4ー2ー2 望まれた器に注がれる全て
金時とは。
何も酒呑と金時は都で再会した後、全て敵対していたわけではない。最初の内は本当に殺し合いをしていた。むざむざ一匹で都にやってきた酒呑に本気で斬りかかることもあった。むしろ酒呑がわざわざ金時の巡回場所に合わせてやって来たのが原因とも言える。
金時は自分の職務以外にも夜の都の警備を行っていた。夜こそ妖が忍び込むのに最適な時間であるからだ。その異形の姿では、真昼間から都に出入りすれば目立つ。源氏郎等や陰陽師を呼ばれて大混乱の最中目的を達しないといけなくなる。
そんな苦労をするくらいなら最初から姿の見えづらい夜に来るのは当然の帰結だろう。
金時も最初は数人で巡回をしていた。だが酒呑に敵う武士は少なく、大抵の場合酒呑に巻き込まれて負傷させてしまうため、後の頼光四天王や頼光本人が空いている時のみ複数人で巡回をして、それ以外は一匹で巡回するようになる。
酒呑は面倒になったのか、複数人で巡回している時は金時に接触しなくなった。金時も弱体化していたとはいえ強いことに変わりなかった。それに戦うつもりもないのに戦うのは疲れる。
そういう考えもあって、酒呑はようやく一匹で巡回するようになった金時に接触する。それでも見付かれば言の葉を交わすまでもなく戦いになったが。
一対一を数度繰り返してお互い地面に尻を据えていた時。酒呑は切り出す。
『おい、金時。酒飲もうぜ』
『酒?……毒じゃねえだろうな?』
『人間には毒かもな。オレたちにはただの酒だよ』
酒呑が腰に忍ばせておいた徳利から一口飲んで、金時に投げ渡す。金時は受け取りながらも怪訝な顔をしていたが、確かに良い匂いの酒だったために飲んでみた。
金時は都に来てから何度か酒を口にしていたが、今飲んだ物ほど上質な香りと匂いがする、舌触りの良い酒は飲んだことがなかった。
『……うめえな』
『だろ?じゃあこっちは?』
もう一つあったのか、今度は茶色い徳利も投げ渡す。栓を抜いて飲もうとしたが、開けた瞬間に漂った匂いを嗅いだ瞬間栓を戻して酒呑へ投げ返していた。
鼻も摘んで眉間に皺を寄せるレベルで、金時は酷い顔をしていた。
『それこそ毒じゃねえだろうな⁉︎とても飲み物の匂いじゃねえぞ!』
『ふうん?お前、本当に舌と鼻は悪くねえんだな。源氏とやらはそんだけ良いもん食わせてくれるのか』
そう感心しながらも、酒呑は返された茶色い徳利の方で喉を潤す。それをあり得ないものを見たかのような目線で金時は見つめる。この世のものとは思えないほど臭いものを平然と飲んでいる酒呑とは生物として違うのだと感じていた。
その思考は正しい。
酒呑が渡した茶色い徳利の中身は人間の血を混ぜた酒。それも結構な量を混ぜたために血に慣れていなければ嫌悪感が出るのも当然。
これを飲んだら言い逃れができないほどの鬼として迎え入れようと思ったが、その策謀は失敗に終わる。これから先も何度か試したが、金時は一度たりとも人間の血が混じった酒を口にしなかった。
『お前の母親が山姥って名乗る理由がわかったよ。鬼としても別格なんだ。橋姫のように。山姥っていう生態なんだな』
『何の話だよ?』
『ただ山に住むオレたちと、山と共生する鬼との差について考察してただけだ』
金時はわからないようだったが、様々な鬼と会っている酒呑だからこそ普通の鬼と山姥は別物だと理解できていた。人を喰わない、血ですら嫌悪する鬼など在り方からして根本的に相容れない。
二匹の決定的な決別は、この事実だった。
それからも二匹は暇を見てこっそり逢瀬を繰り返す。大抵は殺し合いで、時たまこうして酒を飲むだけの時もあり。
最期は、これ以上人間の悪意を増やさないために晴明が鬼たちを表舞台から去らせることを決定したことだった。
大江山は鬼の一大勢力となった。そして人間たちに恐怖を与えすぎた。魑魅魍魎の糧になりすぎた。まだ破滅の未来は視ていなかったが、これ以上増えるのも困る。そういう瀬戸際に立ち、晴明は大江山の解体を決意。
簡単に言えば酒呑と茨木に死ねと言ったようなものだが、意外にも二匹が快諾。鬼たちもぬるま湯に浸かりすぎたと言って散り散りになることを良しとした。日ノ本のために、人間への美談を産み出すための犠牲になることを容認した。
鬼たちは享楽的だ。最期に美味い酒と頼光一行の唖然とした顔が見たいがために一大決戦は起こる。
