2ー2ー4 交渉と脅し
実力差。
龍は明一人で戦っているわけがなかった。一緒に飛んでいる吟が腕から放たれる鋭い斬撃を刀で同じように斬撃を産み出して弾いたり、遅れた五神たちが各々攻撃を始めていた。
青竜が突っ込んで頭突きを喰らわせたり、白虎が鋭利な金属を生成して牽制として放ったり。朱雀が龍の吐くブレスに対抗して炎の塊をぶつけたり。
『オオオオオオオオオッ!』
龍は数からしても圧倒的不利だったのに、そんなことは御構い無しに攻撃を続ける。明が周囲へ被害が出ないように方陣を即座に産み出したり、麒麟が五行をバランスよく用いて下へ、人間の住居へ意識が向かないように上へ誘導したり。
全員が全員、空で戦っていた。徐々に嵐山から離れていくので星斗たちが見ているカメラでは追えなくなり、すぐに他の地点のカメラへ切り替えられた。徐々に山ではなく人間の住宅地──市街地へ迫ってきたが、建物はもちろん人的被害も出さないように玄武と明が頑張っていた。
「すぐにプロを呼んで即席でいいから方陣を組んでもらえ!俺一人ではカバーできない!」
「は、はい!」
明が人助けしながら周りの人にそう告げる。プロなら簡易の結界くらい作れる。それで大きな被害を防げという指示だ。
明ができるだけ大きな方陣を作り出して龍の攻撃諸々から守っているが、それだって即席のものなので破られる可能性もあり、絶対じゃない。
麒麟も腰を抜かして逃げられないような人間を空を高速で飛び小回りが効くということで明に命じられて救出していた。龍への牽制より、そちらを優先しただけ。
その代わり他の四神と吟は下へ攻撃させないように果敢に攻め込んでいた。
『逃げて。危ない』
「あ、うん!」
麒麟に助けられた男の子も屋内に逃げていく。それを見送ってから麒麟はもう一度空から地上を確認し、逃げ遅れている者がいないことを確定してから戦線に戻る。
明が支援術式を式神たちに満遍なく使っていくが、それでも龍の勢いは全く衰えない。攻撃は当たっているはずなのに全く堪えていなかった。まるで分厚い鎧を纏っているかのように。今も元気に獰猛に笑いながら尻尾で青竜を吹っ飛ばしていた。
『ワハハハハ!そう、強者とは!こうでなくてはならない!今日ここに来たのは正解だったな!』
『この脳筋が!さっさとくたばれ!』
『戦いは楽しんでこそ!もっとこおい!』
ギィン!と爪と刀の弾き合う音が響く。そう、戦いたいがために龍はここに来ていた。その行為でいくら住民に、人間や人間の住処に被害が出ても関係がなかった。
そんなもの、塵芥と同じだと思っているからこそ。
「なんなのだ、あの龍は⁉︎戦いたいから人間を滅ぼすと⁉︎」
「むしろあれだけ強力な妖なら、その理由もおかしくはないかと。闘争本能を刺激されている妖がいてもおかしくありません」
法務大臣の叫びに、律儀に星斗が答える。五神と明、吟が総出で当たっても倒せない敵。がしゃどくろはまだ五神総出で倒せていたが、今回はそれ以上の脅威だと見せつけていた。
それに昔から生きている妖であれば、平安よりも遥か前から存在する妖であれば今も闘争本能を残して暴れることも変ではない。平安辺りに産まれた、もしくはそれ以降に産まれた妖は日ノ本の変革でそういう考えが薄れていったが、古くから生きている妖は身体が、脳が昔を覚えている。
もう残っている個体は少ないが、暴れようと思えば暴れるだろう。神々や晴明によるペナルティを受けてでも暴れるバカたちなのだから。
「アレは……天の逆鉾から現れた赤龍で間違いないのだな?」
「見た目は完全に一致します。それに直接対峙した明が個体を間違えるとは思いませんし……。アレが数体いたら日本はそれこそ焼け野原ですよ」
総理大臣の言葉への返答は紛れもない事実。五神総出で明も出張って勝てない相手では、日本で勝てる者がいない。それが複数いたら、最高戦力を一箇所に縫い止められたら。その間に他から攻められて更地になっている。
アレが同一個体だと信じるのが、精神衛生上良いということ。
「他のプロも動員すれば良いだろう!数は正義だ!」
「そうだ!そのためのプロだろう⁉︎」
「そうしたいのは山々であろう。だがあなた方は我々陰陽師を知らなすぎる。プロと呼ばれる最底辺の四段を一万人集めようが、あの龍には一瞬で蹴散らされて終わる。一騎当千という言葉があるように数を集めても無駄だ。質は時に数に勝る。あのようなブレスを吐く相手に数だけ揃えてどうすると?」
