3ー1 方舟からの使者
新住居。
陰陽寮から徒歩五分。大通りから一本路地に入ってすぐの場所。
そこには一軒の二階建て住居があった。和風で庭付き。昔ながらの外観を保っていることもそうだが、中もキッチンなどの水回り以外は現代の様相があまり残っておらず、廊下に電球などもない。
窓も最低限、灯りは陰陽術で代用できるような灯籠を用いるなどかなり凝った造りをしている。TVやネットを使うための回線は通っているけど、そういう電子的な物は極力見えないように工夫されている。
この建物。俺たちの新居になる。父さんが一括で買い上げた。和風の屋敷を建てたはいいけど買い手がおらず、誰も住まないまま放置されてきたらしい。
お金は一千年かけて貯めた安倍家の資金から切り崩したらしく、元々は俺のお金だとか。だからありがたく受け取った。
それでもって。ここは元安倍家の一画だ。本来はもう少し広かったんだけど、既に他の建物が建ってるからそこを接収しようとは思わない。この家で十分だ。俺たちが住むにしても広さ的な意味では問題ない。前の家が広すぎただけだ。
これから俺は学校よりも陰陽寮に通うことの方が多いから、こうして新居を用意してもらったわけで。そこが元住んでいた土地なら申し分ない。
晴明神社なるものもあるが、そこが表向き昔の安倍家の住居とされている。土御門が管理を間違えたのか、その晴明神社はてんでズレた場所にある上、御神体の俺がこうしている時点でハリボテの神社だ。俺を神格化するにしては管理やら信仰やら全然足りないし杜撰。
呪術省はそこそこお金をかけていたけど、陰陽寮からは一切お金をかけない。俺がいるのにそこを管理する理由がどこにあるんだか。
日曜日の今日は、家族総出でこの屋敷の掃除をしていた。父さんと母さんはこの屋敷を買った後難波を空けすぎということで向こうに帰っている。難波の次期当主の選定やら、やること自体は父さんたちも山積みだ。
『ニャハハハハ!仕事してるって感じがするのニャ!』
『瑠姫、はしたないわ。静かに掃除しなさい』
『はーい』
ダダダダー!という足音を立てながら瑠姫が廊下を拭き掃除しているが、埃が舞ったのか金蘭が注意している。俺も机を拭いたり、ミクは窓を拭いたり。吟と銀郎は庭掃除をしている。
ゴンは庭の池の前で寝っ転がっていた。
「おい、ゴン。働けよ」
「ヤダ。オレはもうお前の式神じゃないんだから命令を聞く理由ねーぞ」
「あら、ゴン。また皺皺にしてあげましょうか?」
「ま、待てって!そもそもこんな身体でどこを掃除しろってんだ⁉︎」
俺の言うことは聞かないくせに、眷属に戻ったからかミクの脅しには慌てるゴン。本当にこいつ生意気になったな。ミクの言う通りもう一回罰を与えてもいいかもしれない。
法師が俺と一緒にゴンに呪術を仕掛けた理由がわかる。可愛いけどウザいぞ。
皆が掃除してるのに一人だけサボってるとか、怒られて当然だろ。
「軒下とか見てこいよ。いくらでもその小ささ活かして掃除できないか?」
「オレ、これでも神に変性したんだけど?」
「銀郎も瑠姫も、吟も金蘭もやってんだろ。お前の主人のミクなんて率先して掃除してるけど?」
「わかったわかった!やりゃあいいんだろ!」
プンスコしても可愛くないなあ。反抗期の子どもかってんだ。吟や金蘭は素直だったし、実の息子もそんな反抗期とかなかった。何でもう一千年生きてる狐に育児で手を焼かされなくちゃいけないんだか。
母上もそんなことをミクと一緒にいる時に悩んでいたな。それはミクの立場や位に対して自由奔放だったからだけど、やることはやってたからそこまで大変じゃなかったとは思うんだけどな。目の前のゴンに比べればマシだと思う。
ゴンはハタキを口に咥えて軒下へ潜っていく。あっちは任せよう。
そんな感じで朝から一日かけて掃除したことで綺麗になった。十分住めるようになったけど、ミクはまだ女子寮暮らしを続ける予定だ。ミク自体は陰陽寮で何かしらの立場があるわけでも仕事があるわけでもない。
当分は学生を続けてもらう。
ご飯は女性陣が張り切って作っていた。男性陣は誰も料理ができないから仕方がない。俺は料理を覚える暇なんてなかったし、ミクと金蘭が厨房を取り仕切っていた。だから吟も同じ理由でできず、銀郎も瑠姫がいたためにする機会がなかった。
