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陰陽師の当主になってモフモフします(願望)  作者: 桜 寧音
9章 継承、遺されるもの
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4ー3ー2 望まれた器に注がれる全て

決着。

 思考はもう吹き飛んでいた。理性的にこの身体中に迸るパトスを抑えることなどできなかったし、する必要もなかった。

 フェイントを入れるだの、陰陽術の援護が来るだの、相方がどうするだの。

 そんなことに頭の一部を委ねることすら無駄だと吐き捨てていた。

 ただ視界に入るものだけで判断し、その動きに対して考えるよりも反射的に身体が動くままに任せていた。これまでの経験を、戦いの記憶を、全ての衝動を。ただ発露するだけ。


 式神は仮初めの肉体だ。それでも痛みはある。神経が通っている。それがなければ身体を十全に動かせないために。生前と同じパフォーマンスを発揮するには、変化を与えないことが一番重要だった。

 だから、彼らの身体は特別性だ。霊気や神気で構成されている身体なのに、生前と同じものが全て揃っている。皮膚を斬られれば血が出るのも、彼らがそれを望んだから。式神であって式神ではないことを願ったから。

 お互いの拳がクロスカウンターとして頬を打つ。歯が砕けようと、頬が腫れようと、彼らは止まらない。たかがそんな傷、そんな痛みで止められる闘争ではないために。


 一千年ぶりの、持ち越した決闘だ。

 このためだけに式神となって待ち続けた。

 式神になろうと決めた。

 一千年もの間のバカより何より、この決闘こそが楽しくて仕方がない。

 これこそ求めた、結末の果て。


 神の酒と、一時の恐悦のために失った身体が求めてやまない血潮。お互いしか見ていないような鋭い眼光。

 殴れば殴るだけ応えてくれる、夢見たその首。

 それを得るために、手を伸ばす。爪で引き裂く。太刀を振るう。

 足で払う。鎧で受け止める。確かな技術で打ち払う。

 止めようとする腕も、刀も、斧も。何もかも邪魔だ。

 頑強な太刀が、日本刀より鋭い爪が、何もかもを喰らう牙が、邪魔だ。

 その首を。寄越せ。


『『ラアアアアア!』』


 そうやって吼える口を寄越せ。忌々しい仮初めの雷で邪魔をするな。人間として生きたくせに、鬼としての怪力を発揮するな。

 まさしく龍との混血児たる咆哮。鬼としては別格の風格。体系化された技術ではなく、我流で頂へと至った彼だけの絶技。

 お互い片手で振るった斧と太刀が轟音を奏でてぶつかり合う。それが相手に届かなくても、空いたもう片手で全てを決めることもある。


 まだお互いの手は届かない。

 片方は日本刀を。片方は空のまま。

 二つの手が交差する前に、鮮血が飛び散った。

 人間のような真っ赤な血ではない。鬼特有の緑色の血だ。

 それが足場に溢れるが、それは鎬を削っていた酒呑と金時のものではなかった。

 二匹の間に割って入った、茨木のもの。


 金時も全力の一撃だったのか、左腕で放った一閃は茨木の右腕を斬り飛ばしていた。その右腕も宙を舞った後に、足場に無残にも転がっていった。

 右腕が転がるよりも前に、酒呑は動き出していた。目の前で庇った茨木を足蹴にして二匹を飛び越える。二匹の背には事前に茨木が空へ投げていた茨木の大太刀が回転しながら飛んでいた。

 それを空中で掴む。金時もそれを邪魔しようと動こうとするが、茨木が残った左手でしっかりと金時の身体を掴んでいたこと。そして茨木から出る真っ黒な鬼火──人間から鬼に変性した者のみが使える人間への憎悪の発露──が金時の身体を焼く。


