2ー3 交渉と脅し
裏側。
千里眼を使って政府関係者が全員陰陽寮から去ったのを確認して肩の力を抜く。これで陰陽寮にとって都合のいい交渉は終わった。面倒な言いがかりも全部封殺できたのでこれからの陰陽寮運営に関しては不安がなくなった。
だから、もう大丈夫だとミクに電話をかける。
「ミク、もう帰ったからこっちに来て大丈夫」
「わかりました。すぐ行きます」
電話を切って数秒後、ゴンを抱えたミクと金蘭が転移で会議室へやって来た。俺以上の霊気と神気を持っているミクからすれば俺みたいに龍脈を支配していなくても、霊脈の上に乗れば簡単にこうしてやって来られる。
これを見て五神の皆さんはミクの実力をきちんと把握したようだ。ミクの実力はそこまで表に出していなかったのでそれもしょうがない。
「ミク、金蘭お疲れ。ゴンも護衛しっかりしてたか?」
『まあ、要らなかったな。どっかの誰かさんが心配するから一緒に行ったが、こっちを探そうとする奴はいなかった』
「そうか。これで敵対組織はいなくなったわけだ」
ミクと金蘭には今回の作戦をフォローしてもらわなくちゃいけなかったから無防備になるかもしれないということでゴンも一緒に派遣していた。問題がなければそれが一番だ。
これで学校に通いながら陰陽寮の統治に力を注げる。
「……なあ、明。ここまでする意味あったのか?」
「あるさ。政府にはこっちが絶対の力を持っていることと、後ろ暗い取引なんて受け付けない潔癖な組織だって認識してもらうには、実際に見せつけるのが一番だ。それも東京であまり知らなかったお山の大将には、刺激が強いだけ効果覿面だ」
「宮中で培ったものか?……にしたってこんなマッチポンプはなあ」
星斗と奏流さんは苦々しい顔を。マユさんはどっちつかずなのか苦笑を。大峰さんと西郷さんはむしろやってやったぜみたいな凄惨な笑みを浮かべている。
今星斗が言った通り、今回の一連の騒動は俺たちが引き起こしたもので、それをこっちが解決するという自作自演。
伊吹山の龍に暴れる機会を与えて、ミクが天の逆鉾から解放した龍へ外観を偽装。俺と吟、五神で拮抗できるように金蘭へ伊吹山の龍へ各種支援をさせて同格のように振舞わせた。
伊吹山の龍の実力は精々本体の青竜と互角。五神総動員でかかればあっけなく倒せる。が、今回はそれでは政府の頭の固い老人たちへ恐怖心を植えつけられなかったので、陰陽寮の戦力を全部使って倒せましたという巨大な敵が必要だった。
がしゃどくろに頼むというのも手だったが、彼は基本温厚で戦うのは好きじゃない。八月の一件も法師に頼まれて仕方なくということと、俺やミクが復活していたのにそれに気付かない呪術省にムカついて襲ったのだとか。
がしゃどくろって妖ながら、昔から俺やミクに好意的だった。一旦雲隠れすることになった際も俺たちが復活するまで大人しく眠っていると約束するほど。
そんな性格面からがしゃどくろは向かないと判断し、暴れたがっている伊吹山の龍に頼んだわけだ。それに今回これだけ暴れれば伊吹山の龍に付けられた楔が発動してまた一千年単位で暴れられなくなる。龍はそれだけ危険な存在なので討伐するか抑えるかの二択になった時に、伊吹山の龍から暴れる機会以外は楔を打つ契約を神としていた。
今回はその楔が発動して冬眠状態になる。伊吹山の龍としても暴れる機会が欲しいらしくて、寝ている間は記憶がないので起きたら暴れられるこの契約に文句はないらしい。
大峰さんには政府の人たちに討伐したと報告させたが、死体はミクが神気で作ったハリボテ。龍の情報は陰陽寮に残るけど、大した問題じゃない。
今回のマッチポンプについて知っている者はここにいる人間だけ。
政府の反応を見る限り、今回の作戦は大成功だろう。
「今回の京都襲撃はある意味予行演習でもあったんだ。今回は俺たちで主導できたけど、実際海外からやって来た強い妖とか神々が攻めてきたら俺が矢面に立って五神にはサポートしてもらうことになる。そういう意味では良いモデルケースになったよ。市民への避難誘導とか諸々」
「大天狗様のような存在が海外からやってくると、難波殿は考えているのか?」
「はい。前提として大天狗様は戦いを主とした神ではありません。日本だけでももっと強い神々はいます。海外にいないと考えるのは早計でしょう」
奏流さんも日本国内のことはわかっても海外のことなんてあまり知らないのだろう。千里眼も使えず、国から海外進出は止められてきた。陰陽術に似た異能が他の国にもあるくらいは知っていても、妖、クリーチャーについては無知と言ってもいい。
