り娘みたいに霊気をダダ漏れにはさせずに抑えているから人ごみに溶け込めているのだろう。
これが一般の陰陽師の常識なんだが。
彼女の抱えている亀が一点を見つめている気がする。動きが緩慢なのではっきりとはわからないが。
その土色の亀が小さな口を開く。
『クゥ……。何で、そんな格好してる……?』
『だから人前でその名前で呼ぶんじゃねえよ!ん?今の瑠姫じゃなかったな……。アアン?お前、何で実体化してるわけ?』
『式神になったから……。マユと契約した、だけ。それよりも、クゥこそ、何で式神になってるの……?』
『今の通称はゴンだ。その名で呼ぶ主君はもういない。式神になったのは明を気に入ったからだ』
『ニャハハハハ!ここに!クゥっちと呼ぶ式神が!いるニャ!』
『マジで黙れ、瑠姫』
瑠姫の場違いな笑い声は置いておいて。ゴンと彼女の抱えている亀の式神は顔見知りらしい。クゥ、という名前を知っているということはおそらく一千年前の知り合い。ゴンは一千年間、ほとんど一匹で日本全国を練り歩いたらしい。その間頼る存在はいなかったとか。だから知り合いになるような人物は一千年前の平安京で会っているはず。
眷属はいたらしいけど。
『式神になるのは一千年振り……?』
『それはお前のことだよな?オレは式神になったの今回が初めてだぞ?』
『そう、だったっけ……?』
『あの頃は眷属で、式神じゃなかったんだよ』
やっぱり平安京があった頃の知り合いらしい。ゴンが眷属だった頃は一千年前だけだし。
となると、この亀は一千年前にもいた式神ってことか。珍しい式神だとは思ったけど、平安の出来事を知っていてまだ契約してくれる式神なんて本当に希少種だ。
「えっと、その式神、ゲンちゃんと知り合いなのでしょうか……?」
『ゲンちゃん?まあ、妥当な呼び名か。ああ、そうだ小娘。オレとそいつは一千年前に出会っている。そいつが式神になっているとは、優秀な陰陽師と見受ける。時にゲン。他の連中はどうだ?』
『キー君なら、何回か力を貸してる、みたい……。それと、マユは小娘と言うにはちょっと。もう二十──』
「年齢は言わなくていいですからね⁉ゲンちゃん!」
マユさんはゲンと呼ぶ式神の口を抑える。女性の年齢を許可なく言うのはご法度だよなあ。でもマユさん、充分若く見えるけど。大峰さんのような年齢詐称できるレベルではないが、とても三十代には見えない若々しい人だ。ってことは二十代の前半くらいじゃないだろうか。
そりゃあ、小娘って年齢ではないんだろうけど。
「すみません。ゴン見た目によらず高齢で、ウチの母のことも小娘扱いなんですよ」
『フン。人間なんて皆短命だからな。生きてる年数の桁が異なる。百年生きてない奴なんか小娘で充分だ』
「あ、アハハハハ……」
苦笑しか返せない気持ちはすごくわかる。価値観の相違だから、ゴンの小言なんて気にしたらダメだ。一々真に受けたらやってられない。
『ゲン。キー以外は?』
『誰も見てない、かな。皆祠で居眠り、してると思う……』
『良いことなんだか、悪いことなんだか……。というか、キーこそ寝てないとダメだろ?お前たちが実体化することにどれだけ妖共が頭を抱えると思う?』
『でも……マユのこと、心配だし……』
はてさて。愛称で呼んでばかりで要領を得ないが、ゴンの言葉を信じるならこの亀や他の式神が実体化すると不祥事が起こるのかもしれないということ。
そんな式神がいるのかと思うと、式神契約も完璧な術式じゃないんだなと思う。
『この小娘のことを過保護にしすぎだろう?お前は妖よりも、呪術省よりも人間の小娘一人を選ぶんだな』
『うん……。妖には妖の生き方があるし……。他の人間のことは、どうでもいい、かな……。晴明がいなくて、神様もほとんど雲隠れして。来たる時に備えてきたけど、もういいでしょ……?人間には、一握りしか期待してないから』
間延びした声から発せられる諦観の念。一千年以上生きてきた式神の考えなら、否定してはいけない。価値観が異なっても、それこそが一千年の時を経て辿り着いた解答なのだから。
一千年の間に何があったのか。決定的な離別があったのか、それとも一千年の積み重ねによる終着点か。どちらにしても、たかだか十数年しか生きていない俺にはわからない話だ。
それでも、一握りでも信じている人間がいるなんて、なんて強い式神だろう。人間なんて全て信じられないと思ってもおかしくはなさそうなのに、式神契約をしても良いと思える人間に出会えたなんて。どれだけの確率なんだろうか。
「えっと、ゲンちゃん?ゲンちゃんってそんなに冷たい子でしたっけ……?」
『元々、こんな感じ……。晴明はぼくたち式神に優しかったけど、他の人は皆、道具としか思ってない……。呪術省もそうでしょ?他の皆も、晴明との約束があるから力を貸してるだけで、ぼくのように本体は出てこないし……』
「晴明って、安倍晴明様?」
『そうそう。晴明は人間と妖の共存を望んだけど、人間は異形の存在を認めなかった……。それから、かな。皆力を貸すのも嫌になって、最低限しか補助してあげなくなった……。等価交換分しか、してあげなくなったんだ』
「え、待ってください?ゲンちゃんのように本体が、他の三体は全く出ていないのですか?だって呪符で呼べば……」
『それが、力の貸与。ぼくはこうして、呪符に頼らずに実体化してるよ……?』
「あっ!」
得心がいったのか、マユさんは頷く。ゲンはゴンのように生きたままの式神には見えず、本体というのは霊体のはず。なのに呪符を使わずに契約も実体化もしているなんて、式神の定義からして違う。
本当に式神の方から譲歩しているからこその特例だ。こんなことできている人はマユさんだけなのではないか。
もう少し話を聞きたかったが、お店の中から店員さんが出てきた。マユさんたちが入店してしまう。
「二名様ですか?椅子は一つでも大丈夫でしょうか?」
「あ、はいです!大丈夫です!」
「ではご案内しますね」
「あ、あの!さっきの会話の内容は秘密にしていただけますか?私にも機密がありまして……」
「もちろんです。言える内容でもないですし」
「ありがとうございます」
マユさんは頭を下げてお店の中に入っていく。亀の式神で、かなり特殊な存在。思い当る存在が一つあるけど、まさかこんなところで会うなんてなあ。
「ゴン、あの人って……」
『それは店の中に入ってからだな。こんな所で話す内容でもないだろ』
「それもそうか」
お店の中に入ったのはその五分ほど後になってから。他の面々もマユさんとゲンについて気になっていたようだが、話そうとはしなかった。
次も三日後に投稿します。
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