4ー2ー1 望まれた器に注がれる全て
金時の心。
酒呑も茨木も金時も、誰もがこの闘争を楽しんでいた。吟だけは戦いを楽しむような戦闘狂ではなかったので使命感で戦っている節があるが、対等な戦いは久しぶりだっただろう。吟は酒呑たちのようにこの一千年戦い続けたわけではない。守護者としての行動が多かった。
これはいわば、吟のリハビリも兼ねた術比べだ。式神契約をするのも、誰かと一緒に戦うのも久方ぶりだ。今後困らないように、近接戦最強格の二匹で試しておけという意味合いもある。
そんなこと関係なしに、鬼たちはこの刹那を骨の髄まで味わおうとしていた。全力を出すことで主である陰陽師の霊気を吸い上げていたが、問題ない。
彼らはこの程度で霊気が空になったりしない。霊気の量が多いこともそうだが、神気も持っている。今も陰陽術でぶつかっているのだから、鬼たちが自分の身体を活性化させるために霊気を持ち出しても文句はないだろう。
酒呑と茨木は今回、好きなだけ霊気を持っていっていいと言われている。以前京都校を襲った時のように霊気に制限をかけられていない。だから一撃一撃が全力だ。
まともに喰らえば腕が捻じ曲がり、腹に受ければ中の臓器を簡単に破壊されるほどの威力の攻撃が繰り返される。吟と金時もそれがわかっているために全力の攻撃をぶつけて相殺するか、避けるしかなかった。
式神になってしまえば身体の成長や技術の取得は無理だ。なにせ死んでいるのだから。酒呑と茨木がこの一千年で会得したのは戦闘による勘と知識のみ。吟も寿命を伸ばすためにほぼ同様の成長しかできていない。
そして金時も今式神になったばかりだ。ほぼ全員同条件で戦えるなんて初めてのことだった。
『いいぜェ!楽しいじゃねえか!茨木、もっと吟を止めやがれ!』
『やってるよ!あいつら伊達に源氏郎等で組んでたわけじゃねえ!』
『オレとお前の仲に比べてブランクあんだろうが!それともそれがテメエの限界か⁉︎』
『綱に負けても、吟には負けねえよ!銀郎で予習もできてっからなあ!』
二匹は罵倒し合いながらも息の合った連携で二人に果敢に攻め込む。生前から鬼の集団を率いており、今までも法師の式神として一緒に暮らしてきた仲だ。
吟と金蘭のコンビではなく、吟と金時のコンビだからこそ生じるズレがある。吟が一番組んでいた相手は間違いなく金蘭であり、金時も頼光四天王や源氏郎等と組んでいた時間の方が長い。それに金時の場合はたった二人で組むという経験も少なかった。周りにもっと人がいた場合が多かった。
それに金時は酒呑ばかり気にかけていたために茨木の癖を知らない。茨木の担当はもっぱら綱であり、そこまで会ったことがなかった。酒呑ならばいくらでもわかるが、茨木の行動は読めなかった。
茨木もそれは同じ。全員等しくわかるのが酒呑と吟だ。全員と同じくらい接しており、特に吟は模擬戦ということで全員と刀を交えているし、よく食事も共にしていた。酒は交わしていなかったが、それでも戦闘の癖や性格を一番把握しているだろう。
茨木の利点としては本人も言っていた通り、銀郎と戦っていること。銀郎は吟をベースに産み出されたので使う剣技は同じもの。熟練度の差はあっても、指標としては十分役に立つ情報だ。
それらの差を埋めるのもまた、陰陽師。明と法師が全員の動きに合わせて障害となる障壁を設置したり、それを互いに消したり。一人だけ霊気を多めに渡して一気に突破させようとしたり、誰か一人を封じ込める方陣や術式を用いたり。
用意される術式はどれも一級品。そのため邪魔されることも多数。全員陰陽術を突破する方法は脳筋戦法しかないため、自分の主に解除してもらうか力づくで破壊するしかない。
『おれが綱に負けるってか!戦績はそうも変わらないぞ!』
『チィッ!陰陽術を併せた戦闘はお前の方が上手か!』
茨木が吟の横を抜けようとしたが、明に足元へ障壁を置かれてそれを踏み潰したのと同時に吟の刀による横払いが来たので紙一重で避けて距離を取った。
今のは明の戦略勝ちでもある。以前のように明の妨害は破壊できると思わせておいてその通り、突破させた。その程度の強度の術式を使って無理に進ませるように仕向けた。そうして突っ込んできた茨木に吟が攻撃を仕掛けたが、間一髪で避けられてしまった。