日本国内で知っているのは政府の人間か、こっそり海外に行った者。あとは千里眼が使える者くらいか。
「それこそ天の逆鉾で出会った三体。封印されていた龍に土蜘蛛、そして海外のバンピールは俺だけでは勝てません。その三体が手を組んできたら俺とミク、金蘭に五神の皆さんが総動員になっても負けますよ」
「それほどっスか?オレたちは京都を通過した姿しか見てないんでそこら辺あんまり理解してないんスけど」
「龍と土蜘蛛──ケンタウロスだけならどうとでもできます。二体同時に来ても何とかなるでしょう。けど、そこにあのバンピール、ヴェルニカが加わったらどうしようもありません」
「そんなに強いんだ?吸血鬼と人間のハーフなんでしょ?ボクたちも驕ってるわけじゃないけど、珠希ちゃんや金蘭さんの実力はわかってるつもりだゼ?それでも?」
「十秒ぐらいで殺されて終わり、ですかね」
俺が紛れもない事実を伝えると、五神の皆さんは息を呑んでいた。ヒュッという音すら聞こえたかもしれない。俺たちの実力を正しく把握しているからこそ、さっきの政府の人間たちみたいに血の気をなくしていた。
俺の言葉に続くように、ミクと金蘭も頷く。
「なんというか。その吸血鬼の方、わたしたちのルールから逸脱しているというか。まずわたしたちでは傷も付けられません」
『その上向こうはこちらを即死させるような攻撃手段を豊富に揃えています。敵対しないことが最善の策でしょう』
「それほど、ですか?」
「彼女は星そのもの、地球を相手にするようなものなので。俺たちが日本の力を借りて力を行使しても、星の力を振るえる彼女にはどうしようもできません。まあ、彼女は吸血鬼を殺すことと、龍と土蜘蛛にくっついて旅をするのが今の所の目的らしいので日本が襲われることはまずないでしょう」
この中でも特に実力者のマユさんの驚きに、そう答える。ミクと金蘭が言ったけど、彼女はテクスチャからして俺たちとは異なる。そして使う力の規模も性質も。こっちが小型の銃だとすれば向こうは核ミサイルほど、概念から何から違う。
敵対される理由がないから彼女が日本にやって来ても暴れるということはないだろうが、それでも強さの指標にはなるので敵対してほしくないという意味も込めて警戒してもらう。
「今の所最も警戒すべきはそのヴェルニカですが、彼女と同等の存在が他にいないとは限りません。そんな存在が出て来たら皆さんにも力を貸してもらいます」
「決死の覚悟を決めろということか」
「基本ないとは思いますけど。海外の監視は俺の方で行っておきますので、今は日本の土地神の確認を優先すべきですね。今の皆さんなら妖と土地神の判別ができると思いますので、それの調査を。まだ判別できる人は少ないので申し訳ありませんけど、一年くらいは皆さんに日本中を回ってもらうことになります」
「それはいいけど、陰陽寮はいいの?君に全部任せちゃって」
「父などに応援を頼みますから。それじゃあ、皆さん行きたい地域あります?優先して送りますよ?」
日本地図のかなり大きい物を机の上に広げる。土地神の確認は急務だし、そのためなら京都の防衛を二の次にした方がいい。俺もミクも残ってるんだから、京都はそこまで心配しなくていい。本当の緊急事態なら龍脈を使って転移で呼び戻すだけだ。
「明君。五神複数で回るのってアリ?」
「なしです。あんまり余裕ないので。協力者は地元の陰陽師だけでお願いします。もう高校辞めた大峰さんならそれくらい余裕があるでしょう?」
「チェ」
そこまで星斗と巡りたかったのか。あ、マユさんも残念そうな顔をしている。
いやいや、電話もあるんだから当分離れ離れってわけでもないんだし、それくらい我慢してくれないだろうか。休みだって与えるし、報告のために京都に戻って来てもらうことももちろんある。
その時に好きにデートをしたらいいんじゃないだろうか。そこまで口には出さないけど。
紆余曲折あったが、誰がどの地方に行くか大まかに決まった。金蘭が集めたある程度の情報を渡して地元へ通達させるのが一番大きな仕事だろう。金蘭が見落としている土地神の発見は陰陽師や人が妖と間違って襲わなければいい。
あまり見付かっていないってことは隠れるのが得意な神なのだろうし。八神先生や都築会長のように。そんな存在の発見はついででいい。
「では、政府の認可も受けたことですし。正式に陰陽寮として動きましょうか」
次も三日後に投稿します。
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