4ー2ー4 鍵たる少女と日本の楽園
カレイドスコープの副産物。
ワタシの一番古い記憶はロンドンで目覚めた時のこト。二歳だか三歳だかの記憶。
ワタシはその時、右手の魔術を暴発させて「方舟の騎士団」に保護されたらしイ。両親の記憶もなく、名前と顔はその時の防犯カメラの映像と戸籍から確認しただけで、その人たちが両親だなんて覚えはなかっタ。
魔術の暴発は、ロンドンの路地を破壊して襲ってきたクリーチャーを消滅させるために起こったらしイ。一般人だった両親は逃げるしかなく、ワタシは無意識なまま魔術を使ってクリーチャーを倒していタ。
両親はそのオーガのようなクリーチャーに喰われて、そのまま亡くなっタ。そんなことすらわからなかったワタシは親不孝者だろウ。でも、それがワタシの自我の芽生エ。それ以前の記憶は全くないのも当然で、そこからキャロル・コルデーの人生は始まったのだかラ。
「方舟の騎士団」に拾われて、自分の能力を知っテ。最初は団員に告げていたように能力制御のための手袋を着けていタ。そうでもしないとワタシの能力を制御できなかったかラ。
代わる代わる組織の中でも有数の実力者や幹部、名教官がワタシの魔術について指導してくれタ。その修行は本当に血反吐を吐く思いをしたけれど、暴発をしなくなったのだから効果はあったんでしょウ。ワタシの基礎を作ってくれたのはそんな人たちダ。
その後、一般組織員と同じような任務に就きながらこの力のルーツを勉強したり、日本刀と西洋剣の扱い方を教わったりもしタ。記録上、ワタシのような適合者と楽園の鍵を一つにするのは問題かもしれないと上層部でも議論になったようだけど、適合者の中で初めての女ということで下賜されタ。
ワタシが、この連鎖を終わらせるかもしれないという情けない希望へ寄り添ったことデ。
前例のないことだったから祈りたかった、何かしらの変化を願ったのは人間としておかしなことではないと思ウ。実際この仕込み刀である鍵の能力には任務中も結構助けられたことだシ。
ワタシの魔術的実力は今までの適合者と遜色なく、十歳を過ぎた頃には組織の中でもワタシに勝てる人はいなくなった。近接戦では軍曹を初めとして数人勝てない存在もいたけど、魔術師や異能者という意味ではワタシは敵なしだっタ。
どんな任務でも、魔術に頼れば傷を一つも負うことなくクリーチャーや犯罪者を倒せタ。戦闘も豊富にこなしてきた自身もあったけど、やっぱり上層部でパワーゲームがあったんでしょウ。ワタシは戦場じゃなく、今の特務捜査官に任命されタ。
「楽園」への到達を良く思わない勢力がいたのは頷ける話ダ。過去から名前とは裏腹の女主人にとって都合の良いだけの領域だと伝えられていて、その女は世界のテクスチャを弄れる規格外。なりふり構わないワガママな子どものような思考で、今ある世界を壊されては困ル。「方舟の騎士団」は今の世界を守るために結成されたのだかラ。
ワタシが例のない女の身でありながら五芒星を宿したことで、ワタシが本物の適合者か調べるために鍵を渡したのだろウ。唄も誰に教わるまでもなく知っていたし、ピアノを弾きながら歌うのはわけないほど頭と身体に染み付いていル。
実際ワタシの身体は魔術か鍵を使うたびに変化していたのだから、変わった上層部の懸念は当たっていたわけだけド。
特務捜査官なんて名ばかりで、ほぼ捜査はバックアップ要員に任せてワタシは侵入調査。戦闘なんてしないような閑職だっタ。リ・ウォンシュンがターゲットになるまデ。
かの仙人を調査するにあたってCHINAの犯罪者と戦闘になったり、他の国の犯罪者を嗾けられたリ。犯罪者を嗾けられたことは八月以降に知ったんだけド。リ・ウォンシュンもなりふり構わずこの世界を破壊したかったんでしょウ。その気持ちは、ちょっとわかル。
ワタシもこの運命を恨んダ。
こんな力要らないって思ったことは何度もあル。この力のおかげで助けられた人もいれば、切り捨てた人もいるのだかラ。
リ・ウォンシュンがターゲットになった時期からまた戦うようになって、JAPANに来てからは魑魅魍魎も倒していたから特務捜査官になって錆び付いていた戦闘のカンは取り戻せていタ。
それでも、本当の力を使うわけにはいかなかったからリ・ウォンシュンには負けたけド。この五芒星を使っていれば神の領域に辿り着いた彼ともマトモに戦えたと思ウ。
今もアキラたちと戦えているんだシ。
ワタシがイブにとっての、アダムの適合者に選ばれた理由はわからないけど、ワタシとしては彼女を止めてこんな不幸の連鎖を止めたいと思ってル。
英雄と呼ばれるような人たちが狂っていき、イブの声を聞いて暴れて、彼女の操り人形になるために死んでいった人たちがたくさんいル。ワタシの両親だってその犠牲の一部。ワタシが有史以来の例外だというのなら、何かしらの理由があるはズ。
イブが望んだ変化なのかもしれないけど、きっかけにはなるはずダ。だからワタシは彼女に会ってこの悲劇を終わらせたイ。
異能者のことは「方舟の騎士団」に任せられるし、JAPANなんてアキラがいれば安泰。ワタシが楽園に赴いたってアキラが手助けしてくれるんじゃないカシラ?
