1ー2ー1 地盤固め
五神の呼び出し。
陰陽寮の三階にある、小さな会議室。十人ほどが入れればいいという程度の小さな部屋。
そこで俺とミクは五人を待っていた。五神の面々だ。記者会見やら何やらやった後だが、まだ陰陽寮として運営方法など一切話していない。その辺りを決めるためにまずは陰陽師のトップと話さないといけない。
そうは言っても、先んじて陰陽大家の代表とは話し合いを済ませている。記者会見などを整えてもらったのは彼らのツテによるものだ。土御門・賀茂シンパの家は陰陽寮からの脱退を宣言してプロも辞めるという事態もあったが、去る者追わず。内部に膿が残っているよりは放り出した方が気が楽だった。
そういうわけで、最低限の根回しだけが終わっている段階だ。呪術省に勤めていた一般職員や運営に関わっていて土御門・賀茂両家と関係のなかった人たちは通常業務に当たってもらっている。やることは呪術省の頃からそこまで変わらないんだから。
集合時間の五分前。外で待機していた銀郎が扉を開ける。入ってきたのは現職の五神と星斗。それぞれ適当に席に座って、俺が立ち上がり挨拶をする。
「五神の皆様方。この若輩者の招集に応じてくださり、誠にありがとうございます」
「ふん。本当に安倍晴明の産まれ変わりだというのなら、若輩者でも何でもなかろう」
青竜である奏流さんが腕を組んで外方を向きながらそう発言する。
精神年齢を考えると、この場にいる誰よりも上になる。けど肉体年齢ではただの高校生だ。
姫さんのように幼い時から麒麟だった、というような実績があるわけじゃない。
「それは認めてくれたということでよろしいですか?」
「青竜に確認済みだ。ここにいる面々は既に認めている。……法師を取り込んだのは、元々貴殿が産み出した存在だからか?」
「はい。正確には私と玉藻の前が二人で彼を形付けました。日ノ本統治のために人手が欲しかったのです」
「──となると、そこな少女が玉藻の前か。泰山府君祭とは転生のための術式だったと」
奏流さんが勝手に納得しているが、それは違う。ミクの正体はその通りだけど、泰山府君祭はただそれだけの術じゃない。
正確には神ではない者が神に憧れて、権能の真似事をする術式全般を指す。実際の権能でできることができなかったり、できないことができたり。用途は様々で、色々な区分をしていないだけの大雑把な術式だ。
それにこれが使えるのは今や俺とミク、金蘭だけ。教えれば姫さんや先代麒麟でもできるんだろうけど、二人とも必要としないだろう。だから泰山府君際はこのまま秘匿する。
「珠希ちゃんが玉藻の前ねえ。二人とも、それは公表しないの?」
「今のところは。珠希にはこのまま学校生活を続けてもらいますし」
「君と仲が良くて婚約者なんだから、バレるんじゃない?今月頭に晴明と玉藻の前が夫婦だったって日本中が知ってるんだし。そういう推測もネットに流れてるゼ?」
「それで珠希に実害が出るなら食い止めるために策を練りますけど。──珠希、この日本で一番強いですよ?」
大峰さんの質問に、だからどうしたと返す。実力で排除するなんてまず無理だし、何かしようとしても銀郎と瑠姫、ゴンが守る。それだけ護衛がいたらミクを害するなんて無理に等しい。
俺が吟と金蘭と式神契約をし直したことを契機に、銀郎を正式にミクに預けた。ゴンも元々ミクの眷属だったんだから押し付けようとしたらゴンに却下を喰らった。どっちが主でも変わらないだろうに。
「明。別に二人なら問題ないとは思ってるから心配もしてないんだけど。……俺たちはどっちで呼べばいい?俺としてはお前たちの正体と、吟様に金蘭様までいらっしゃるから胃が痛いんだが……」
「別に今まで通り明と珠希でいいよ。父さんたちに貰った名前なんだから、そっちで通せばいい。今までも次期当主として敬ってこなかったお前なんだから、今更遜られても気持ち悪い」
「そ、そうか。ならそうする」
星斗が凄い小心者的な発言をしているけど、そんな確認なんてしなくても。難波家が安倍晴明と玉藻の前、それにお狐様を信奉していて、極小数には吟と金蘭の存在を示唆していたとはいえ、そんな存在が目の前に現れてどうするかなんて今更だろう。
