1ー3ー1 地盤固め
契約の前の雑談。
五神会談をした翌日。大峰さんを陰陽寮の屋上に呼び出していた。大峰さんには体調を万全にするように言っておいたから麒麟を呼び出しても問題ないだろう。
俺は相変わらず晴明紋付きの白い羽織りを着ているのに、大峰さんは何故か京都校の制服だ。
「いやいや。何でもう辞めた学校の制服なんです?」
「星斗さんがこういうの好きみたいで。制服フェチなんじゃないかなって」
『あの子、そんな性癖あったかしら……?』
金蘭も首を傾げている。星斗とそういう話をしたことがなかったけど、夢月さんが好きだったんだから清楚な女性が好みっぽいけどどうなんだ。
学校も辞めて、二十歳過ぎの女性が学生服着てるのって背徳感があるだろうけど、男性全員が好きかと言われたら違うと答えられる。星斗もどうだって話になるけど、ただ単に出身校だから懐かしがってるだけじゃないだろうか。
この場にいるのは俺と大峰さん、それに金蘭だけ。他の式神は全員ミクについていっている。学校で何かあっても大丈夫なようにってことと、俺の護衛なんて金蘭がいれば十分だからだ。もし危なくなっても吟をすぐ呼べる。
ゴンだけは「婆や」と昔話に花を咲かせている。この一千年まともに会っていなかったらしい。俺もミクもこの前久しぶりに再会した。今は一千年待った者同士の話があるのだろう。金蘭は「婆や」の元をよく訪れていたようだ。吟は場所を知らなかったらしい。
「明君は星斗さんのこと知らない?こういうのが好きとかそういうの」
「……あんまり言いたくないですけど、星斗って最近好きな人と死別したばかりですからね?死別とはちょっと違うかもしれないですけど、人間の寿命と在り方じゃ二度と逢えないことに変わりありませんし」
「何となく、わかってはいたけどさ。落ち込んでいるなら元気で居て欲しいんだよ。やっぱり好きだから」
純粋に前向きなだけなんだろう。そして星斗もいつまでも彼女のことで塞ぎ込んでいるわけじゃない。空元気な部分も大いにあるとは思うけど、前を、現実を見ている。だから俺のことも手伝ってくれるし、彼女に見られていると思って生きている。
ただ、やっぱりもう少し時間をかけて星斗を癒してあげたいという感情もある。
大切な人を失った穴を埋めるなんて、実際にはできない。星斗は少なくとも想い出に昇華しようと思っていない。夢月さんのことは大切な存在としてずっと想い続けるだろう。
「じゃあ一応伝えておきますけど。星斗ってかなりの面喰いですよ?婚約者、かなりの美人でしたから」
「どのくらい?」
「えー?タマに匹敵するくらい?」
「……君が珠希ちゃん大好きなのはわかってるからさ。じゃあ金蘭さん?あなたから見てどのくらいの美人さんでしたか?」
『深窓の御令嬢。その言葉がしっくりくるほどのお嬢様。全体的に細くて、庇護欲を誘うような弱い人。あなたとはちょうど真逆かしら?』
おお。金蘭がバッサリ。身長は真逆。強さ的な意味でもすぐに倒れてしまう夢月さんと五神である大峰さんは真逆。スタイルはどっちもどっちだけど、大峰さんはただ小柄ってだけだし。
そもそも、夢月さんと比べること自体がナンセンスな気がするけど。夢月さんに近付いたら振り向いてくれる訳でもなし。
むしろ夢月さんを思い出して胸を締め付けられるんじゃなかろうか。そこら辺は星斗の内情次第だからわからないけど。
星斗の好みなんて知らないから夢月さんを紹介するだけになっている。俺も星斗もそういう談議をする時はそれぞれミクと夢月さんの良いところを挙げるだけという惚気合戦だった。特定の人がいたからこそだろう。
つまり、夢月さん以外の女性の好みなんて知らない。
マユさんは夢月さんに会ったらしいからどんな人かわかってるけど、大峰さんは知らない。そこで情報戦の差がついているわけだけど。マユさんは別に夢月さんを目指そうとは考えていないはず。
大峰さんは何というか。小学生の恋愛を見ているようで不安になる。恋愛経験値も人生経験も足りてなさそう。俺が上から目線で言うなって話だが。
「真逆ってなると厳しい……?」
「かもしれないですねえ。でも香炉家が絶賛星斗の婚約者募集中なので、家を通して見合い話を出したらどうですか?難波って言ったら古い家なので、そういう形式にも拘ります。お見合いから進展した関係も分家筋にはありますよ」
迎秋会なんてまさしくそういう場だ。分家同士での婚約者探しの場だし、俺とミクのだって両親を通したお見合いのようなもの。分家ごとに相手の家へ求めることが違うから、それを探るという意味でもお見合いはアリだと思う。
香炉家は分家筆頭としてはあり得ないほど、相手の家柄を気にしない。存在しない家との間に当主となる星斗と婚約を結んだのだからよっぽどだ。しかも相手が子どもを産めないほど貧弱だとしても是と認めた。
あの家には基準がない。だから来るもの拒まず、だろう。