だって彼は、ワタシが初めて恋をし──。
(……ン?エ?ワタシ、今何を考えタ?アキラのことを、好──いえ、愛し──違ウ。違わなイ?なに、こレ……?)
何でアキラのことを考えると心臓が煩く鼓動するノ?何で彼の顔を直視できないノ?顔が、全身が熱い気がするのは何故?
彼は強イ。それこそこれからの世界を任せられるほどニ。だからって、それだけの理由でこんな感情を抱くことあル?彼の顔は可愛らしくて整ってるし、声もどことなく落ち着きもあるし、性格も成熟していて優しいし、実力も地位もあるシ……。
アレェ?
「あー。これは予想外だったと言いますか。終わらせますよ」
心に響く、低い声。
それと同時にいつの間にか、ワタシの世界は黒く染まっていた。
────
俺たちの前には膝から崩れ落ちて倒れ伏したキャロルさんが。幻術でトドメを刺すためとはいえ、心の声を聞いていたらあらぬ方向に飛んでいった。口にも出していたから俺がそういう風に誘導したんじゃないかって天海が白い目を向けてくるけど違うんだ。
カレイドスコープにそんな効果はない。
並行世界という言葉があるように、何か一つの出来事で世界が分岐するという概念がある。テクスチャによって決定付けられた出来事もあるが、その決定的なこと以外は簡単に違う結末も考えられる。
この幻術はその違う結末というものを、世界を騙してカレイドスコープの効果範囲内に映し出し、そうなる過程を知り。そのように世界を改変したらこの効果範囲だけで対象がこの世界とは違う結末を迎える。
その結末、例えばキャロルさんが些細なきっかけで死亡したという世界を見付けてここに再現。キャロルさんがこの範囲内で死んだという結果を見届けてからこの術式を解除すると、キャロルさんは死んだままこの世界に残されて、他の世界と同じ結末を迎えるという事実が残る。
テクスチャ干渉型の最高術式なんだけど、神の御座か日本じゃないと使えない使い勝手の悪い術式だ。日本に馴染みがあるからこそできる術式で、どこでもできるわけじゃない。しかし、違う結末を探るために過去を聞いていたらまさかあんな告白をされるなんて。
俺はミク一筋だ。キャロルさんには申し訳ないが、さっきの言葉は聞かなかったことにしよう。
「吟、どうだ?」
『確実に息は止まってます。死んでますよ、彼女は』
「金蘭。あの五芒星が身体から消えた瞬間に蘇生させるぞ。この瞬間、神の御座なら間に合う」
『はい。術式展開完了です』
この場にありえないほどの神気があること。それとここがあの世や地上とは違う場所だからこそできる荒技だ。本来蘇生なんて神の権能でもないとできないが、ここでなら俺たちでもその真似事ができる。
本当はキャロルさんが適合者として選ばれない分岐を探そうとしたんだが、今のテクスチャじゃ不可能だった。彼女は適合者として選ばれることが確定されていて、解放するには他の適合者のように一度殺すしかなかった。
彼女の次が選ばれるのかもしれないが、それでも時間稼ぎはできるはず。彼女が苦しむ理由はないはずだ。望みもしないのに男の身体に書き換えられるなんて責め苦を彼女が受ける必要はない。
それがイブの勝手気儘な思い付きでやらされているのであればなおさら。
一つ違う可能性を見たからこそ、躊躇いもなく実行できた。他にも適合者となれる人物がいる。「彼」に任せてもいいはずだ。違うテクスチャでは「彼」が「楽園」へ足を踏み入れたらしいし。
キャロルさんを一度殺したことは後で謝ろう。そう思いながら右手の五芒星を注視していたが。
『……ウソでしょう、あの女。そこまでして身体が欲しいなんて』
「阿婆擦れなのは、本当だったな」
吟がその眼で確かめて。金蘭も雰囲気で感じ取り。俺もその変化を見逃さず。
キャロルさんの死んだはずの身体が、右手の五芒星から出る光に包まれた後動き出した。
「……ウフ。ウフフフフ!殺させるわけないじゃない!せっかく用意した、あの人の身体だもの!これだけ適合率が高い身体、女の子だからって捨てるわけないじゃない‼︎」
「楽園の女主人のお出ましか……」
声も口調もキャロルさんとは違う。俺たちが蘇生させる手間はなくなったが、観客の神々の目線が痛い。
ただの人間。ただ最初に創られただけの女。
それが自分の我欲のために命を弄くり回す。運命を変える。人間を道具と思う。
神が怒るわけだ。
そう好き勝手振る舞っていいのは神だけだと。もしくは人間をきちんと生物として愛している神もいる。信仰の糧としか思っていなくても大事にしている神もいる。
それでも神は、人間を道具だとは思っていない。それがどんな神であっても。少なくとも日本の神はそうだ。
道具としか思っていない、我欲を満たすだけの意志を無視した存在ならば、俺に調停者なんて任せない。俺という存在が都合良くて、人間がめんどくさい生き物だとしても、神は必要だから俺に調整を任せている。
その決定的な差異から、始まりが特殊なだけの人間に怒りを覚える。
神々の怒りの代行者は俺たちなのだろう。
「楽園に引き篭もっている喪女に、お仕置きをしてやるか」
次も三日後に投稿します。
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