現に、ゴンっていう前例がいたんだから。
「なあ、明。何で俺も呼ばれたんだ?一人だけ場違い感が半端ないんだが」
「そんなことないですよ、センパイ!オブサーバーとしてセンパイは必須です!」
「そうだよ!今朱雀は空席だし、このメンバーに匹敵する陰陽師なんて星斗さんしかいないって!上層部も混乱したままで朱雀の選定が進んでいないっていうし!」
星斗の疑問を否定するマユさんと大峰さん。ケッ、両手に華で羨ましいこって。夢月さんが空から泣いてるぞ。……何でミクは俺の方を見て「似た者同士だなあ」みたいな目線向けてくるんだ。甚だ遺憾だ。
星斗を呼んだ理由は二人の言葉で強ち間違っていない。今や星斗を一陰陽師として手隙にしておくほど余裕がないわけで。
実力者や頼れる人たちが軒並み隠居、勇退してるんだよ。
「星斗は今、朱雀の近似点持ってて、実際に朱雀を詠べるだろ?なら五神ってことにしても問題ないし」
「誰も受け取ってくれないから仕方なくだぞ⁉︎先代麒麟が置いてくから、貴重な物だし保管はしておかなくちゃって!」
「そのまま朱雀やってくれ。人手不足」
「お前か珠希お嬢さんがやればいいだろ⁉︎」
「陰陽寮の建て直しを主にやって、なおかつ学校にも通わなきゃいけない俺たちに仕事増やすなよ!っていうか、俺にはこれ以上式神必要ないわけ!十二神将としての契約とは別で、京都守護のための要石が必要なんだよ!」
いくら霊気や神気が増えたとはいえ、式神とひたすら契約すればいいという話でもない。むしろガス欠になるからこれ以上式神は必要ない。
昔の陰陽寮が五神のシステムを弄ったから、俺以外の契約者が必須になってる。別に寿命を削るわけじゃないんだから何が不満なんだか。香炉家として地元に帰る理由はなくなってしまったんだし。
香炉家としても五神を輩出したことは名誉になるはず。それに新しい婚約者候補を探すように厳命されてるって知ってるんだぞ。京都に残るのは問題ないはず。
というか、その候補二人がそれこそ今隣にいるじゃないか。
「他の五神候補は?」
「八段として平凡。九段の実力があるのはお前しかいない」
「……お前がダメでも珠希お嬢さんなら余裕があるんじゃ?かなりの霊気だし」
「だからわたしには学校があるんですって。それに五神は日本国民からしたら頼れる陰陽師の顔なんです。プロの資格すら持ってないわたしより、八段っていう実績がある星斗さんがやるべきかと」
「星斗、諦めろ。我々は日本守護の大任を請け負うべきだ。まだ高校生の彼を支える必要があろう」
「……他に適任がいたら譲るからな」
「いたらな。はい決定」
奏流さんに促される形で星斗が承認。全く、駄々こねやがって。
それと、他に適任なんていないだろ。当分そんな逸材は現れない。星斗はもう少し自分の実力をちゃんと把握すべきだ。
この中でも埋もれることない実力者なんだから。確実に陰陽師トップ十指にはいるのに。
「……他にいる凄腕って、瑞穂さんか師匠の先代麒麟になるのかな?あの二人って戻ってくるの?」
「戻ってこないですね。先代麒麟は既に他の道を歩んでいますし、天海瑞穂さんはこれからが大変ですから」
「あー……。肉体年齢止める呪術を仕掛けられてたんだっけ?死んで式神にしたって偽装するために」
「はい。その影響を調べるためでもありますが、彼女は数年ほど忙しくてこっちになんて関われませんよ」
「ん?瑞穂さん、何かやることあったっけ?」
「え?だって妊婦さんですよ?働かせるわけにいかないじゃないですか」
身体に支障が出たら困るから、ひとまず色々な雑事から手を切らせたのに。あの歳で出産は何かしら危険があるかもしれないから万全な状態で出産を迎えて欲しいし。
大峰さんも何でそんな当たり前のこと聞いてくるんだか。
そう思ってたら、ミクを除く全員が目を丸くしていて、鳩が豆鉄砲を喰らったかのように口をすぼめていた。
え。何その反応。
次も三日後に投稿します。
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