1-3-1 入学式から波瀾万丈
偽の両親との邂逅。
式が終わって自己紹介も終わって、今日の学校は終わり。父兄が来ていることもあって、新入生はさっさと帰らされた。俺とミクは確認したいことがあったので図書館に行く予定を返上して校門へ向かう。
ゴン帰ってこないし。祐介には関わらせない方が良いと思って置いてきた。これは我が家の問題。たぶん。門下生如きが関わる案件じゃない。それに向こうも祐介を除いたってことは、俺とミクにだけ用事があるってことだし。
校門の前に辿り着くと、偽者の両親と土御門の棟梁兼呪術省のトップである呪術大臣の土御門晴道殿がいた。うっへぇ。何やり合ってるの、あの偽者。向こうは霊気全開だし、その霊気のせいで周囲が引いてる。
あの周囲だけ、異界かのように冷たく肌を焼き切るかのような鋭いモノに変化したような、そんな錯覚が起こるほどに霊気をぶつけ合っている。さすがは呪術省のトップ。父さんの霊気よりも量だけなら凄い。
この霊気の圧を受けて平然としているミクとウチのお狐様すげえ。お狐様なんて姿消したまま前足で頬を搔きながらあくびしてるし。
さて、あの人たちはどんな会話をしているのだか。
「難波殿。最近そちらの土地の封印が疎かになっているのではないか?狐の大量発生が全国で確認されている。こうも頻繁だと、虚偽の報告を提出しているようにしか思えないぞ?」
「虚偽など提出していない。そもそも報告書には書いたはずだがな。愚息があの術式を用いたと。それに例の事件で現れたのは狐を媒介とした物。愚息の術式と、狐を利用されたことを知った他の狐たちが騒いでいるだけでしょう」
「禁術を使っておいて、よくも抜け抜けと……!」
「そも、あの事件を公表していないのはどういう了見か。呪術省で封殺していて、市民たちは困惑しているぞ?市役所が全壊するような騒ぎを全国ニュースでも流されず、新聞や雑誌にも一切掲載されない。こちらがただの地方都市だからと嘗めているのか?それとも、握り潰さなければならない案件だったのか?」
ガッチガチにやり合ってやがる。双方責める材料があるばかりに手を緩めない。俺が禁術を使ったせいか?とはいえ、父さんには許可貰ってたしなあ。
大臣様も自分の息子が事件を起こしてるんだから、揉み消そうとするよな。それでよくさっき式で「清く正しい陰陽師になるように」なんて言えたもんだ。そもそも陰陽師は陰陽双方を澱みなく兼ね備えた存在だっての。
面倒な問答してるな。っていうかこんな場所じゃなくて呪術省の防音付きの部屋でやる内容だろ。俺の両親偽者だからそんな場所に行けないけど。
どうしようかと悩んでいると母さんの方がこちらに気付いて手を振ってきた。ゴン、さっさと伝えろよ。面倒そうに溜め息ついてる姿可愛いから許すけど。
「晴道殿、息子たちが来たようなのでこれにて。詳しくは呪術省に呼び出していただければ召還に応じましょう。この公共の場では相応しくない」
「……よかろう。正式な物は後日そちらに送ろう」
そう言って霊気を抑えて立ち去る大臣。揉み消したい内容が内容だったために退散したかったのだろう。
禁術の使用とそれを使用する羽目になった大事件を引き起こした犯人。どっちが問題なんだか。
「明、珠希君。入学おめでとう。どうだ?サプライズは喜んでくれたかな?」
笑顔で近付いてくる父さんと母さんの偽者。所作は間違いなく二人のものなんだけど、霊気が違いすぎる。
「ON」
とりあえず防音の術式を張っておいた。ここから先の内容を周りに聞かれるわけにはいかない。
「あら、そんなに周りには家族水入らずの会話を聞かれたくなかったの?照れ屋さんね」
「……いや、あなたたち誰です?いつまでこんな小芝居を?」
そう言った途端、俺の術式がさらに高度な術式で上書きされた。俺の術だって周囲には全く音が漏れないものだったのに、音遮断に気配隠蔽、認識阻害に空間固定までされたら俺の術なんて児戯に等しい。
しかも無詠唱。この術を使ったのは偽者の母さんの方だが、目の前の二人は確実に父さんよりも上の陰陽師だ。ゴンが警戒していないからこっちも警戒はしないが、銀郎と瑠姫は姿を現して俺たちを庇うように立っている。
目の前の二人の姿も変わる。父さんだった人は黒いスーツを着てステッキを右手に持ち、顔を仮面で隠した白髪の男。母さんだった人は小柄で桃色と赤で彩られた着物を着た、綺麗な銀髪をお団子にしてまとめて、幻想の世界から飛び出してきたかのようなことを象徴するかのような大きな瞳に翡翠を宿した十代前半の少女。
母さんだった人はミクよりも背が低く年下にしか見えない少女だった。こんな少女が今の術式を行使し、これほどの霊気を身に纏っていることに驚いた。
そしてもう一つ。この少女が式神だということに。この二人が霊気によって繋がっていて、主は男性の方。こんな少女が式神になっていることにも驚いた。
「明様、この方たちです……。蟲毒の時に近くのビルから見ていたのは」
「あー、ゴンの知り合いっていう」
だからゴンが落ち着いているのか。それにしては銀郎と瑠姫が警戒している理由がわからないが。
「お初にお目に掛かります。難波の次期当主様と分家の狐憑きのお嬢様。あたしはA様の従者、姫と申します。あんじょうよろしゅう」
「姫の主のAだ。仮面はすまないが取れない。これでも犯罪者なものでね。誰かに見られることを考慮してつけさせてもらっている」
『なーにがこれでも、ニャ。あんたは明らかに犯罪者ニャ。今までどれだけの事件を起こしてきたことか……』
『全くですぜ。百鬼夜行を率いてたこともあった人間を、警戒しないとでも?』
二匹の式神が臨戦態勢な理由はよくわかった。というより可能なのだろうか。人間が百鬼夜行を率いるなんて。
蟲毒の術者となれば似たようなこともできそうだ。操られてた天海の父親でもできたんだから、目の前の男にもできるか。
次も三日後に投稿します。