2-1-2 新天地散策
ゴンの本当の姿で、天海と邂逅。
「おはよう、難波くん。珠希さんと住吉くんも」
「おはよう、天海」
学校の実技棟、陰陽術の鍛錬に用いられる校舎の一室に俺たちは集まっていた。中にいるのは俺たちと担任の八神先生。八神先生が今日は実技棟の担当にいたのでお願いした次第だ。
八神先生はミクのこともゴンのことも知っている。それに担任だから他への情報統制を考えたら一番いいかと判断した。ゴンも許可くれたし。
「八神先生も、お願いします」
「ああ。と言っても一時間程度だろう?俺は読書してるからな」
そう言って壁際にあった椅子に座って本を出す八神先生。いや、俺たちの監督じゃないのか?問題なんてないだろうけど。
「じゃあさっさとやろうぜ。ラーメン待ち遠しくて朝飯抜いてるんだからよ」
「それは健康に良くないですよ。祐介さん」
「じゃあタマキちゃんが作ってよー」
「嫌です。まだ人様に出せるような腕前じゃないので」
『そんなことないニャー。タマちゃんの料理も中々に味わい深いよん』
そう言って実体化してミクに抱き着く瑠姫。いきなり式神が実体化したからか、祐介と天海は目を丸くしていた。八神先生もこっちをチラッと見ていたが、本に目を戻していた。
式神はプロフィールを学校側に提出してるから教職員たちは皆把握しているんだろう。式神を増やしたら申請書を書かなくてはいけないが、増えることはたぶんないから大丈夫だ。きっと。
ニホンオオカミとか高位の式神は詳細を提出しているが、烏程度の式神は提出していない。簡易式神も提出する必要はない。簡易式神に至っては瞬間契約だから詳細もくそもないし。
「瑠姫さん⁉こっちに来てたんですか!」
『ユウっち久しぶりニャ。あたしもこの前から本家付きじゃなくなったからこっちにいるのニャ。何せ坊ちゃんは次期当主なわけだし?これも一個の修業の一つニャ』
「ってことは明の式神に……?」
『うんニャ?タマちゃんの式神ニャ』
「……御当主、分家に高位の式神一体ポンと貸し出せるのか……。すげえ」
そうなんだよなあ。いくら式神大家とはいえ、瑠姫も充分高位の式神。父さんたちは個別に契約している式神が他にいるけど、家に付き従ってくれているのは瑠姫と銀郎だけ。その片方である瑠姫を分家のミクに貸し出すなんてなあ。
「二又の猫の式神……。ああ!前に言っていた!」
「そういうこと。銀郎」
『はいはい』
「銀郎さんもいるのかよ⁉」
銀郎の姿も出させる。何でそんなに嫌そうなのかな。戦闘目的で呼び出したわけじゃないから?このバトルジャンキーめ。
オオカミというだけで高位の式神なのに、そこから更に人化させた式神。式神としても存在としても、かなり高位の者だとわかったのか天海は委縮しているようだった。
「さすが、難波家……。質からして、違うね」
「この二体が特別なだけ。というかゴンの方が驚くだろうし」
「え?ゴン先生が?」
「ほら、呼ばれてるぞ。ゴン」
『お前がこういう機会にしたんだろ……。勝手に約束しやがって』
ゴンも隠形を解いて姿を現す。今回は犬のような姿をせずに、ありのままの姿で天海の前に姿を現した。さすがの八神先生も本から目を離してこちらを注視している。狐って不当に歪められた存在だよな。
玉藻の前の眷属だったというのもわかる。あんな神々しい狐様に充てられてゴンが天狐に変性したっていうのはなんというか、納得できるし感慨深い。
九尾の狐で元神様の玉藻の前。何回か見ていたけど今回の過去視は微妙に変だったような。京都で初めて視た過去視だったからか?
何がどうだったとかうまく口に出せないが、なんか疲れた気がする。ぶっちゃけ眠いがそうも言っていられない。こっちに来てその他大勢もいるとはいえ調査じゃないちゃんとしたミクとのお出かけは初めてなのだから。
「お狐様……?しかも、三尾?」
『お、いいじゃねえか。明。この娘、悪感情を抱いてない。合格だ』
「お眼鏡に適って何より」
「え?え?」
ゴンは楽しそうにくつくつと笑う。我が家の関係者以外に姿を見せて悪感情を抱かれなかったのは久しぶりだろう。狐って偏見持って見られるからな。
俺たちの会話がわからなかったのか、天海は困惑して俺たちの顔を交互に見ている。八神先生は少し警戒してるな。ゴンが霊気を放ちすぎなんだよ。入学式の前の賀茂みたいなことやって何の意味があるんだか。
「狐に偏見を持たなかったから、ゴンは先生になってもいいってさ」
『そこまでは言ってねえ。何でオレが教師の真似事なんてしなくちゃならねえんだ』
『ユウっちにはしてるのに?』
『そうですぜ。一人も二人も変わらんでしょう』
実は嬉しい癖に。式神たちの言葉に反論できてない俺の式神可愛すぎる。あとでモフろう、うん。
「先生、警戒しなくて大丈夫ですよ。俺より霊気凄いですけど、ちゃんと言うこと聞かせてるので」
「……そんな霊気を浴びせられたのは初めてだ。そんな式神がいたら賀茂の箱入り娘も土御門の御曹司も怖くないわけだな」
「教室での一件見てたんですか?……この学校はああいう権力の押し付けが横行しているんですか?」
「そんなわけないだろう。ああやって威張ってるのは本当の名家の本家筋だけだ。俺のような一般人にはああいう上辺しか見えていない連中の考えなんてわからないよ。在籍している他の土御門系列の分家は大人しいもんだ」
「やっぱりアレは相当特殊なんですね……」
八神先生への問答で土御門をどうにかできる算段ができた。それにしても賀茂は自分のこと特権階級だとでも思っているんだろうか。ただその家に産まれて、その家で相応しく過ごしてきただけだというのに。
土御門と賀茂は世間的にも仲が良い家系だ。もしかしたらつるんでいて、あの襲撃のことも関わっているのかもしれない。そうしたら賀茂も黒で、潰す対象になるわけだが。
こっちに来てからやることが一気に増えた。マジで睡眠はしっかり取ることにしよう。
『ま、気に入ったからちょっとは手を加えてやるか。小娘、膝をつけ』
「?はい」
天海が正座をすると、ゴンがとことこと天海に近付いていった。そして辺りを廻り始めて、何度か匂いを嗅んでいるのか鼻をピクピクさせていた。
この場にいる全員、ゴンが何をしているのか全くわかっていなかった。
「あの、ゴン先生……?」
『動くな。気が散る』
「は、はい!」
背筋をピンとしてそこに佇む天海。ゴンがうろうろしているのは、天海の霊気を見ているらしい。見終わったのか、ゴンは天海の正面に居座った。
『小娘、頭をこちらに出せ』
「こうですか?」
差し出した額に、ゴンが前足を当てる。次の瞬間、教室の中に一陣の突風が巻き起こった。とはいえそれは攻撃性のものではなく、ただの霊気の奔流。溢れ出た霊気というよりは、自分の中に隠れていた霊気がこれほどのものだと思わず戸惑っているのだろう。
今度はゴンが肩に前足を当てる。そのことで天海はやっと霊気を抑える。八神先生は何度か目をパチクリ瞬きさせて、今の現象について逡巡していた。俺たちも誰一人として理解していなかったが。
次も三日後に投稿します。
感想などお待ちしております。