酒呑も茨木も納得していたために、首を落とされようが、宿敵に胴を両断されようがそれを愉しんだ。目的のものは全て得たのだから、あの決戦は鬼の勝ちだ。
命を捨ててまで得たもの、その時はそれで良いと思った。なあなあの関係に飽きてもいた頃だ。だから晴明の案に乗ったわけだが、法師の式神になってから後悔し始めた。
本気の決着を、つけていないことに。
茨木は綱から腕を取り返し、山での最終決戦でもそれなりにやり合えたようで満足していたが、酒呑は金時と本気の殺し合いをしていない。
大江山での一件は鬼の最大戦力である酒呑が死ぬことで一気に動揺させるというものだったために、神が用意した最高に美味く最悪の劇物である酒を飲み、それで前後不覚になっているところを頼光に斬られて首と胴体が別れていた。
その時の金時の表情を、酒呑は一生忘れない。命を捨ててまで見たもの。呆気なさすぎる最期に動転し、生物として確定した死を晒しながらも笑っている自分の顔を見て下唇を噛んでいる、童のような顔は前世の中でも最高だった。
もし同じような状況になれば、確実に同じ選択をしただろう。痛みやら心やら全てを鑑みてもまた殺される道を選ぶ。それほどまでに得難い光景だったために。
そして、全力での決着は式神になってからでもする機会はあった。
それこそが今回の術比べ。わざわざ明が詠び出す存在を指定してまで求めたもの。
二対二どころか三対三になったことはどうでもいい。式神であるという条件を呑んでこの決闘に臨んでいるのだから、陰陽師による妨害も、吟の割り込みも良しとする。
というより。その程度の妨害で気が削がれるほどのものではなかった。それこそ一千年振りに叶う渇望だったために、早々モチベーションは変わらない。
今酒呑は、金時を殺したくて仕方がないのだ。
そして相対する金時の瞳にも殺意が宿っている。お互いがお互いを殺すことしか考えていない。
理想的な決闘の舞台だった。
『二刀流の真似事なんざやめやがれ!お前の怪力に日本刀如きじゃ耐えられねえ!』
『これは相当の業物だぞ!そう簡単に折れるものか!』
金時が鬼から離反してから手にしたのは人間の技術。それこそ膂力や筋力では、人間は鬼に勝てない。陰陽師に手厚い支援をしてもらってようやくだ。一部頭のおかしい頼光四天王など居たが、基本は小手先のもの。
力で勝てないのであれば、技術で勝てばいい。そういう思想の元磨かれていった弩級の原石たち。
鬼として生きなかった金時が磨いていったのはそういう力に頼らない人間の技だ。幸いにも手本はいくらでもいた。魑魅魍魎や妖、そして神にも困らせられた平安の人間たちはとても強く、誉ある人々だった。
金時が本来力押しのスタイルだとしても。教える者も多く実践の場もいくらでもあり。金時はその技術を遺憾無く吸い上げていった。
それが刀の扱い方と、マサカリも用いた二刀流。鬼としての力と、人間の技術。どちらも混ぜ合わせたハイブリッドかつ唯一無二のスタイルだった。
これを両立させるには鎧の隙間に刀を入り込ませて、そこから内部破壊を目指す腕もそうだが、そのような使い方をしても刃毀れ一切しないような逸品を作り上げる刀鍛冶の職人芸も必要不可欠。源氏お抱えの職人がいてこそだった。
その技術力はご覧の通り。当時の日本刀の技術は今でも解析できていないことが多いが、この結果をご覧じろ。金時の刀は酒呑の大太刀とぶつかっても、歪みも欠けもしなかった。
金時がもう片手に持つ斧は父である赤龍の爪で刃の部分ができている。それを母の山姥が丁寧に加工・錬磨したことで作り出した金時のためだけにある彼の象徴。絵本でも語り継がれるマサカリの原型だ。
酒呑の大太刀も大陸のとある異形の骨を父である伊吹の龍が炎で熱しながら槌で鍛えたこちらもこの世に二つと無い業物。
もしこの場に武器マニアがいれば、全員が持つ武器を見て興奮しっぱなしだっただろう。五月の天狗たちが持っていた物と匹敵するほど完成度が三つほど段飛ばししているほど、今の技術では再現も模倣もできないあり得ざる物。
それらがこうも全力でぶつかり合い、炉から取り出した金属を槌で打つ時のような綺麗な音色を響かせる。
それも武器の本懐、殺し合いの最中で奏でられているのだ。
マニアも使っている者も、何も知らない観客たちも。
この掛け値無しの全てに、魅了されていた。
次も三日後に投稿します。
明日は野球ものを更新します。
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