4ー2ー3 鍵たる少女と日本の楽園
幻術の極み。
「……規格外ネ。寿命を引き延ばせば、そこに辿り着けるのカシラ?」
「まさか。何の才能もない者が寿命を延ばしたところでどうもなりませんよ」
「でしょうネ。それを言ったらワタシの力も時間の積み重ねの成果だもノ」
キャロルさんがヤレヤレとでも言うように肩を竦めているけど、金蘭がその企みを看破する。
様子を見ている、会話で気を引こうとしていたが、その間に仕掛けられた罠を腕の一振りで破壊していた。
設置型の罠だな。大きな鰐が地面から現れて、口の中に放り込む系の。
ホラー映画とかスプラッター映画とかにありそうだな。逃げた先が巨大な鰐の口だったなんてものは。
『何か隠す時は隠すことも隠さないと。視線誘導、会話の内容からしてもザルです。あなた、人を騙すのに向いていませんね?』
「詐欺師になるのは勘弁ヨ」
「それは残念。呪術は嘘から結果を導き出すのに。……それに、幻術も精度が甘いですね」
ついでに周りに展開していた幻術も俺が破壊する。キャロルさんの右手が光らなくても魔術を使えることがわかったのはいいけど、俺たちを騙すには甘すぎる。
俺たちを対象に騙すのではなく、この神の御座に働きかけていたけど、キャロルさんが把握していない場所を誤魔化そうとしたって、不理解で現実と虚構にズレが出て違和感を曝け出してしまう。
そこまでしっかりとした幻術じゃなく、引っ掛かれば御の字くらいの程度の低いものだった。これで騙し通せるとはキャロルさんも思っていないだろう。
「お生憎様。ワタシ、幻術は干渉型しか知らないのよネ」
「……あなたは全ての魔術を識る者では?なにせその五芒星はアカシックレコード。全ての魔術の源泉でしょう?」
「やろうと思えば引っ張れるんでしょうけど、やりたくないワ。ワタシはあの女の操り人形じゃないノ」
なるほど。力や知識があっても、それを全て利用しようとは思っていないのか。にしてはこの決闘の意味と異なる言葉だが。
俺の力を見せるのか、キャロルさんの力を見ることが目的なのか。
何にしたって俺との戦いを一つの試金石にしているのは間違いない。
じゃあ、そろそろサービスしようか。
「では、本物の幻術の世界へご案内しましょうか。幻術はとても奥が深い。俺も法師も、全てを理解したとは言えないので」
「……アキラ?幻術を使う前に暴露する術者がいル?何があっても、これは幻術なんだってわかってるじゃなイ。それは騙す幻術という性質を考えると、致命的な失敗だと思うけド?」
「さて。それはどうでしょうかね。この幻術を見破ってから失敗を語って下さい。幻魔万華鏡」
俺の使う術式としては珍しい、横文字なもの。
陰陽術の理論だけでは完成させられないと諦めて、海外の異能や魔術を齧って完成させた術式。
その術式の名前を言ったのと同時によく響くパンッ!と乾いた音を鳴らしたが、キャロルさんは目を細めただけであまり感情を表に出さない。
「……何も変化が起きないけド?」
「まさか。もう変化は起きていますよ。よく見て、よく聞いて、よく嗅いで、よく感じて、よく味わって下さい。あなたの世界とは、『そんなものでした』か?」
「そんなもノ?随分この世界を過小評価しているのネ?軍曹が守ろうとした世界ハ──」
「グレイブ・トリントンの守りたい世界はそんな広大なものじゃありませんでしたよ」
「……ッ!軍曹の情報を、ワタシはアキラに伝えていなイ!ワタシの記憶を読んだノ⁉︎」
キャロルさんが驚愕の表情を浮かべるが、さて。
俺はちょっと眼を使って、口を動かしただけだ。
「あなたの記憶を読む必要はありますか?俺は、星の記録を知れる。わざわざあなた程度の記憶を読まなくても、誰かの情報なんて簡単に調べられますよ」
「……悪趣味ネ」
識ることが悪趣味か。知識を求めて破滅した人間は一定数いるだろうが、それは星が悪趣味だと言うようなもの。
