2ー2ー1 交渉と脅し
政府との会合。
十一月の初旬にもなって。ようやく政府側も陰陽寮に対して会談を申し込むようになった。正直遅かったなと思う。俺は記者会見をやったし、五神の準備も終わった。陰陽寮も新体制で問題なく動いている。
こういう非常事態ってすぐに動くべきなんだが。法師が呪術省を事実上壊滅させて一ヶ月強経ってからようやく政府のトップがやってくる。遅すぎだろう。こういう時にこそ迅速に動かないで国民からの信用を得られると思っているんだろうか。
今回は政府の人間が多いために大きな会議室を使っている。ちょっと前に姫さんが政府の先遣隊と交渉しているけど、その効力がどこまであるか。
向こうがこっちを下に見てきても、問題ない仕込みはあるんだけど。
こっちは俺に五神全員。護衛に吟がいる。あとは記録係で陰陽寮の職員が数名いる程度。
政府側は総理大臣がじかじかに来るらしい。それに法務大臣と官僚たちがたくさん。以前姫さんが交渉した内閣府の方もいらっしゃるということ。
この会談は一応非公式なので記者はやってこないということ。つまり決まったことを政府側もこっちも守らない可能性がある、協議段階ということ。
「ああ、来ましたね。皆さん事前に伝えていた通りにお願いします。特に星斗」
「はいよ。もう腹括ってる」
星斗は一つ嘆息するけど、任せるなら星斗が一番だ。別に大峰さんに任せてもいいけど、俺との繋がりを考えたら任せるのは星斗になる。
俺たちは吟を除いて全員黒スーツを着ている。統一感とか大事だ。吟は式神だし護衛だから普段通りの流しの着物だけど。
『皆様方、ご到着です』
「案内してくれ」
『はい』
外に門番として配置した銀郎の確認に返事する。瑠姫と一緒に大きな扉を両開きにして政府の方々が中に入る。それに合わせて立ち上がる俺たち。
「遠路はるばる、よくお越しくださいました。今日はお互いのためになる会談になればと思います」
俺がそう言ったのに、誰も口を聞かない。内閣府の安田賢治さんの密告通り、俺が安倍晴明だと信じておらず、こちらを下として見ているのだろう。
行政府からすれば省庁から抜けた陰陽寮は裏切り者や、部外者という心境だろう。自分たちと蜜月の関係だったのにいきなり無関係だという主張。だというのに今まで通り給料だけは国民の税金で賄うためにお金を貪り尽くそうとする馬鹿ども。
そんなところだろうか。政治家なら言動に気を付けた方が良いけど、それを教えてやる必要はない。
全員が室内に入り、銀郎と瑠姫が扉を閉める。そして何も言わないままお偉いさん方が勝手に座る。一部官僚がその無作法な様に目を丸くしていたが、正直想定内。向こうがそう来るならと俺はまだ立っている方々に着席を促して、俺たちも座る。
非公式の場で、ここは陰陽寮の内部だ。たとえ総理大臣だろうがホストはこっち。そのホストに握手も求めず感嘆の言葉もなく無言で座る。いくらこっちを認められないとはいえ交渉の場でやることじゃない。
一千年前の宮中の方が礼儀作法も、そして心内も混沌極まりながらも優雅さのあるまさしく魔境だったと感慨深くなる。あの政争の場を知っているからか、今のこれが稚拙なお遊戯場にしか映らなかった。
「それでは皆様方お席に着きましたので。非公式の会談を始めさせていただきましょうか」
「……おい。いつまでそこの高校生がこの場を取り仕切るつもりだ?周りの五神が現状呪術省のトップだろう⁉︎何を平然と座っている!」
叫んだのは法務大臣。相手が激昂して来るのは予想がついてたけど、まさか会談の形すら作らずにいきなり罵倒とは。
程度が知れる。
「朱雀が死んで、五神は現状四人のはずだろう!いつの間に朱雀を補充した⁉︎それを行政府は認めていない!そこの男の妄想もだ!」
五神の任命に行政府の決定が必要なんて初めて聞いたな。そんな取り決め、文章になかったし五神の誰に聞いても決定権はあくまで呪術省にあったと言うはずだ。殺人犯の前朱雀を行政府が認めたというのであれば、それはまた別の問題が浮上する。
俺も人のこと言えないけど。
それに俺のことを指差しながら妄想ときたか。別に信じられなくても良いさ。すぐにどうでも良くなる。
俺たちが誰も言葉を発しないことを好機と思ったのか、法務大臣以外にも声を荒げる。
「そうだそうだ!訳のわからん記者会見など開きおって!」
「何が陰陽寮だ!これまで通り呪術省で良いではないか!」
「土御門家と賀茂家を呪術省から追い払ったのは貴様ら五神が謀反を起こしたからではないのか?祀り上げる対象を変えた訳だ」
