4ー1ー2 鍵たる少女と日本の楽園
キャロルの呪い。
宇迦様についていく中、まだ状況が飲み込めていないキャロルさんが耳打ちをしてくる。
「アキラ、タマキ。何ココ?変な力がそこら中に渦巻いていて酔いそうになるんだけド?」
「ここは日本であり日本じゃない場所。一応星の定義上、星の中にあって座標軸も日本の上空ってことになるんですが。地表とも空とも違う次元に存在する独立した亜空間。日本の神々がおわす城。神の御座です」
「神々の、住居ってこト?」
「そういう認識でいいですよ。ここは街のようなもので、本来住居はそれぞれ別に独立しているんですが。今回はゴンの座で決闘をしようと考えていたのに、興味津々の神々に茶々を入れられましたね」
ここに来たことがないのはキャロルさんと天海だけ。俺とかミク、金蘭と吟は身体の構成上この神の御座に入っても文句は言われないが、キャロルさんと天海は生粋の人間だ。キャロルさんは若干異物だし、天海も遠縁とはいえ法師の血族なので実のところ神々の心象はあまり良くないが、彼らが呼んだんだから問題ないだろう。
法師の場合俺かミクが蘇ったと錯覚してしまうためにあんまり歓迎されていなかった。鬼を連れていたこともある。けど遠縁の天海なら気にも留めないだろう。
キャロルさんに至ってはそれこそ毛嫌いするような能力の継承者だけど、神々も気になったんだろう。
楽園の女主人を。
あんな牢獄を楽園と信じている哀れな人間の女を。
その女に祝福された少女のことを。
「神々の住居、ネエ?そんなの、海外にもあるノ?」
「あるらしいですよ?俺たちは行ったことありませんが、大天狗様が部下を連れて何度か行ったことがあるのだとか。多分ここからもどこかに繋がっていますよ」
「あなたたちが神を認識できて、ワタシたちが神々を認識できないのは何故カシラ?」
「純粋に地上に降りていない。降りていても神だと気付かない。神々も知らせようとしない。知っている人間が口を割らない。この辺りですかね。それに世界中の神々が引き篭もって御座で全てを完結させるようになったようなので」
ミクが地上で失敗したために。日本最高神がそんな目に遭うのなら木っ端な神が下に降りたらもっと苦労するとか、好き勝手する興味がなくなったとか。そういう理由で外国の神々も下界に積極的に介入するのを辞めたらしい。
それでも熱心な神父や修道女、シャーマンなどには神のお告げなどを今でもしているらしい。その話もここの神々に先日聞いたばかりだから又聞き状態なんだけど。
そんな説明をしていると、宇迦様が一つの屋敷へ案内する。見覚えがあり、法師が通っていた場所だった。そこにいるのは誰もが見覚えのある神だ。人間と比べたら圧倒的な図体と威圧感。対面しただけで格がわかるというもの。
小間使いの小さな天狗たちが人数分の座布団を用意してくれた。そこに正座をするが、キャロルさんは正座に慣れていないようで顔に苦悶の表情が浮かんでいる。
「宇迦、案内ご苦労」
「位は同格のはずなのに、こんな使いっ走りにするなんて。まあ、その大きな図体では移動ができないのでありんしょう?仕方がありんせん」
「フン。人間どもは数ヶ月前の一件で儂を恐れているからな。ほれ、新しく呼んだ二人のおなごは顔が真っ青じゃろう?」
『そんなことないのじゃ。案内してくれて光栄ですよ?』
「……お前さんには言っとらんわい。我らが娘よ」
「婆や」が堂々とふざけ倒すけど、確かに「婆や」がここに来るのは初めてだ。その三人の中では顔色を変えていない。
そもそも、大天狗様からしたら「婆や」はおなごじゃないのだろう。
「大天狗様。ここまでして戦いを見たかったのですか?」
「まあの。儂だけじゃなく数々の同胞が晴明の本気と、そこなおなごの力を見たくてのう。なにせ今理を変えようとしているのはあの阿婆擦れだけじゃ。その阿婆擦れに見初められた者など気になって仕方がなかろう」