奏流が冷静に切り捨てる。「神無月の終焉」でも同じことが言えた。デスウィッチをいくら揃えようが、元五神の狸たちに一蹴された事実がある。ここにいる五神たちも法師一人に抑え込められた。
圧倒的な力には、数を揃えても無駄である。
「なら貴様らは行かないのか⁉︎呪術省の最高戦力だろうに!」
「申し訳ありません。わたしたちでも力不足です。わたしたちは空を飛ぶことができませんから」
「あの男はやっているだろう!高校生だぞ⁉︎あれだけ術式を使っていて拮抗しているのに、何故貴様らはできない!」
「ですので、ボクたちとは文字通り次元が違うんですよ。陰陽師の始祖に、本質を最近まで理解していなかったボクたち劣化コピーじゃ知識も実力も敵わない。邪魔するよりは式神に霊気を送ることに専念してるだけ。式神は優秀だからね」
女性陣の反論を聞いても、納得できないのか五神に詰め寄る官僚たち。そんな中でも画面の向こうでは明たちが死闘を繰り広げている。
「できないできないと子どもか!簡易式神は空も飛べただろう!五神だというのならその責務を果たせ!」
「できないことはできないときちんと言うべきじゃないっスかね?あと、簡易式神にしろ鳥の式神を詠び出すにしろ。あの速度に追いつけないっスよ」
「あの男は単独で飛んでいるだろうが!何故式神にやらせてできないという話になる!」
「簡易式神はその名の通り、式神より脆弱っス。人乗せて飛んでもそんなに速度が出ません。鳥の式神を出したとしても、結局は鳥。普通の鳥よりも少しくらい速くすることができるだけっスね。で、その程度の性能であの高速戦闘に割り込めると?」
西郷が画面を指で示す。そこには定点カメラを物凄い速度で駆け抜ける龍と五神たち。それはジェット機や戦闘機のような速度で市街地の上空を飛び回っていた。
断じて、ただの動物や生身の人間が追いつける速度ではない。それこそ戦闘機がドッグファイトをしてどうにかという速度。
「霊気だって無限じゃないっスよ。そんで五神っていう式神詠んで力与えて、他にもあの速度に対応できる式神詠んで、対応できるように性能強化して。その上でアレに効く攻撃術式をどれだけ放てば良いんだか。──完全に破産っスよ。十分足らずでガス欠っスね」
「だが彼は実際にやっている!」
「そりゃあ、難波明が特別だからっスよ?五神の選定基準にマルチキャストが必須項目としてあるのは知ってるっスよね?五神でも精々三が限度。香炉君で四だか五っス。──今彼は、十近くのマルチキャストを行なってるんスよ」
西郷の言葉に星斗とマユ、大峰が引き継いで使っている術式の解説をしていく。
五神と吟に対する炎対策と身体能力向上。五神に至っては星斗たちがやっていることへの重ねがけだ。そして自分と吟に対する飛行術式。自分だけでも呪術省の誰にもできなかったのに、彼は自分の式神にも与えている。
見れば分かる通り市街地に張った方陣。それも大きい物を即時に作る胆力は方陣に特化した陰陽師でも不可能だ。その方陣を巨大なものと細かいもので二つ。
何度もやっているように龍に対する攻撃術式。そして周りの人間へ指示を出すために広域伝播術式も併用。奏流の視点からすれば指揮官が最前線にいるようなものなので、これだけでもあり得ないという。
そして戦場を正しく理解するために千里眼と未来視の併用。そうじゃなければ的確な時に式神たちへの支援術式を使えない。逃げ遅れている人間を見付けているのも明だ。戦場以外にも目を向けているからこそ。
上述の細かい支援術式も併せて、更にマルチキャストのカウントは式神契約全てを含む。呪符から呼び出していなければカウントしないが、明は珠希への護衛も兼ねてこの場にいない金蘭とゴンとも契約したまま。これだけで三。
瞬間瞬間にもよるが、最低でも十二の術式を使っている。あそこまでの術式の併用は誰もできないと告げた。
「ボクたち陰陽師は人間だ。空も飛べず、ブレスを吐かれたら呆気なく死ぬ。五神を詠んで空を飛んで、攻撃して。それでもうキャパオーバー。あれだけの攻撃を防ぐ障壁を作る余裕もないし、そもそも防げるようなものを即時に作れるかも怪しい。自分の身も守れない分際であそこに行ったら明君の邪魔になる。彼はボクたちが危なくなったら気付いて守ってくれるだろうからね。そんな有様じゃ、とても援護にならない。むしろお荷物でしかない。それがボクたちがここから動かない理由です」
次も三日後に投稿します。
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