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陰陽師の当主になってモフモフします(願望)  作者: 桜 寧音
9章 継承、遺されるもの
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エピローグ 継承

幕引きは謎とともに。

 金時が一条の光へと消えていき、一枚の呪符だけが残った後。

 法師がまだ首と胴が別れている酒呑と茨木に近寄る。


「約束は果たしたな?二匹とも」


『おれは元々ついでだったんだよ。酒呑が満足してりゃあそれでいい』


『金時には勝った。それだけだ。……唯一気になってた同族だからな。満足したぜ』


 二匹から了承を得て、法師は明がやったように彼らを呪符に戻す。とはいえあの世へ送ることはなく、ただ法師と二匹の間での式神契約を解除するだけだ。

 酒呑も茨木も、法師が最初の契約者だった。そのため綺麗に繋がっていた一本の霊線が傷物になる。霊線が切れた後、二匹を構成していた霊気と神気がそれぞれの呪符に封じ込められていく。

 酒呑は青い呪符へ。茨木は赤い呪符へ。


 この呪符はお互いの生前の髪の毛と血を練り込んだまさしく彼らのためだけに存在する呪符。これを媒介にして今まで二匹を現界させていた。

 もう法師が式神として詠び出さないと決めているかのように、二匹は呪符に封印されていく。

 それを回収して、軽く眺めた後に明に二枚とも引き渡す。


「明。お前が使ってもいいし、誰か(・・)に渡してもいい。ひとまずお前に預けるぞ」


「ん。わかった。好きにさせてもらう」


 明は受け取った呪符を、ひとまず懐に仕舞う。これをどうするかはすでに決めているようだが、今はそれを後回し。

 本題は明と法師が術比べをしたということなのだから。

 この二人が術比べをした理由は簡単。一千年前の禊ぎをするため。本来ここまで時間をかけるつもりもなかったのに、延々と伸ばされてしまったがために起きた悲劇。

 おそらく百年もすれば解放していただろうに、様々なことを押し付けてしまったことへの贖罪。

 それがさっきの術比べ。


「明。これを持っていけ。難波ではなく、これが必要だろう?」


 法師は着ていた晴明紋が刺繍されている羽織りを脱いで明に渡す。今着ている難波の羽織りは脱いで吟に持たせた。

 明が着ることに意味がある。法師から受け取ったことに意義がある。

 ここに安倍家の正式な継承が行われた。

 この羽織りを着ることが許されるのは、後先も含めて明のみとなった。


「蘆屋道満。この一千年、よく頑張ってくれた。()はお前を誇りに思うよ」


「気にするな。存外楽しめた。──サヨナラだ。晴明(・・)。誕生日おめでとう」


 式神契約解除と同じく。それは一つの約定の終わり。

 法師の身体が酒呑たちと同様霊気として剥離し始める。元々の構成が霊気であるように。生の肉体を持って産まれてこなかったことを示唆するように。

 身体が徐々に霊気による黄緑色の粒子として消える前に、法師の腰にフカフカの黄色い尻尾が。上頭部にはイヌ科の耳が。


 明かしたことは数少ない、法師の本当の姿。明のように髪や瞳の色は偽っていなかった。珠希のように平時は隠していただけのこと。三分の一の魔を明かした者はどれだけいることか。

 とはいえ、道満の在り方を知っていれば気付いて当たり前の要素なのだが。

 法師は身体の全てが消える前に、知人たち全員に目を向ける。最初は実体化していなかった五神たちを。一千年協力関係だった吟と金蘭を。恋い焦がれた珠希を。

 そして。紗姫の顔を見て微笑んだ後、人間としての身体を全て失い、粒子へ変化した。


 コン、と軽く音がする。それは法師の心臓部分にあった白い球体。

 方陣を作る際に用いる要石。それの原型である霊気の結晶「宝珠(ほうじゅ)」。それこそが法師を象っていた物。彼の心と呼べるもの。

 それを明が、丁寧に手に持つ。

 宝珠を除いて法師から乖離したもの。霊気たる黄緑色の粒子は明へ、白い神気たる粒子は珠希の身体の中へ還っていく。


 それで元通りとでも言うように。

 これで術比べは正式に終わりだ。どのような結果になろうと、法師に用いてた力を還元する。それこそが今回の騒動の目的。

 周りの観客は何が何だかわかっていないだろう。呪術省を襲った日本でも有名な呪術師、呪術犯罪者。一千年生きていたのだから何かしらタネがあるのだろうとは思っていたが、真実人間ではなかったとは気付かない。


