1ー3ー3 地盤固め
麒麟とは。
作戦通り!麒麟と戦うことは予想していた。あの子に認められるために実力を見せるのは当たり前の行為だとも思った。
だから戦いが始まったら得意な術式で牽制をすることを決めていた。ボクの得意属性は雷、つまり木。これは土に属する麒麟に相性が良い。
距離が離れて始まったために、初手は陰陽師のボクが取れると思っていた。五神の戦い方は基本的にその巨体と身体能力を活かした近接戦。朱雀だけは目に見えて炎を撒き散らしたりするけど、他の四神はそれぞれの象徴を用いて戦うことは少ない。
まあ、これも影の戦い方であって、本体はどうするか半信半疑だったけど。結果としてはその予想が当たっていた。
使っていた術式は牽制のためのものだから威力は低く、速度を重視した一筋の雷。青白く光るそれは麒麟の身体には当たらず動きを阻害することしかできていないけど、それで良い。
距離が離れすぎていたらこっちとしても攻撃を当てづらくて堪らない。
最初の一撃だけ呪符を使って、それ以外は呪符を用いていない。明君や瑞穂さんみたいにどんな術式でも呪符を使わずに行使なんてボクにはできなかった。それでも試した結果、雷の術式だけは呪符なしで発動できた。
この辺りも適性だろうね。ホント、上の人たちは想像以上の高みにいる。明君は純粋な人間じゃないってわかってるけどさあ。それでも悔しいものは悔しい。
これでも瑞穂を継いで、五神の頂点たる麒麟に就いている自負があった。そんなプライド、この半年で思いっきりないものにされた。上には上がいるもんだゼ。
でも今は、明君たちの元で、星斗さんと一緒に頑張ろうって思える。最強に拘る意味もない。ただの実力のある女の子の方が都合が良いし。
いくつも雷撃を放ったからか、麒麟は逃げるのをやめてこちらに突撃してこようとする。これこそが最初の一撃を与える格好のチャンス。
「アンサー!」
呪符を用いて短縮詠唱でできる最大限の範囲攻撃を仕掛ける。扇状に広がる雷撃。それを麒麟はただ突っ込むだけで突破したが、ただの雷撃程度で倒せたら最強の式神なんて呼ばれないことはわかっている。
だから即座に別の呪符も用意できていた。
「アンサー!」
今度は範囲ではなく威力が高い雷撃を。それも麒麟は避けることなく受けていたが、これはさすがにダメージが入っただろう。相手は神様とはいえ、霊気と神気という身体の構成は同じ。京都を襲った天狗たちにも陰陽術は通用したんだから、五神にだって通用するはず。
むしろ通用してしまったからこその一千年の仲違いだと知ったけど。人間が年々堕落していったと知れば、神々も法師を含む守護者の方々も最低限の接触を避けて来たるべき時を待つでしょう。
一千年待てば明君が復活すると知っていれば、そこに照準を合わせるのも当然で。
そんなことを考えていたら、麒麟は雷撃をものともせずに突っ込んできていた。全く怯んでいない様子に、さしものボクでも一瞬硬直してしまった。
「嘘でしょ⁉︎」
そのまま天を衝くような一本角ごとこっちに突っ込んできたのでどうにか走って避ける。麒麟はそのまままた空に浮かんでいた。
何で土の存在が木の雷喰らって平然としてるのよ……?っていうか、麒麟の身体に青白い電気が纏わり付いてるような?
「大峰さん。影の状態のことを忘れたんですか?あなたの麒麟は雷を宿していたはずだ」
「え?だってそれ、影だからじゃ……?」
「むしろ本体なんですから、影の時にできたことは何でもできますよ」
そう呆れた声で言う明君と、同意するように頷く金蘭さん。
ということは今のあの状態はボクが詠んだ時のように雷を主とした存在ってこと?詠び出した後に属性が変わるとかアリ?