星よりも矮小な存在に操られているキャロルさんにしては、喧嘩を売る相手が大きすぎやしないだろうか。
キャロルさんもシェイクスピアの世界を騙す魔術を得意とするから幻術のような周囲を変化させる異能にはそこそこ耐性があるかと思っていたが、買い被りだったらしい。五感を確かに使っているが、その変化にまだ気付かない。
自分の肉体の変化にも鈍感だったらしいから、本当に感知が苦手なのか、苦手だと思い込まされているのか。もし思い込まされているのなら、この幻術はショック療法になるだろう。
「キャロルさん。あなたの知る世界は歪です。その知識は意図的にイブによって管理されている。あなたの前任者から身体と記憶の引き継ぎがないのは何故です?アダムの器を作るのなら、せめて都合の良い記憶の継承くらいあってもいいものだ。なのにあなたは、前任者が使えた魔術を知らない」
「そんなことないワ。あんまり嬉しくないけど、この五芒星のおかげで全ての魔術の知識は頭に入っているもノ。記憶の継承が中途半端だったとしたら、それは向こうにとって都合の悪い記憶だったんでショ」
「そうですか。この幻魔万華鏡はあなた方の魔術を参考にしたものですよ。この魔術の原型はあなた方の方が詳しいと思いますが。何も思い当たりませんか?」
「幻術はいくらでもあるけど、ここまで変化がないものなんて思い付きもしないわヨ」
ふむ。辺りを注意深く見て、差異を確かめているが、まだ彼女は変化に気付かない。
今この場にいる中で、誰の目にもミクの姿が映っていない。それが気付いていないのは鈍感なのか、戦闘に集中して近くのギャラリーのことをわかっていないのか。何にせよ、視覚にもう乗り込んだ。
ここからは一方的にキャロルさんの全てに介入できる。
全く、ミクのいない世界なんてとてつもなく淡白なものだってヒントを出してあげたのに、それに気付かないのは抜けている。幻術を仕掛けられたのに魔術で強制的に突破しようとも、こっちを攻撃しようともしてこない。
それがドツボにハマるかもしれないと考えているのかもしれないが、その考えも今は浮かんでいないのかもしれない。
なにせ、幻魔万華鏡を使う前から幻術を仕掛けていたのを気付いていないんだから。キャロルさんの幻術を破壊したのと同時に無音で幻術を仕掛けて警戒心を薄めておいた。だから幻術を使う前からあまり邪魔をされなかった。
相手に興味のある内容を話してはいたけど、その言葉の音に乗せて幻術を更に重ねて、キャロルさんが幻魔万華鏡に掛かるように誘導した。
もう俺が口を開かなくても勝手に言葉が頭に流れているだろう。だから試しに適当に話しかけてみよう。
「キャロルさんはラーメンが好きですか?」
「ハ⁉︎アキラったら何を聞いてるのヨ⁉︎ハレンチ!」
「……何て聞こえているんだか。ちなみに吟と金蘭はラーメンどうだ?」
『おれ、ラーメンなんて食ったことないですよ』
『私もうどんや蕎麦は食べたことありますけど、ラーメンはないです』
「えー。勿体無い」
「マトモなのは白髪の男性だけなノ⁉︎」
うどんと蕎麦もダメか。本当にどういう変換がされているんだか。
ということは幻術にすっかりハマってるんだな。
「スパゲッティとかの洋食も二人ってあまり口にしていないんだっけ?」
『おれは俗世を離れていたので』
『瑠姫との情報も全部共有していないので。今度連れていってもらえます?』
「こんな人前で何を言っているのヨ⁉︎女の前デ!」
うん。ダメだな。さっきまでは会話が成立していたのに、これだ。
じゃあ後はキャロルさんを追い込んでいこう。このまま林檎の蜜を悔やむ女怪の呪いを上書きしてやる。
そうすれば彼女は、ただの人に戻れるはずだから。
次も三日後に投稿します。
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