パンを焼いたりとかご飯を炊いたりくらいはできるけど、逆に言えばそれくらいしかできない。調理実習くらいしか料理経験がないんだもんな。
ご飯を食べて檜風呂にも入って。
二階の大きな部屋に敷布団を並べて寝っ転がっていた。客間の予定で寝室は別にあるんだけど、今日は全員泊まるためにこうして敷布団を並べた。
『ここあちし!』
『そういうところ見ると、瑠姫は猫だとわかるな』
『吟様、あちしのこの耳と尻尾が見えニャイのかニャ?』
『見えるが、お前をマジマジと観察したのは初めてだ。銀郎に狼の要素が性格に現れていないからお前もそうなのかと思った』
布団へダイブをかました瑠姫を見て、吟がそう興味深そうに呟く。吟は難波の祭壇を守ったり、俺の血族を守るために日本を巡ったり、難波本家を外敵から守っていたために瑠姫や銀郎とあまり関わっていない。
だから性格云々については最近わかり始めたというところだろう。
瑠姫が一番に場所を決めたが、その後誰も揉めることなく寝る場所を決めていく。ゴンなんて座布団で寝る始末。それで良いって言ってるから気にもしないけど。フサフサの毛皮があれば掛け布団も要らないんだろう。
「ん〜……。ようやく落ち着いたと思ったのに、これからも問題が起きるのはなあ。今日みたいにゆっくり過ごせればいいのに」
「日本の問題だけでも一段落ついたから、それは良かったと思いますよ?ハルくん」
「神々との謁見も終わったから良いけどさあ。というか、ミクが人気すぎる」
「弟や血縁ばかりですから。暴れる神がいなくて良かったです」
神と今後どうするかという話し合いを神の御座で行い、それも無事に終わったというのにテクスチャをはじめとする海外も関係した事案の数々。直近でも問題が一個起きるというのに、十年もしないうちに巻き込まれる大事が一個あるんだからな。
平穏に調停者をやっていたいのに、なんだって他の国の面倒な存在もこの時期に動き出すんだ。そういう時代の節目なのかもな。
「一個一個、終わらせていくしかないかあ」
「ですね。今回はずっと、皆で支えますよ。わたしも神の御座に還らなくて済みそうですし」
「もう泰山府君祭は使いたくない。金蘭も使うなよ?」
『仰せのままに』
使える可能性があるのは他に姫さんと先代麒麟、それにマユさんか。マユさんには概要を教えて使わせないようにすれば良い。下手に知識を与えないで無意識に使われるよりは教えてしまって制御させた方がいい。
姫さんは確実に一回使うとして。他は俺たちも含めて使う機会がないと思う。
「こうして皆で眠るのはそれこそ一千年ぶりですね」
「そうだなあ。平安の頃だって、全員で寝たのなんて金蘭も吟も小さい頃だろ」
『姉が法師に弟子入りする前辺りが最後だったかと』
『そうですね。その頃です。吟も源家でお世話になり始めましたから』
「そんな前か。……随分時間が経ったもんだ」
「ハルくんとわたしは長い間寝てたわけだけど、吟と金蘭ちゃんは長かったでしょ?」
『覚悟の上なので』
『待ち遠しかったですけど、寂しくはありませんでしたよ?法師もいましたし』
そういうものか。一千年待つという感情を、法師を取り込んだためにわかっているつもりだったが、俺の心情としては吟寄りだ。法師も結構世の中に絶望してたし、寂しがっていた。
「これからは星が滅びるまで離れることはないだろ。お前たちがいたらどんな脅威だって跳ね除けられる。神も味方だし」
「宇宙から何かやってきたらどうします?怪獣とか」
「え?あー……。陰陽術で倒せないかなあ」
「万能じゃないってわかってるのはハルくんなのに。ふふ、ただの眠る前の冗談ですよ」
「その時はその時だろうな。……そろそろ寝るか」
灯篭の灯りを消す。それだけで真っ暗になり、街の明かりと月明かり、そして星の輝きで少しだけ光源があるくらいだ。
隣のミクへ手を伸ばし、握ってから声に出す。
「おやすみ」
今日見る夢は、懐かしいものになりそうだ。
次も三日後に投稿します。
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