「……気持ちはわかりますが。それにこの御座なら彼女の監視も届かないでしょう」
「じゃろう?だから呼び寄せたのじゃ。それに、あんな場所を楽園と呼ぶのは気に食わん」
やっぱりそこなのか。俺たちは話が通じているけど、天海は全くわからずに疑問符を頭に浮かべている。キャロルさんに至っては、話の内容が少しばかりわかって、だからこそ驚いているといったところか。
「ま、待っテ⁉︎あなた方は本当に、何もかもお見通しなのですカ!」
「お見通し、ではないのう。わかることだけじゃ。じゃが、その右手に記した呪縛くらいは全てわかっておる。特にお主は可哀想にのう。おなごの身でそれを右手に宿したのはお主が最初だろう?」
「そ、そこまデ……。やはりこれは、呪いなんですカ?」
「それはそうじゃろ?その身体も心も記憶も、全て別の男に置換されるなど。その人体実験で産み出されたのがお主じゃぞ?」
その事実に俺たちは目を伏せ、天海は目を丸くしてキャロルさんを見て。
キャロルさんは。右手の甲を睨んでいた。
「……この身体は、男に変えられるんですネ?」
「そうじゃ。もう中身は大分置き換わっておるぞ?後は外装を整えるだけ。最後は記憶を弄っておしまいじゃ。なにせ園への扉は鍵たる人間が自意識で開かねばならない。思考誘導などもされるじゃろうが、それもいつ頃強まってその自意識を保てるか。そういった不安もあって今回晴明と戦いたかったのじゃろう?」
「そう、デス。彼はワタシたちの知らない世界を知っていル。だからこの憎しみの連鎖を断ち切れるかと思っテ……」
「だそうじゃが?晴明」
そこで話を振られても。
この状態に戻ってからしっかり彼女のことは視たけど、俺にできることはない。
「あくまで彼女の身体に右手の呪縛は施されています。他の身体を用意して魂を移す以外にそれを断ち切ることなどできません。その方法で残った身体を彼女が好き勝手するのが目に見えているので、俺では何もできませんよ?」
「身体ごと封印するのはどうじゃ?」
「それはキャロルさんを殺すことと同義だと、大天狗様はわかっておられるでしょう?キャロルさんがダメなら、新しい子どもが用意されるだけ。断ち切れません」
「じゃろうな。晴明の言葉は至極ごもっとも。儂らも同じような処置しかできん。お主も、その『次』の童も。助けることはできんのう」
「……教えてくださり、ありがとうございマス」
キャロルさんが頭を下げる。彼女からすればあんな呪いをどうにかしたいんだろうけど、呪いを仕掛けた彼女を俺たちは害することができないので無駄。
かといってキャロルさんをどうにかする手段は言葉で伝えた通りだから、解決方法にならない。今までと同じく、キャロルさんたちがどうにかするしかない。
呪いを背負ったまま抗って一生を終えて「次」へ残してしまうか。
キャロルさんが楽園に辿り着いて彼女を終わらせるか。
そして楽園に行くということは、キャロルさんの終わりを示している。
まさしく、呪縛だ。
「おっと。晴明と戦う理由をなくしてしまったかの?」
「いいえ、大丈夫デス。たとえこれがどうにもできなかろうと、彼とは戦うつもりでしたかラ」
「それは僥倖。では暴れてもいい場所へ案内しよう。儂らもよく使う遊び場じゃ。そんな場所を使えることに感謝しながらついて来るといい」
大天狗様が立ち上がる。それについて行く俺たち。キャロルさんは不慣れな正座をしたためか、この短時間で足が痺れたようだ。銀郎が彼女の手を引いて移動する。
遊び場に向かうにつれて増える視線には何も口を出さなかった。けど八百万の神がここに集まっているというのも満更嘘ではないらしい。
際限なく増える存在と視線に、俺はこっそりとため息を。ミクは可笑しそうに楽しく笑っていた。
次も明日投稿します。
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