「何考えてるか当ててあげましょうか?麒麟は五行において中央。他の四行に接しています。そのためどの五行でもある程度の応用が利きます。たとえ苦手とされる木でもね。それも土を十としたら他の属性は精々七、八程度しか引き出せませんが」
『麒麟という役職にとにかく強い人が就任してきた弊害ですね。実際ある程度の実力者なら誰でも、麒麟の影なら詠び出せてしまうんです。そして麒麟も融通を利かせて戦果を発揮してしまう。麒麟が優秀すぎた反動で誤解が広がったということでしょう』
麒麟が最強の存在だというのは知っている者からすれば当然の結論だった。世間に隠されていた本物の頂点。実際麒麟を詠び出せればそれだけで勝利が確約されて、しかも一定の実力者でなければ適合しなかった。
五行のズレもあって、世間の知識と本当の知識から乖離しすぎている。ボクも実家から手にした情報でこれ以上の齟齬はないはずだと、思い込んでしまったらしい。
ボクもまだまだだ。ボクだけでもこんな簡単に全てを理解していたら、今明君はそこまで苦労していないか。
「大峰さんは見たことがなかったんでしたっけ?ゴンは金の属性ですけど五行全て使えますよ。狐が火の属性を使えるってことを考えたら、複数の属性に適性があってもおかしいと感じないと思いますが」
「五行全部使えるのは知らなかったなあ。でも土の属性が全部そんな風に全属性を扱えるわけじゃないんでしょ?」
「もちろんです。そこはほら、麒麟ですから」
特異な存在だとは思っていた。いや、そうじゃないと影だってそこまで規格外にならないか。本体じゃなかったのに無双できたのは麒麟そのものが強すぎたからだろうし。
そんな麒麟が本当は戦う存在じゃなかったって、神様っていうのはどこまで理不尽な存在なんだか。だからこそ神「様」なんだろうけど。
あー。だから瑞穂さんはあの時「麒麟は全ての中心。扇の要、絶対的支柱。そして、何事も満遍なくこなす万能性。戦闘もその他のことも、全てにおいて一番じゃなきゃ」って言ってたのか。
要するにこれから復活するであろう安倍晴明の志も知識も受け入れ、補助できる人材。式神の麒麟の性能を全て遺憾無く発揮するには五行全てを扱えてこそだし、それこそ反発する人も出てくるだろうから先代のように幻術や記憶操作のような役に立てる技能があった方がいい。
麒麟の存在も公表されるだろうから、表で先導する人物として実力も知識もカリスマもあった方がいい。そう、何でもできないとこれからの世界に相応しくない。麒麟である必要性がない。
ここまで視てたのか、瑞穂さんと先代は。これは敵わないなあ。
あの時先代と比べられて怒っていたボクは世界を知らない子どもだった。いや、今もかもしれない。あの人たちこそ世界を知っていたし、麒麟として相応しかった。
ボクは、一人の陰陽師としてまだまだだ。麒麟を名乗るのも烏滸がましい。
けど、ボクにはまだ時間がある。目標にできる人たちもいるし、頑張れる理由である星斗さんもいる。
全てが手遅れになったわけじゃないんだから。
「ハァー。まずは麒麟に勝たないとね」
麒麟として認めてもらわなければ、いくら頑張ったって無駄だ。
ボクと明君たちとの会話を邪魔しなかった優しい神様。この神様に一矢報いるところから始めようか。
でも、五行全部使えるって、どうしろと?ボク、全部はさすがに使えないんだけど。
それを考えるっていうか、圧倒的な強者と戦えるのかを見るテストでもありそう。人ですらボクは敵わない人が多い。明君に珠希ちゃん、金蘭さんに瑞穂さんに先代にも勝てない。
妖や神様を含めればもっとだろう。大天狗様やその眷属の天狗、八月のがしゃどくろ。法師が使役していた鬼二匹に伊吹山の龍。さらにはこの前日本列島を縦断した龍と土蜘蛛と呼ばれていたケンタウロス。
勝てない存在ばっかりじゃないか。これで日本を背負って立てと?最強の看板を持って、支える代表として顔を見せろと?厚顔無恥にもほどがある。
身の程知らずにも程があるだろう。だけど、すぐに実力が上がるわけじゃない。実力差を埋めるために知恵を絞れってことだろう。
やれることはたくさんある。その第一関門がこれってだけ。目指すべきは玄武とマユさんのような関係性かな。アレは式神と主としては理想に近い。
ああなれたらいいなと思いながら、ボクは麒麟へ呪符を向けた。
次も三日後に投稿します。
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