4ー2ー1 鍵たる少女と日本の楽園
始まり。
案内された場所はどこまでも続く、地平線など見えない白い草原。しっかりと草が生えていて、ここは決闘場というよりは神々の憩いの場という方が適していそうだ。
神の御座はどこもかしこも神気によって構成されている。つまり、下界よりもよっぽど世界の強度は高い。ちょっと無理した程度で野原になったりはしないほど、暴れたとしても何も変化が起きない。
神気と信仰を得ない限り、ここは普遍だ。暴れるには相応しい場所だろう。だからこそ最初はゴンの御座で戦おうとしていたんだし。
大天狗様はもう案内の役目を果たしたと考えたのか、適当な場所へ座る。ミクたちもその近くでレジャーシートを用意し始めて座り、俺と吟と金蘭が奥へ。手前にキャロルさんが立つ。
随分と待たせてしまったようで、数々の神様が既に包囲していた。本当に全員やってきたんじゃないかと思うくらいだ。八神先生と都築生徒会長もこっちに来ている。日本の神々全員に通達が出たんだろう。
人の姿の神から大天狗様のような異形の姿の神、そしてその配下も合わせて。数えるのが馬鹿らしいほどのギャラリーが揃っていた。
「アキラ。この異形は全部神様なのよネ?」
「いえ、全部ではありませんよ。大天狗様の配下の天狗も神魔半々ですので神にはカウントしません。純粋な神と呼べるのは八百万だけです」
「……それだって十分多いわヨ。こんな観衆の下でやるなんて、気が滅入るワ」
「悪戯好きな神々なので、諦めてください」
俺だって巻き込まれた側だ。ひっそりやるつもりだったのに、いつの間にかこんな大ごとになってる。キャロルさんの性質上気になるのは仕方がないと思うが。
なにせテクスチャを変えかねない人物だ。テクスチャが書き換わったら神々も今の自分をどれだけ覚えているかわからない。俺たちのことも忘れるかもしれない。そんな危険性があるから、今楽しめることは楽しんでおこうという考えなのだろう。
神々もミクも、前のテクスチャの記憶はないと言っていた。「次」に持ち越せないからこそ、神々も必死なんだ。彼らは人間と違って寿命がないに等しいけど、それでも人生と同じでこの一回を楽しんで生きている。
今回のは、そんな最後に近い面白い余興、といったところか。
「で、アキラ。そろそろ始めていいノ?」
「準備ができているなら、タマに合図を出してもらいますよ。ギャラリーは揃っているので、後は俺たちが決めることです。こっちからも聞きたいんですが、吟と金蘭が一緒でいいんですか?一千年前もこの三人が揃って負けたことはありませんよ?」
「いいノ。アキラって式神がいてこそなんでしょ?使い魔がいてこそな異能使いは知り合いにもいるから、アキラの全力がその状態ならそれでこそ倒し甲斐がある」
そう主張するならいいけど。本当の俺なら全力は十二神将が揃ってこそだけど、それはもう一対一じゃないからそこまでは言わない。
キャロルさんは接近戦を仕掛けてくるだろうから式神として吟か銀郎がいれば対処できるだろうって考えていたけど、吟だけ連れたら金蘭が私も一緒が良いって我儘言うし。結果この三人になってしまった。これ以上増やしたら公平じゃない。
もう公平じゃない気がするけど。金蘭の実力も俺に匹敵するんだから、陰陽師としては双璧と言って良いほどの実力者が揃っている。それでもミクが相手するよりはマシなのが酷いのだが。
ミクは神様だから例外としたって、これで勝負になるのかわからない。
キャロルさんが相当の実力者で、海外の人間だったら一番だとしても。ヴェルニカさんのような理不尽な力を持っていないと拮抗するかどうか。あの阿婆擦れの呪いがそれほどのものだとしたら、本当にテクスチャが崩壊するかもしれない。
それを見極めるためにも、この勝負を受ける意味がある。
始める前に、キャロルさんが小さな木片を取り出した。それを握ったまま呟く。
「開ケ」
その言葉と共に、木片が大きくなって木刀になる。土蜘蛛と戦う時にも見た奴だ。アレも楽園への鍵だったかな。
楽園の鍵は総じて三つ。あの木の中身の剣と、キャロルさんの右手の印。そして始まりの唄。
それが三つ揃って、世界に仕掛けてある封印を五ヶ所解除すると、楽園への道が開く。
世界にたった五つしかない封印。その一つが日本にあったりする。なんて傍迷惑な。この事実を「方舟の騎士団」は知らなそうだけど。
組織としてそれで良いのかとも思うが、知らないということは楽園へ辿り着かないということ。おそらく把握しているのは神々と俺のような眼を持って事情を知っている者。そしてキャロルさんのような適合者だけ。
キャロルさんが把握していないのなら、書き換えられるまでにまだ猶予があるのかもしれない。その猶予がどれだけかは俺でもわからないけど。
そんなことを考えていると、キャロルさんが木から日本刀を抜いて、刀の方を胸の前に掲げて祝詞を告げる。
「地に伝わりし、園への讃美歌。追放者を導くための一雫。雫が光るのは一瞬、その光を受け止め、道を拓ケ。道は目に見えず、園へと続かなイ。彼女の孤独こそ、子の慈しミ……」
刀が光を放つと、西洋剣に姿を変える。アレが日本刀の理由って、封印の一箇所が日本だから調べさせるためにああいう形状にしてるのか。なんてわかりづらいヒントだ。
他の場所はイギリスを頂点として、世界から見て西大陸だけに五角形を作っていくとその地点がわかる。ロシアとアフリカ、そしてインド洋のある島だ。アメリカ大陸はないものとして考えた西側の封印。日本が極東と呼ばれるんだし、中心はイギリスなんだからそんな形にもなる。
キャロルさんが左手で西洋剣を握って、右手に鞘を持つ。腰に差したりしないのか。
「待たせたわネ。準備はできたわよ」
「ここは日本の神の御座なので良いですけど。その剣あまり使わない方が良いですよ。また身体が置換される。男になりたくないでしょう?」
「真っ平御免ネ。けど、ここなら何しても女主人にはバレないでしょウ?」
「バレなくても、力を使えばそれだけで身体に変化が加わります。ここから出たら変化した姿を喜ばれますよ」
「そういうものカシラ?何でワタシよりもアキラの方がこっちの事情に詳しいのかしらネ?」
「年の功だと思ってください」
一千年前に得た知識と、五十年の積み重ねがあるから知識量は多い。日本以外のことも千里眼と星見で延々と情報収集してたし。
「ハァ。侵食が進んでる。さっさと終わらせますよ」
「エ?アキラの眼ってそこまでわかっちゃうノ?……ワタシの身体透けて見たんだ。アキラのエッチ」
キャロルさんが自分の身体を隠すように腕で肩を抱き寄せていた。遠くで天海がサイテーとでも言うような白い目を向けてきて、ミクと金蘭はクスクス笑っている。
人を心配したらこれだ。全くやってられない。
「ったく。肋骨から人間を産み出すような存在にならないようにって忠告しただけなのに。ミク!もう良いから合図出してくれ!」
「はーい。じゃあキャロルさん。わたしが手を叩いたら始めてくださいね」
「わかったワ」
ミクが俺とキャロルさんのちょうど中間の位置に立つ。両腕を上にあげてパン!と柏手を叩く。
それと同時にキャロルさんと吟が駆け抜けて、剣と刀が火花を散らす。
まずは金蘭に術式を使ってもらって、俺は観察に精を出そう。
次も明日に投稿します。
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