5ー1ー1 調停者と原初の女
ラスボス。
まさかキャロルさんを殺そうとしたらイブそのものが現れるなんて思ってもみなかった。本体はあくまで楽園にいるわけで、器の候補者が死にそうになるたびに憑依してきたわけでもないだろう。
精々過去には洗脳まがいの夢に介入するくらいだったはずだ。それで今で言うノイローゼになって死んだ候補者もたくさんいたが。こうやって直接介入してくるのはそれだけキャロルさんが特別なのか、イブ自身にもう時間がないのか。
地上ならともかく、楽園のことになると千里眼でも見辛いから全てを把握していない。そも、海外のことだからな。テクスチャを変えることができる存在だろうと本来は「方舟の騎士団」と器に選ばれた人たちが解決する事案だ。
管轄違いなのにこうやって対処するのがおかしいんだが。
喧嘩を売られたのなら、徹底的に買ってやるだけだ。
「吟。相手が原初の女だろうとお前なら剣技で誰にも負けないな?」
『もちろんです。明様』
「金蘭。お前の防衛力なら魔術の始祖でも防ぎ切れるな?」
『当然です。明様』
「よろしい。俺も苦手だが攻めて補助もしよう。誰に喧嘩を売ったのか目に物を見せてやる」
『『御意』』
周りのギャラリーも、イケ好かない我が儘女の介入で空気が冷えているどころか殺伐とし始めた。神を出来損ないと呼び、神以上に好き勝手やっている自己中女に折角の楽しみを邪魔されたんだ。飛び出して直接制圧しようとしないだけ我慢している方だ。
ここは日本の神の庭。神々が許可を出さないと法師だって入り込むことはできなかった彼らの居城。そこへ不届き者が侵入して暴れて暴言を吐かれれば、即座に断罪しようとしてもおかしくない。
彼らが手を出さないのは俺にこの場を一任しているからだ。俺に任せてくれるのはありがたい。その信頼に応えないと。
「イブ。楽園は確かにあなたのための場所かもしれないが、この世界も星も、あなたのものじゃない。大好きな人にもう一度会いたいという願いは否定しない。俺もこうしてミクともう一度この世に産まれている。けどな、そのために人間も星も犠牲にしていない。アンタは勝手が過ぎる」
「こんな田舎に住んでいる子どもに何がわかるっていうの?私とアダムが楽園に還ることで全てが始まるのよ。星の始まりを続けるために、アダムを呼び戻すことは何よりも優先されるべきことなの。他の全ては雑事よ」
瞳に光のないまま言われても。何回も世界を変えてきたから、彼女が待ち続けた時間は想像もできないほど長く孤独だったんだろう。愛する人のためにという理屈だけなら、俺だって同意できる。
ただそのために人類を滅ぼしたり、人類を見捨てたり。星へ介入したり、器となり得る人を洗脳したり人生を踏み外させたり。
やって良いことの際限を超えている。
むしろ人間の悪いところが煮詰まっている、人間らしい存在とも言えるが時が経ちすぎて魂も根幹の願いもズレているとしか思えない。
前回の失敗を受け入れられず、ただ癇癪のままことを繰り返すのは子どもよりも酷く、現実が見えていない。
人の気持ちがわからない人間の思想を持った、ただアダムの帰還だけを願っている機構。それが彼女だ。そんなシステマチックになってしまった力の権化は元の住処に隔離しておくのが一番良い。
「俺は星の調停者になるつもりはないが。結果として日本にも被害が出るなら世界にも介入する。イブ、お前の願いはもう叶わないことを自覚すべきだ」
「わからないわよ!この子の身体を使えば、アダムの魂が私の前に現れれば!私の願いは叶う!」
「……ちょっと眼が良いだけで、視野が狭く考えも幼稚だ。やっぱりお前は倒させてもらう。世界にとっても人類にとっても毒でしかない!」
吟が突っ込むのと同時に俺がイブの頭上へ氷柱を落とす。それは一本一本がキャロルさんの身体を突き刺すほどの大きさと鋭さを持ったものだったが、イブは高速で縦横無尽に駆けて避けた。
キャロルさんの身体を使うのは初めてじゃないのか?それに引きこもりのくせに動きが良い。
だが、避けきった先には吟がいる。吟は刀を水平に向けるが、その攻撃もイブは右手に持った木の鞘で受け止めていた。ただの木じゃないとはわかっていても、常識が邪魔をする。神じゃない存在が産み出した鍵に神気を纏ったような強度があれば俺の脳はバグを引き起こす。