酒呑と茨木は法師の式神として戦ってきたが、基本法師は戦闘に関しては放任主義。というか、鬼たちが細かい指示を聞くことがないので好き勝手させていたというのが正しい。それでどうにかなる相手ばかりだったこと、強敵に負けたとしてもまた復活させて突撃するということを繰り返して勝っていた。
陰陽師と戦った経験はそれなりにあっても、支援を受けるような戦いはほぼ初めてだった。その差が如実に現れている。
吟は晴明・金蘭・法師、時には玉藻の前からも支援を受けて戦ったことがある。誰かの支援を受けての戦闘は得意だった。そのアドヴァンテージが金時を支援できている結果だろう。
金時も久々に使える雷の力を振り回して、酒呑を迎撃する。これで金時としても龍と鬼の子として酒呑と並べたのだ。生前は叶わなかった対等の殺し合いを、今まさにしていた。
『ああ、イイぜ!最高だ!あの頃はテメエ、その雷の力を使えなくなってやがった!それでこそ、殺し甲斐がある‼︎』
『たかが親父の力使えねーくらいで落胆してたのか?こっちも、今度こそ奇策なしで正面から殺してやる!』
酒呑の大太刀に金時の斧がぶつかり、更に金時は左手に持っていた日本刀まで食い込ませた。酒呑は伊吹の龍の力である水の力で、金時は雷の力で更に肉体強化をかけてぶつかり合い、水と雷が可視化できるほどの暴威として二匹の周りに顕現していた。
『ここに頼光はいねえ!テメエはただの金太郎だ!オレらと何も変わらねえ、鬼だ!その力を見せやがれ!』
『違え!オレは金時だ!力がどうじゃねえ。オレは人も仲間も守る、頼光四天王の坂田金時だぁ!テメエら鬼と一緒にするな‼︎』
『母親を否定すんのかよ!』
『母上は母上だ。だが、親も産まれも関係ねえ!オレは一人の人間として、お前を殺す!』
その覚悟が、意志がそうさせたのか。
徐々に酒呑が押され始める。力の差が、現れはじめていた。
酒呑とて、金時がお山にいた時より生前弱くなったとは思っていなかった。雷の力の有無は大きかっただろうが、その喪失した力以上に実力をつけた金時は一時相手をしたくないと思っていたほどだった。
鬼が人の世俗に混ざれば、弱体化すると思っていた。そういう種族なのだ、鬼とは。
鬼なんてその家族から迫害されて鬼に成った奴もいる。人間らしいことなんて理解したくないと拒絶する。だから人間じゃなく、鬼に成る。自然発生した鬼や、鬼の子どももいるが、本来的な意味の鬼は元々人間だ。人間に様々な要素が交じり合って変質した存在である。
人間と鬼は本質が同じでも決定的に違う生き物だ。人間は鬼を拒絶し、鬼はそんな人間を喰らう。そういう関係が出来上がってる。人間を忌み嫌って産まれた種族である。
だから見た目は人間に似ているが、人間とは相塗れない関係性だ。そして人間を喰うことで鬼は存在を確立させ、自我を得て自らの血肉にする。それが存在意義であり、強くなる手段だ。
一人も食べたことのない、血すら飲まない鬼など自己破産を起こして弱くなるだけ。
だというのに金時は。結局一人も人間を喰わず。あまつさえ人間と子を成し、人間のまま高い生命力を無に帰して死んでいった。それまでの間、鬼として弱体化することなく最前線で戦い続け、人間を喰らっていた酒呑たちと遜色ない実力を維持し続けた。
それだけ、金時は人間でいたかったのだろう。鬼としての酒呑を許せなかったのだろう。
想像を絶する努力を必要としただろう。それこそ凡人が達人に至るまで寝る間も惜しんで一つのことに熱中するように。金時は鍛錬を続けただろう。
金時は最期まで人間だった。誰もが羨む高潔な武士だった。妖に分類される器を持った、人間の心を持つ変革者だった。
だからこそ、明が詠び出せたという側面がある。この二人には共通点があったから。降霊にも能力以外の要素が必要だ。この二人の在り方も降霊を成功させた一助になっただろう。
金時と酒呑のぶつかり合いに吟たちの横槍が入る。明と法師も補助をしようとしたが、お互いがお互いしか見ていなかった。吟と茨木の姿すら二匹の瞳には映っていないだろう。
どちらからともなく、戦える喜びを示すような咆哮を挙げる。
そう、金時も人間の心を得たとしても。
本能の部分では、鬼なのだ。
酒呑を殺したい、喰いたい。それだけは死後になっても崩れることのない彼の紛れもない欲求だった。
次も三日後に投稿します。
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