「両家は本当にそのような悪事に加担していたのか?貴様らがでっち上げたものでは?」
出てくる出てくる罵倒の嵐。国会中継でたまに見る光景がまさしく目の前に。罵倒や追求が行き過ぎて議論が全く進まない様相は滑稽でしかない。
奏流さんが不快に感じたのか、視線が鋭くなっている。他の人には伝えておいた通り話を右から左にしてもらってるけど、女性陣は全部を聞き流せていないな。土御門・賀茂がやってきたことも、前朱雀がやったこともわかっているために。
別に俺のことなんて信じられなくて結構。転生なんて泰山府君祭を知らなければ荒唐無稽と切り捨ててもおかしくはない。泰山府君祭をはじめ、数々の陰陽術を秘匿したのは俺と法師な訳で。法師のことも信用してないだろうな。
彼らの前提条件からして呪術省は都合が良かった。だから切り替わるのは認められない。一千年前の亡霊である法師が現れたことも、その後継者とされる高校生の俺も認められない。
そして俺がただの高校生だと思っているから、土台無理だと決めつけている。
「まさか五神ともあろうものが、そんな小僧一人に洗脳されたのではないだろうな⁉︎そんな呪術があると報告を受けているぞ!」
「そんな恐ろしいものが⁉︎まさか呪術大臣や賀茂家の当主にもその悪鬼外道な術を使ったのではないか!それならば信用できる両家が口を閉ざすのもわかるというもの!」
「それが事実だとすれば、行政府の元で管理しませんと!危険極まりない!」
好き勝手言うなあ。確かにそういう術式はある。先代麒麟も使っていたし、俺だって使える。ゴンもできた。
だけど、それをする意味がないほど呪術省は腐っていたんだが、それがわからないのだろうか。この人たちも腐ってるからわからないんだろう。
記憶操作の術式は、呪術大全のレプリカには載っていない。載せても悪用されるだけだとわかっていたからだ。本当の天才なら一からあの術式を産み出せるだろうけど、その証拠は五神の誰かが政府に漏らさないと知る由もない。つまり当てずっぽうの非難の可能性が高い。
似たようなもの、記憶野を弄るだけなら土御門光陰と祐介にもできた。けどアレは賀茂静香の記憶野がボロボロだったために思考誘導の副産物でできたに過ぎない。
それから十分ほどだろうか。ようやく罵倒が終わり、すぐさま管理下に置かせろと主張する政府の高官たち。
そろそろだろうか。
「それだけですか?では今仰られたことを全て、証拠として文章で提出していただけますか?もし仰られたことが事実であれば確認せねばなりません」
「証拠だと?」
「当然でしょう?例えば私が誰かの記憶を操作したという根拠。呪術大臣の脳波でも調べますか?質問漬けにして回答に齟齬があるか確かめますか?陰陽術とはいえ、呪術とはいえ。もし記憶に影響を及ぼす術であれば必ず脳に痕跡が残ります。私が記憶を操作していたという証拠があれば政府と陰陽寮、双方立会いの元確認させていただきたい」
俺がそう言うと、大峰さんが立ち上がってとある資料を配る。全く、場を支配するっていうのはこうやるんだって手本を見せないとダメかね。
配られた資料は「呪術を仕掛けられた脳波について」と表題にされた研究結果。裏・天海家が経営する病院と協力して速攻作り上げた資料だ。被験者は大峰さん自身。先代麒麟にかけられた呪術による脳波の乱れについての研究データの纏め。
正確には俺が解呪して大峰さんに自覚させた後、俺がまた同じ呪術をかけて脳波を計測して、また解呪したものをそこに載せている。
研究成果としては一応使えるもの。こういう野次がくるだろうと事前に準備しておいたものだ。
「これは……」
「麒麟であるボクが先代に仕掛けられた呪術のデータです。先代は呪術省から逃げる際、ボクが追いかけないように呪術を仕掛けました。その結果逃亡を許し、彼の捜索もできずじまいです。今は難波明君のおかげで呪術は解呪されています」
「誰を調べても構いません。そのデータの通り、脳波に霊気の影があれば、それが私の霊気と一致すれば、私は記憶操作について認めましょう」
呪術大臣の呪術も既に解呪してあるからそんな結果は出ない。記憶操作なんてできる人間は限られているし、今知ったところで政府が手を出せるはずがない。
嘘っぱちだったと油汗をかく老人たち。そっちが何を言ってこようと対応できるぞ。さあ、次はどんな嘘で仕掛けてくる?
次も三日後に投稿します。
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それと明日、朝の八時に一つ短編載せます。日付的に例のアレです。