そういうものだと理解することに時間がかかるが、だからって思考をそのままにはしない。
「ファイヤーエレメンタル!」
「朱雀招来」
イブの右手の五芒星が光り、そこから三メートルはある全身が炎に塗れた巨人が出てくる。妖精は彼女の眷属なのか?それに対応するために、朱雀の影を詠び出す。
十二神将として契約を結んだために、影の行使はノーコスト、ノーリスクで行える。炎の巨人と朱雀の影がぶつかり合い、炎を撒き散らすが邪魔をできれば良い。向こうが数を増やすならこっちも数を増やすだけ。
イブ相手に三対一という数の優位を保てれば良い。
「混ざり物が、小癪な真似を……!」
「この身体も精神も。母上や妻の祈りと加護によるものだ。それを不浄と罵るのであれば、お前こそが罪の証だろう。人間の男の肋骨から産み出された、モデルケース。そして禁断の果実を食したことで理性の箍が外れた人間のなり損ない。ただのプロトタイプ。お前たちをベースに産み出された存在が人間で、お前は人間でもないだろう」
「だからこそ、私からすればあなたたちは不純物だらけなのよ!男と女が交わらないと繁殖できないなんて欠陥品もいいところ!真の人間はアダムと私だけでいい。完璧なる生物として私たちだけが人間としていれば、星を蝕むこともなくなる!」
星を蝕むのがいつだって人間だというのは極論だろう。核兵器や戦争など、温暖化ガスとかも最近話題になっているが、じゃあ人間が絶滅すれば星が清浄なる蒼き星に戻るかと言われればその確証はない。
星にも寿命があって、様々な理由で環境が変わる。人間の文明が発達しなかった時も氷河期は訪れたし、地殻変動もあった。
人間の性悪説を信じているが、だからって人間の良い部分だって知っているわけで。
俺たち日本はイブの在り方を認められないという事実があれば良い。
炎の巨人が右ストレートを放てば、朱雀が両方の翼を身体の前で交差させて防ぐ。あの炎の巨人もイブの命令で動いているわけじゃない。イブは今吟の相手だけで精一杯だ。
彼女は剣なんてまともに使ったことがないのか、吟の攻撃を捌くので手が一杯だ。吟の片手で振るう刀を、鍵たる剣と木の鞘の両方で受け止めている。
そこに俺と金蘭が陰陽術で術を飛ばせば、また彼女の右手が光る。俺たちの術を簡単に消し飛ばす魔術は凄いが、戦い慣れていない。戦闘経験という意味では俺たち以下だ。
「いつだって人間は邪魔をして……!」
「おや、異な事を。真なる人間はあなただけでは?それに血を遡れば、純粋な人間などいませんよ」
「本当に、ここは居心地が悪いわ……!」
彼女にとって、人間とは二人だけ。
今の世界の人間という定義を鑑みても、ここにいる人型はどこかしら純粋な人間とは言えない要素が必ずある。神は人間ではないので、これも除外。
だとしてもイブとは話が通じない。彼女は今もキャロルさんの身体を借り受けているだけで、心と身体と魂が全て一致していないし、キャロルさんの身体は元々アダム用に調整されている。それを無理矢理使っているからこそ、まず身体の動きが付いてきていない。
そして言論も、やはりおかしくなっている。
行き過ぎた愛でもない。自己完結でもない。
なぜ楽園にアダムとイブだけが揃っていれば良いと考えるのか。そこからして破綻していると気付いていないのか。
世界はそこで完結しない。アダムを呼び出すために人類を、世界をバラバラにしてしまったらその時点で彼女の願いは崩壊するという矛盾に気付いていない。
テクスチャの変遷だって、繰り返し巻き戻しをしたらやはり星は疲れる。自分も星を蝕んでいるという事実を知らないらしい。いや、あんな辺鄙な世界の端っこに引きこもっているからこその無知なのかもしれない。
「ズレているのは俺たちなのか、彼女なのか……」
『どちらでも、では?』
金蘭の的を射た正論に、俺は思わず息をついてしまった。
次も三日後に投稿します。
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