3ー2ー3 方舟からの使者
陰陽寮の要求。
「戦力の確認と、協力しようという意思はわかりました。つまりこの会談は協力態勢の構築で良かったでしょうか?」
「それも一つだ。V3のようにこの日本に隠れているクリーチャーがいないとは限らない。それらの発見と退治。これの提携を結びたい」
相手の状況はわかった。こちらとしても海外のクリーチャーを退治してくれるなら駐留くらい許可するのは問題でもない。
ただ、確認しなければならないことは多々ある。二つ返事して良い内容でもないんだから慎重に、もう少し話を聞いてみよう。
「我々陰陽寮については、どこまで把握していますか?」
「呪術省という、呪術師を管理する省庁の代わりで、役割はあまり変わっていないと聞いている」
「大国では国家の了承の下で動いている組織なのですよね?」
「そうだな。国連とも関わりがある。異能者の管理は世界全体で行わなければ、秩序がなくなるのは君ならわかるだろう?異能は危ない力だと」
「なるほどなるほど。それで、この話は日本政府に通しましたか?」
「……いや、まだだ」
だろうな。国連が関わっているなら、日本も参加しているのに陰陽師の情報をできるだけ抑えようとして村八分にされていたんだろう。そんな協力をしようとしない国家に、国連の庇護にいるとはいえ裏組織が説得をしようとしても聞き入れてもらえないだろう。
だから話ができそうな異能を纏める集団で、政府とも関わりのある俺たちと話をつけようと思ったのだろう。
日本は最近のゴタゴタで混乱しているから、俺たちの情報も正確には把握できていなかったんだろうな。政府も俺たちへの対応で忙しいし、国会は紛糾している。国連の紹介状を持っていたとしても対応してもらえるかどうか。
「我々は呪術省からかなり産まれ変わりましてね。政府とは金銭的な関係がある程度で、そこまで内政に関われないのです。もちろん陰陽師についての法案などであればこちらも検討しますが、呪術省の頃ほど口出しはできませんよ?」
「そうなると……政府にはまた別個で話し合う必要があると?」
「そうですね。我々としては協力したいのも山々ですが、あなた方の日本での活動を私たちの一存では決められませんから」
「あなたがアベノセイメイの産まれ変わりでもダメなノ?アキラ」
「それとこれとは話が別ということですよ。キャロルさん。過去、陰陽術を産み出した始祖とはいえ、今は十六歳の子供ですから」
正直、政府を脅して「方舟の騎士団」の活動を認めさせても良いが、そこまでしてやる義務もなければ、日本政府への義理立てもない。国連も関わっているのなら、表の権力者たちが正規の手順で話し合った方がいい。
彼らのような裏組織と俺たちが勝手に決めていいことでもない。人間社会の煩雑な柵を守らなければどこかで反発を受ける。その矛先が陰陽寮に向かないようにしなければならない。だからここでは状況を説明して保留としか言えないわけだ。
これで政府との折衝も済んだら正式に俺たちとも決め事を進められるという段階。今は即決できる状況じゃない。
「政府に口添えはできませんが、政府に提出する草案の制定なら手伝えますよ?こちらとしても要望がありますから。あなた方に好き勝手されても困ります。ここはあくまで日本。たとえあなた方が世界の守護者だとしても、許可できないことはありますから」
「なら、その辺りを詰めていきたい。こちらとしても世界のために譲歩していただきたいことがある。世界全体が総力を挙げて当たるべき事案も多い。V3のように」
「ではこちらから、要望を言いましょう」
あくまでここは陰陽寮であり、日本。先手はこちらがもらうべきだ。
とはいえ、政府との会談と同じで無茶なことを言うつもりはない。日本のことは日本でやらせてほしいというだけで、彼らが大暴れしなければ極力何でも許そうと思っている。土蜘蛛──ケンタウロスが暴れるってなったら面倒だし。
ヴェルニカさんには敵わないだろうけど、それでも襲ってきたらこの人たちを身代わりに差し出してもいいかなと思っている。そんな事態を、星の代行者たるあの人がするとは思わないけど。
「日本の妖、あなた方が言うクリーチャーですか。我が国原産の妖は見付けても討伐しないでいただきたい。妖にも人を襲う者と襲わない者がいます。それこそこの京都で店を構えている妖もいますから。そんな彼らを殺されたら、日本の経済が狂いかねません」
「共存している、ということか?」
「一部ですが。それこそ人間を襲う妖もいるでしょう。それは陰陽師が討伐します。あなた方に手を借りることはないでしょう。夜に現れる魑魅魍魎も同じですね。あなた方に好き勝手介入されたら、陰陽師が仕事をなくします」
「わかった。それは徹底させよう」
ここら辺はしっかり線引きしないと。もし妖がとても強くて陰陽師がやられたとしても、日本が崩壊してもその時はその時。俺たちが出張って勝てない相手がいたら神々が介入するだろうし、この人たちの力は借りなくていい。