 それだけ彼は人間だった。人間に失望していようと、容姿も仕草も表情も、何もかもが人間だったのだ。素顔を少しでも知っている喫茶店の人間からすれば余計に驚くだろう。紗姫と通っている時は本当にお似合いのカップルのようにただ食事を楽しんでいたのだから。

 更に混乱する理由は、法師を構成していたものが何故か高校生の身体の中に入り込んでいったから。

 明はまだいい。今術比べをしていた対象であり、この後の日本を託した人間なのだから。もう一人の少女はただの学生だ。霊気が尋常ではなくても、関係ない少女のはず。


 勘の良い人間なら気付き始める。最後の法師の言葉が聞き取れなくても明の正体を。それと連鎖するように珠希の正体にも行き着く。ただの子孫では説明のつかない、もっと特別な存在だということに。

 幾重もの視線を浴びながらも、明は歩き出す。足場を新たに形成し、向かった先は紗姫の前。彼女もどういう理由でいの一番に来たのかわかっているようだった。


「姫さん。これと呪符をあなたに託します。──必要でしょう?」


「……いいの?」


「もちろんです。鬼二匹はあなたぐらいじゃないと託せませんし、宝珠はあなたが持つべきものだ」


「──なら。ありがたく預からせていただきます。……このまま返さないかもしれないのよ?」


「構いません。あなたにも彼にも、この後やっていただくことはありませんから。ゆっくり休んでください」


「そう。じゃあ、お言葉に甘えて」


 紗姫は呪符をしまっても、宝珠だけは両手で大切そうに抱えたまま。

 明には今、法師の記憶と知識が全て入っていた。そして式神契約が一方的に解除された紗姫の全身を視て、彼女の今の状態を把握する。


「姫さん。すぐに病院に行くべきです。確か頼れる病院が近くにありましたよね?」


「え?うん。……そっか。肉体の時間経過を止めてたんだもんね。いくらあの人の術式でも、どんな不都合があるかわからないか」


「……あーっと。はい。ソウデス。もし何かあればすぐに連絡してください。できうることはしますので」


「そんなにあなたに頼らないわ。──これでもわたし、お姉さんだもの。こんな見た目だけどね?」


「……俺のことよく知ってるあなたが見た目のことを言いますか」


 明は嘆息一つ。可愛らしく舌を出しながらウィンクした彼女は、確かに可愛かった。法師が側に置いた理由も納得できる。

 紗姫は見た目十二歳の小柄な少女だが、実年齢は三十にもなる。肉体年齢は十二で止まっているだろうが、精神年齢はまた別だと言いたいのだろう。本当は精神にも作用する術を法師は仕掛けていたために、精神年齢もあまり見た目と変わらないことは、明は知っていても話さなかった。 

 明も実年齢は十六になったが、精神年齢という意味ではとても少年とは言えなくなってしまった。

 ちぐはぐ同士なのだ。


「……これから頑張ってね、明くん。あの人の分も」


「はい。桑名先輩、彼女を病院へ連れていってもらえますか?」


「式神を使えない僕に言うのかい?車を出してもらうよ」


 紗姫の近くに座っていた桑名に任せて、桑名一族総出で紗姫を病院へ連れていった。彼女も法師一派ということで法で照らし合わせれば呪術犯罪者だ。大っぴらに移動するのは控えた方がいい。

