1-3-2 入学式から波瀾万丈
明とミクの秘密。
今さらですが、姫の京都弁はかなりのなんちゃってです。
本人が適当にそれっぽく言っているだけなので悪しからず。
「……A?ゴンからはエイだと聞いていたんですが」
「天狐殿はアルファベットを理解していないからな。この方が通りが良いと思ってそうしたまでだよ」
『無茶言うんじゃねえよ……。普及してたかだか七十年ぐらいしか経ってない外国の言葉なんか覚えられるか。覚える気もない』
まあ、人里離れて暮らしてたゴンはアルファベットも英語もわかんないよな。勉強する意味もないだろうし。
さて、本題に入ろう。何故わざわざ姿を偽ってまで俺たちの入学式に潜入してきたのか。姿を偽ったのは自分たちの存在を露見させないためだとしても、そんなリスクを負ってまでここに来たのは大きな理由があるからではないかと。
明らかに相手は年上なので丁寧な言葉を使って話す。
「それで、どのようなご用件で来られたのでしょうか?」
「君に畏まれると変な気分になるな。前に会った時は敵意マシマシだったのに、年月は人を変えるものだ」
「前に会った時……?」
「何年前だったか。鬼二匹を連れて難波の家へ訪問しようとしたが、君の式神と方陣による監視網から断念したことがあったな。あれは夜通し素晴らしい術比べができて楽しかった」
「それに付き合わされたあたしと鬼二人の身にもなってくんなまし」
鬼二匹。そして実家。その二つで繋がった。俺が次期当主に決定してから二年ほどたったある日のことだ。
家の近くで悪寒がして、簡易式を飛ばして様子を見ようとしたら鬼二匹が家へ殺気を飛ばしていた。それに気付いて相手に気付かれないギリギリのラインで様々な術を行使して家から相手を退けようとしたが結局一日以上その場にいた。
結局襲われなかったし、それ以降あの二匹の鬼を見ることもなかったためにすっかり忘れていた。ゴンも気にするなって言ってたし。
それがなんとまあ。目の前の男の鬼だったとは。何が目的だったのか今でもわからないが、昔から難波に興味を持つ御仁らしい。
というか、星斗の大鬼よりヤバい鬼二匹連れてるこの人何者だよ……。二人ともたぶん偽名だろうし。俺の周り、最近名前を偽る人多くないか。
「ま、あの邂逅で明君の実力がわかったわけだが。しかし才能の開花が遅いな?もう成人したのだし、もうそろそろ目に見えて変化があると思ったが……」
そう言ってAさんが俺の頭に触れる。向こうの方が背が高いために、撫でられているような、この歳で何されているんだかと若干恥ずかしくなってきた。
「うん?……なるほど。明君。君は『その力を日常的に発揮せずに隠したまま』だね?その力を知っているのはここにいる面子と、親くらいか?」
その言葉を聞いた瞬間、頭に乗っている手を振りほどいて距離を取っていた。銀郎と瑠姫が警戒する理由がさらに分かった。何でこんな人物をゴンは友人と称せるのか。
誰にもバレたことがない、ミク以外には自発的に教えたこともないことがわかるなんて。この人は規格外にすぎる。父さんの姿を偽れる意味をようやく理解した。この人は父さんという俺が知る限りの最高の陰陽師を、遥か彼方から見下ろしているほどに実力に開きがある。
瑠姫が俺を抱きかかえてシャーと威嚇している。今じゃなきゃ嬉しかっただろうが、今はそれ以上に警戒していた。
たしかにその力を使えば、もっと霊気も増えて陰陽術も精度が上がるはずだ。だが、それは俺が俺じゃなくなるようで使いたくはない力。それを触っただけで看破するなんて。
『そこまでにしておけ、エイ。全員警戒してるだろ』
「私は嘆いているだけだが?明君には力がある。その力を使えば私を超える陰陽師になれるというのに、それをひた隠しにするなんて。勿体ないとしか言いようがないだろう?それに天狐殿が契約をした理由もわかった」
『ハッ。そんなの疾うにわかってたくせに。お前は星を詠めるんだからな』
規格外には規格外に相応しい能力が備え付けられているものなのか。星を詠める、つまり過去視や未来視の力を持つということ。過去視ができるというだけでも日本に五十人いるかいないかの逸材。その上未来視ができる存在は確認されている中では日本で父さんだけ。
ゴンの言い分からしてこの人は未来が視える。どの精度で視えるのか知らないが、敵対することがないように振る舞うのが上策だ。反感を買う必要はない。
いや、数年前に喧嘩買っちゃってるけど。
「生きづらい世の中だろう。自分と周りの温度差に苦しんでいるだろう。君には今の生活に馴染むことはない。私にも同じような友がいたからな。わかるとも。君が心休めることができるのは、君の全てを受け入れてくれる者しかいない非常に狭いコミュニティだけだ。早期に学校を辞めた方が良い。いや、いっそ本格的に呪術省を潰すか?」