「なるほど。城を落とすなら外堀からってことだ」
「その城が好しとしなければ成立しないんですが。星斗が一目惚れしたからこそ、香炉家も諸々の全てを受け入れて婚約を認めたわけですし」
『でも明様?お見合いを申し込むほどの本気を見せれば意識の面では進展が見られるのでは?』
「星斗自身の意識か。その辺りは踏み込んで見ないとわからないし」
まだ一月も経ってないのに、そんなすぐ新しい恋心なんて芽生えるだろうか。そこまで節操のない人間じゃないんだよな、星斗。
夢月さんとの婚約を発表していなかった頃から陰陽大家の子女の名前で婚約話が結構来てたって話だ。若くて八段。血筋としても優秀。おまけに難波本家ではない。取り込む血筋として星斗は都合が良すぎた。
婚約者なんて時代錯誤ということで一切公表してなかったら、同じような古い家がかなり申し込んでいたようだ。香炉家にではなく、まず難波家に通そうとして実家に来ていたそういう書類を見たことがある。
調べたら土御門家の分家や、それこそ天海本家の血筋なども星斗を欲しがっていた。古い家こそ血族を強くするために強い者を望むということだろう。
土御門系だけ速攻断ってたのは笑ったな。
「お見合いも一つの手でしょうけど、まずはデートに誘うことからでは?接点を作って、どんな人か星斗に知ってもらわないと」
『そういう意味では五神という同僚になれて良かったですね。近しい実力者として話題を振ることができますよ』
「明君ホントにありがと!」
「お礼は先代麒麟に。朱雀を押し付けられてなかったらそこまで五神として勧誘しませんでしたよ」
「あー、師匠にかあ……。あの人苦手なんだよね。そりゃあ指導は的確だったけど、人としてはよくわからなかったというか。星見の人って現実を見てないっていうかさ」
「俺も星見ですが」
未来まで視える星見となれば希少だろう。そして未来や様々な事実を知ってるからこそ、それを知らない一般人よりも達観してしまう。
特に先代は幼少期から色々悲惨で、呪術省や先代朱雀に復讐するわけにもいかなかったために色々と溜め込んでいたのだろう。好きな人も呪術省に人質とされて、隠遁するしかなくなった。一千年前の事実も知っていたから世の中の歪さを誰よりも知っていた現代人だ。
そう、その先代の話題で思い出した。
「大峰さん。先代にかけられた呪術、解呪しましょうか?」
「……えっ⁉︎ボクって呪われてるの⁉︎」
「正確には記憶改変と、先代に対する苦手意識というかそういうのを植え付けられています。土御門光陰がやっていた出来損ないの洗脳ではなく、三年間本人に会わなければ違和感さえ覚えない本物の記憶操作ですよ。そんな兆候も出ない、他にもかけられた人間と会っても記憶に齟齬が出ない。完璧な記憶操作ですね」
「そんなものが⁉︎……明君なら解呪できるの?」
「これ、大元は法師の呪術ですからね。簡単ですよ」
というわけで大峰さんの頭に掌を向ける。少し霊気を流して改変している事実を浮かび上がらせ、偽物の記憶を偽物として認識させる。
術の行使が終わったら、大峰さんの表情が苦渋を舐めさせられた面持ちになっていた。辛酸を嘗めるでは足りないほど、女性がするにしては歪みまくった表情。この怨嗟だけで魑魅魍魎が産まれそうだ。
「……ハァ〜〜〜〜〜。良かった。ボクがあの人の左腕を斬ったわけじゃなかったんだ」
「アレは大天狗様が攻めて来た時に発動した麒麟を召喚するための術式と、龍脈の制御に生身の身体の一部が必要だったからですよ。瑞穂さんのように結構な頻度で京都に居るならまだしも、完全に京都から離れた先代では制御も一苦労ですから」
「というか、何?戦闘そのものが幻術だったって。あの人、どれもこれも高水準じゃない。ウワァ……。これは自信なくすゼ」
「伊達に法師が認めた現代人最強じゃないですよ」
生身だと自覚して、式神でもなくなった姫さんでも先代と戦ったら先代が勝つと予想している。二人のタイプが異なるというのもあるが、姫さんは俺や法師のように戦う陰陽師じゃない。一方先代は五神の名の通り現代の戦闘に重きを置いた陰陽師だ。
先代も龍脈の維持や幻術、補助術式などやれることは多いが姫さんの多芸さには劣る。実はあの人、式神行使があまり得意じゃないらしい。
戦闘屋の五神からしたらできることが多いので勘違いされるようだけど、それは格が違いすぎるだけで何でもできる人じゃない。
「……彼にもきちんと顔を向けられるように、麒麟とちゃんと契約してみせるよ」
「やる気になったのなら良かった。じゃあ始めますか」
「終わったら先代の居場所教えてくれるかい?難波にいるんだろ?」
「いいですけど、政府との会合の諸々が終わってからですよ?」
「ボクも麒麟だからね。それくらいはわかってるさ」
次も三日後に投稿します。
感想などお待ちしております。あと評価とブックマークも。