 彼女を乗せた車が見えなくなったところで、珠希と合流する。珠希は差し出された手を躊躇なく掴み、また川の上へやってくる。金蘭と瑠姫、ゴンと銀郎もついてくる。

 そして人間の五神たちを見ると、その場にいた四神たちは実体化して明の元へ来た。マユ以外詠び出してもいなかったのに、何も言わずに出て来たのだ。

 麒麟も上空から現れる。紗姫の側からやって来たのだろう。


「──うん。机上の空論だった十二神将が揃った。早速一席、永久欠番だが」


「ハルくん。『婆や』を含めてもいいのでは?」


「そこは確認してみてだろう。五神は別段何か変わるわけじゃないけど、文句はないな?」


『いいん、じゃない?ぼくは、マユの側にいるだけ、だし』


『全くコヤツは……。我々は異論ない。お前の好きなようにしろ、晴明』


 玄武のいつも通りと、朱雀の力強い返事を聞いて。

 明はここにいる十二の存在を全て繋げる。そして全国にある龍脈とも繋げて、神の御座や中つ国にも繋がりを作り出す。

 正確には、名乗りだ。全てを引き継いだと言う、準備が整ったという宣誓。

 明の足元に霊線でできた五芒星が浮かぶ。それが天と地、そして日本全国に広がる巨大な五芒星となった。

 夜に輝く五芒星。人工でありながら神の輝きを持つそれは、一千年の祈りを叶えた希望の欠片。


「泰山府君祭。……ああ。これで外敵は気にしなくていい。日本の外側に方陣が張れたことを確認した。あとはゆっくりと神々を説得しようか」


 明が再起動した方陣は生物の害意にのみ反応するもの。これは人間用というよりは、海外の異能者やクリーチャー、そして神に対する結界だ。

 その結界こそが、明の調停者としての本質を示している。


「ハルくん。まずは日本国民と政府に対する説明だと思いますよ?」


「それは人間の五神を説得して、陰陽寮の基盤を整えてからでいい。閉幕のブザーは無しだ。天海だけ回収して帰ろう」


 明は指パッチンを一つ。

 すると、式神の五神を残して川の上には誰も残っていなかった。川辺に座っていた天海も一緒に転移済み。

 残されたのは観客たちの疑問とざわめきだけ。

 先ほどの術比べ。五神を従えたこと。五芒星を用いた何かの術式。

 晴明紋を引き継いだ少年。蘆屋道満に託されたもの。

 そして、晴明という言葉と、それに寄り添う少女。


 説明もなしに突然の幕引きだったために、誰もが今の状況を考えるしかなかった。

 突拍子も無い推測や導き出された真実。それらを確かめるために走り出す者、映像を確認する者。ただただ唖然としている者、笑う者。

 間違いない事実は。

 日本最強の陰陽師が、難波明だということ。それを知らしめる一件となった。


────


「もう転移で驚いたりいないけどさ……。これから二人はどうするの?その、名前とか」


「今まで通り難波と珠希でいいぞ?俺も安倍や晴明で名乗るつもりはないし」


「わたしも那須珠希のままですし。その辺りはどうとでも」


「そっか。これから難波君の誕生日会やるんだって?その時にプレゼント渡すね。……難波君の部屋に来てるけど、バレない?」


「防音と人避けの結界使ってる。絶対バレないよ」


「さすが……。誕生日おめでとう、難波君」


「あー、フライングですよ!ハルくん、誕生日おめでとうございます!」


「二人とも、ありがとう。……さすがに疲れた!法師この一千年でどれだけ術開発してるんだよ!霊気すっからかんだ!」


「そんな状態で転移なんてするものじゃないと思うんだけど……?」


「霊脈を繋げてるだけだから転移にあまり霊気は関係ないんですよ。むしろハルくんはその前の泰山府君祭で疲れてるだけで」


「うーん。規格外だね」


 明の部屋で行われた、ささやかな誕生会。

 そこは、日本の喧騒とは異なり、静かに執り行われた。

これで九章は終わりです。

次は最終章「楽園の鍵と陰陽師」になります。


三日後に投稿開始予定です。


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― 新着の感想 ―
[一言] 最終章なのか……… もっと続いて欲しいけどどんな結末になるのか楽しみでもある
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