「入学したばっかの子に言うことやないやろ?ごめんなぁ、明くん。この人いつも極論ばっか言うんよ。呪術省はいつか潰すやろけど、今すぐにはせえへんし、学校も辞める必要はないよ。むしろちゃんと卒業してしっかり当主継ぎぃ。その方が康平くんも喜ぶやろから」
姫さんがジト目でAさんを諫めながらこちらをフォローしてくれる。冗談のように聞こえず、やろうとしているのはわかった。この人たちは本気で、呪術省を潰す気だ。それも近いうちに確実に。
温度差とかは感じていた。学校生活というより、人間と関わることについて。祐介や天海と関わっていても、何かがズレているような、会話は成立しているはずなのに根本的に噛み合っていないような。
そういう意味ではミクやゴン、式神たちと話している時はそういった温度差もズレも感じない。父さんたちの期待に応えたいと思う一方、それでいいのかという疑問も湧いてしまう。当主にはなろうと思っている。なのに、どこか変に感じてしまう理由。
その原因はわかっている。というより、それしかない。俺が隠していることだ。ミクには一度見せたソレ。それをAさんは指摘しているのに、そのまま首肯することはできない。
ミクとの学校生活も、夢見てたことの一つだから。
「学校は辞めません。当主を継ぐのは、俺の意思です」
「そうかそうか。なら結構。これからも精進してくれたまえ。もう一度あの時のように術比べがしたいものだ。だから君の成長を待っている。まずは天狐殿を超えるところを目指してくれ」
『もう五年も経てばこいつならオレを悠々超えるだろうよ』
「それは長いな。姫は十歳の頃には天狐殿と同格だったじゃないか。私だっていつまでも全盛期ではないのだから、早いに越したことはない」
『……だからって何かやらかすなよ?』
「それは保証できないな」
『そういうところをあっしらは警戒するんですよ』
にこやかに笑うAさん。その隣の姫さんは逆に悲しそうな顔をしている。その理由がわからないが、姫さんはすぐに表情を取り繕う。見えていたのは俺と瑠姫だけらしい。
その表情の意味は分からないが、この二人はしっかりとした主従ができているらしい。いつかは、こうなりたいものだ。俺の場合ゴンが気まぐれすぎるけど。
「入学祝いを用意したのも事実だぞ?私の研究成果だ。難波は狐憑きについて無知すぎる。分家も含めて現れたことがないから仕方がないとも思うが、狐を信仰するのだから狐憑きのメカニズムくらい知っていてほしいものだが」
「ほい、珠希ちゃん。これにあたしとA様が長年調べた狐憑きについてまとめてあるから」
姫さんから手渡しされたのは巻物。大学の論文でも今や用いられず、古文書などにしか利用されていない代物だ。
「それの扱い気ぃつけ。難波の人間以外が触れたら燃えるように呪術仕込んであるんよ」
「わ、わかりました。大切にします」
その呪術の範囲が正確にはわからないが、内容からしてもたやすく他人に渡せないものだ。厳重に保管しなければならない。
「そこにも書いてあるが一つだけ。珠希お嬢さんの狐憑きは前例がない特殊な物だ。悪霊憑きとしても尻尾などの憑いている側の特徴が増えるというのは事例がない。鬼の角が増えたり、尻尾が増えるということは有り得ないことだ。実際には、そこまで悪霊に侵されていたら悪霊そのものに為ってしまってもおかしくはない事例だ。だが、お嬢さんは自我を持ったままというのは奇妙でもある」
「だからお嬢様に憑いているのは特殊なものかもしれん、ちゅうことや。天狐様でも三本なのに、お嬢様は五本。昔は九尾の狐もおったようやけど、もしかしたらお嬢様に憑いてるのは九尾の狐で、その狐が徐々に力を取り戻してるのかもしれん」
『じゃあ、九本になったら珠希お嬢さんがお嬢さんでなくなると?』
「可能性の話だ。八本目になったら気をつけろということだ。どちらを選ぶかはお嬢さん次第。その尻尾の数に比例して霊気は上昇していくだろうからな」
今よりも霊気が上昇することなんてあるのだろうか。今でさえ姫さんと同等くらい、Aさんにも匹敵しかねない量の霊気を保持している。五本目が確認されてからたしかに霊気の量は増えたと思うが、これ以上ともなると日本で匹敵する量の霊気を持つ人間はいなくなるのではないだろうか。
「私としてはお嬢さんの覚醒も望んでいるのだが。一つでも私が勝てない分野があるというのは長年生きてきて初めてのことになりそうだからな。お嬢さんとも術比べをしたいものだ」
「えっと、その時はお手柔らかに……?」
「ああ、楽しみにしているとも。それともう一つ伝えておくことがあった。もうじきこの学校を攻める。死なないように気を付けたまえ」
「なっ⁉」
次も三日後に投稿します。
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