『は、なせええええええ!』


『やれええええええ!酒呑ッ‼︎』


 酒呑は掴んだ大太刀を両手で持ち、空で半回転して頭と地面が逆方向になったまま目にも留まらぬ速さで一閃。

 金時の首が飛んだのと、もう半回転して酒呑が地面に着いたのは同時だった。


『クソ、が……』


 そう呟いたのは、首を飛ばされた金時ではない。金時は負けたというのに清々しい顔で二匹を見ていた。

 呟いたのは勝ったはずの酒呑。

 地面に着地したのと同時に、茨木と共に首を飛ばされていた。

 鬼三匹の身体が崩れ落ちる。

 周りの者にも、金時が首を落とされた瞬間は見えていた。だが、他の二匹が飛ばされた瞬間を見ることはできなかった。

 やった者が、唯一立っている吟だとわかっても、二匹の首を同時に斬り飛ばした瞬間は見えなかった。


『あーあー!クソが!決着よりも術比べを優先しやがって!ホンっトお前って式神だよなー!』


『お褒めに預かり恐悦至極。ですが、勝ったのはアンタだろう?』


『勝負に勝って試合に負けてんじゃねえか!お前の首も落とすつもりだったのによぉ!』


 首だけになった酒呑がそのまま叫ぶ。生首の段階でああも元気に叫ぶとは、鬼の神秘を垣間見た気分だ。

 鬼は三匹とも、終わった証拠か笑っていた。先ほどまでの殺気をすっかりとなくして、明の勝利を優先させた吟へ文句を言っていた。


『ま、いっか。金時、オレの勝ちだぜ』


『ああ。負けた負けた!雷の力も借りてたんだ。オレの完敗だ!大江山でも同じ結果になってたかもな。でもお前が最後に笑ってた訳もわかった。こうして遥か先のこの時を知っていて、色んなこと体験してたんだろ。それにお前らからしたら命なんて捨ててなんぼだろうからな』


『それ以外もあるけどよ。いや気分良いな!スッキリしたぜ!』


 大江山での決戦は状況が違うためにどうなったかはわからない。酒に酔わせて騙し討ち。武士の被害は少なく、鬼はほぼ壊滅した。

 その結果が全てだ。金時の言うもしもはもうあり得ない。

 そもそも、一千年前では茨木がさっきのように酒呑を庇ったかどうかもわからない。ああいう馴れ合いの集団ではなかったし、勝つために人間のような自己犠牲の精神などなかっただろう。

 茨木は酒呑のように生前の心残りのようなものはなかった。だから考えていたことは酒呑が勝つためならなんだってやってやろうという程度。庇って金時を驚かせ、少しでも足止めする。それがさっきの一番の手だと考えただけ。


『……酒呑、茨木。お前らは最後まで鬼だったな』


『あたぼうよ。それ以外のなんだってんだ』


『そういうお前は、最後まで人間を全うしたな。そんだけ強靭な身体してんのにポックリ死んでんじゃねえよ。お前の枕元に立てなかったじゃねえか』


『それ文句言われてもなあ。子どもも立派に育ったし、妻にも先立たれたし。いつまでも人間もどきが居座っても邪魔なだけだろ?だから法師に自決用の呪符もらってたんだよ』


 酒呑は鬼のくせに五十ちょっとで死んだ金時に疑問を持っていたが、その回答を聞いて目線だけを自分の主である法師に向ける。


『おい、法師。んなことやってたのかよ?』


「金時の願いだったからな。晴明には金時も頼みにくかったんだろう。そういう汚れた役目は私のものだ」


『おう。悪いな、法師殿。もうちょっと晴明殿の本心を知ってたらちゃんと晴明殿に頼んでたよ』


 金時は妖だった。いくら人間社会に馴染み、誰からも人間と認められようと。都に住む無辜の民に源氏郎等として慕われても。肉体だけはどうしても妖だった。

 知人がみんな、先んじて死んでいく。だというのに金時は死ぬ機会がなかった。鳥羽洛陽以降妖たちの行動も下火になり、怪異との戦いは少なくなっていった。そうすると、鬼として弱体化した金時とはいえ倒せる者がいなかった。


 大江山での決戦以降、そういう日が来るだろうと直感していた。武士としての自分が必要となくなる日を。息子が立派になったらお山に帰って人の世から隠れて暮らそうとも思った。

 だが、お山に一度顔を出したら満足してしまった。皆の墓参りをして、父の祠へ参拝して。昔馴染みに再会して。

 自分はもう、坂田金時という人間になっていることを悟った。


 だから妖として惰性のまま生きることを捨てて、法師に頼んで人間のまま死ねるように訣別の呪符を貰った。誰かに介錯してもらうなど武士としてできなかったし、そんなことを頼みたくなかった。できるのは吟だろうが、友だからこそ、させたくなかった。

 そういうわけで、心の痛まない法師に頼んだ次第だ。都で二番手の陰陽師。呪術に関しては右に出る者がいない術者。黒い噂も聞こえてくる、裏側の人間。

 実のところ晴明もそんな潔癖な人間ではないと今頃知ったが。


『それで?明。このお祭りは終わりかい?』


「ああ、終わりだ。満足いただけたかな?金時殿」


『満足だ。だから、契約を解除してくれ。オレはやっと、前に進める』


「では、あなたのこれからの旅路に祝福を。──またいつか。金時」


『その時は金時って名前じゃないんだろうなー。アンタの眼なら見付けられんのかもしれないけど、サヨナラだ』


 明と金時の霊線が切断する。金時の身体を構成していた霊気と神気が空に解けるように、小さな粒子になって分解していく。

 それ以上の別れの言葉はなかった。坂田金時はあの世へ戻っていく。

 もう、彼が降霊で詠び出されることはないだろう。

 生前の憂いを、解消したのだから。


次も三日後に投稿します。

次回で九章終わりの予定です。


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