そこまでされたら、世界の守護者という名のただのお節介だ。日本以外にも警戒すべき怪異は多いんだからここにだけ集中するのは非効率だろう。
日本は国を挙げて異能者である陰陽師を育成しているから他の国と比べると怪異に対する防衛力はある。他の国々は「方舟の騎士団」に育成などを丸投げしているらしいし、あとは国家の秘密部隊程度。それこそあの龍と土蜘蛛が喧嘩をしたら誰が対処するんだか。
「それと、あなた方は神々と妖の区別はついていますか?」
「……いや。組織の中でもそこまで多くない。そもそもこの国以外で神が降臨したという話はなくてな」
「そうですか。ならやはりこの国の異形を倒すのはやめていただきたい。土地神や、天から降りてきた神は一定数いますから」
「……ここはいつから神々の国になったのだ?」
「いつから?遥か太古、この国の建国と同時に。正確にはこの世界の創生、テクスチャの発生と同時ですが?」
俺の口から出た言葉が信じられなかったのか、「方舟の騎士団」の人々はガタッと立ち上がったりこちらをあり得ないものでも見たかのように凝視する者もいた。それはモランさんもキャロルさんも例外なく。
八月の時は思い出していなかったからキャロルさんがテクスチャについては無知だと組織に報告したんだろうけど、全ての記憶を取り戻した俺は全部識っている。それこそ一千年前の段階でその概要を全て把握していた。
「方舟の騎士団」が設立してからだいぶ経っているんだから、知っている人間がいてもおかしくないだろうが。それでも情報を統制していた側からすればあり得ないことだったんだろう。
神々が平然と下界に現れていて、コンタクトできるだけでありえない奇跡だと思われているのに、その上自分たちが死守してきた情報を知っていたら驚くか。
神々と話ができる時点で世界の構造に造詣が深いとわかっていいものだが。
「なぜこんな島国でテクスチャなんて単語を知っている⁉︎キャロルやリ・ウォンシュンが漏らしたとしても、概要なんて掴めていないだろう⁉︎頼む、そう言ってくれ!」
「どうやら錯乱していらっしゃるご様子。私もテクスチャという単語を知ったのは八月の、その一件ですよ」
発狂したかのように立ち上がって叫んだ男性は、俺の一言で明らかに安堵したように息を吐いた。周りにも何人かいるが、これだけで安心しないでほしいんだが。
「ただ、知識としては一千年前の段階で得ていました。理と呼んでいましたが、意味はどちらも変わらないでしょう」
「ナニワ殿。どうやって、当時造船技術も発展していない一千年前にこの世のシステムを理解していたのですか?」
「知識を得ることに当時の技術など関係ありませんよ。私は幼少期から神々と懇意にしていた。その神々から教えてもらっただけのこと。何も不思議はないでしょう」
モランさんは問いかけの答えを聞いた後、おそらく神を判別できるのか、それとも言葉の真偽を判別できる女性に目線を向けると、その女性はガクガクと首を縦に振った。その視線は俺たち三人に向けられており、おそらく神気を見ているのだろう。
世界を見渡せば神気を読み取れる者くらいいるだろうと思っていたので、その女性がこの会議に参加していることは驚かない。彼女の意見を聞きたくて連れてきたのだろう。それが一つの指標になるために。
「たとえ神々に教わらなくても、私には千里眼と星見がありましたから。この程度の知識を得るのは難しくなかったですよ?」
「……ああ。この国も、君たちも。規格外だと思い知ったよ」
「それは会議がスムーズに進んでいいですね。相互理解できていることほど円滑に物事が進む要因はないでしょうから」
「我々のことも、おおよそ掴んでいると?」
「少しだけ過去視を行って、起源と行動の数々を確認した程度です。全てはわかっていません。だからこうして話し合っているでしょう?一番重要なことが、キャロルさんの右手だということは理解しています」
顔色を変えたのはモランさんとキャロルさんだけ。他の人は右手に何があるのか知らないらしい。組織の上層部だけの秘密とかそういうことだろう。末端は知らなくていいと、どこからか漏れることを危惧して情報規制したってところだな。
ほら、こういう組織の情報を知らない。十分程度で確認した知識なんてこんなものだ。だから相手が求めることを聞きたい。相手はこんな過去視ができる者がいないようなのでこちらも意見を伝えたい。
この会議を受けた理由はこの辺りだ。「婆や」の言葉もあって、海外の異能者の団体と縁を結んでおきたい。
今後のキーマンはキャロルさん。もしくは彼女の持つ右手の秘密を継承する者。
そのどちらかが、世界を改変する。だからその時になるまで、彼らとは情報共有をしておきたい。その後の世界がどうなるか視えていないが、その先も俺たちは生きるだろう。
彼女たちを管理している「方舟の騎士団」を利用してでも、今後の情勢は確認しておきたい。そういう意味では彼らが今日訪ねてくれたのはちょうど良かった。
次も三日後に投稿します。
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