4ー0 望まれた器に注がれる全て
道満とは。
最初は、なんでもない思いからだった。
純粋に、人手が欲しかったのだ。
母と玉藻と一緒に日の本を巡って、今の状況を把握して。やることが明確になってきて。
時間はともかく、手が足りないと悟った。
時間はいくらでもある。むしろどれだけ時間をかけても良い。悠久の時を生きられるのだから、百年かけて体制を築くのもわけはない。むしろ、たった百年ぽっちは誤差とも言える。
それでも、土台を作るには早いに越したことはない。
だから、試してみたかったのだ。
それがどんなに人道に背いていようと。神の領域を犯すことになろうと。
人を、創ってみようと。
俺とは別人に思える方が良いと考え。だが、関わりはあるように仕向けるために顔は似せて。
俺よりも十歳ほど歳上に見えるように創造した。
俺が人間界に忍び込むために変えた藍色の瞳を持ち、髪色だけは濡羽色ではなく白髪になるよう調整し。
玉藻の力も借りて産み出した、唯一の生命体。
生命を産み出す特権は神にある。自然に任せた産み方ではなく、力を用いた生命体を産み出す行為は人間にも妖にも許されていない。いくら玉藻が手伝ったとはいえ、神々からすれば許されざる禁忌だ。
海も大地も空も作ったのが神々なれば。生き物も人間も産み出したのは神である。
星に産まれ落ちた神が持つ特権を、自分たちよりも下等な生き物が勝手にすることは許されないのだ。
海向こうで有名な妖怪、怪異の多くは人間や神が変性したもの。それらが自然の摂理の中で数を増やす以外は全て、神が創り出した存在なのだから。
神にのみ許されたその事象を、星の意志以外で行えば目もつけられる。それでも俺は見た目人間のこの存在を産み出した。
人間の世の移ろいは早い。すぐに都を変遷させ、時の指導者は変わり、人間同士で争い、神々の遺物を失う。そうしてまた自分たちを律する物を失い、制御を外れ、同じことを繰り返す。
取り返しがつかなくなる前に、手を入れなければ火種が大きくなってしまうから。
禁忌だとわかっていても、やらざるをえなかった。
「お前の名前は、蘆屋道満だ。名前はこう書く」
「ああ。それでまずは何をすれば良い?お前が都に入るのは後二年ほど先を想定しているだろう?」
「都に行き、利用できそうな陰陽師とやらに入り込め。間違った理論だが、正せば利用できる。貴族である必要があるから播磨で身分を作り、俺が入り込む隙間を空けておけ。後々お前は俺の名付け親とでもして都ですぐにでものし上がる」
それが最初の命令。
道満はいとも簡単に播磨で身分をでっち上げ、お寺の権力者になっていた。そのまま宮仕えを始めるのと同時に陰陽術を学び始める。
その際、かなり愚痴られた。星を知らない者の星見が雑すぎると。昔からある占卜を悪い風に改変したために、なぜ星が詠めるのかわからないほどの汚物となっており、とても体系化には向かない代物だということ。
道満には呪術を担当してもらうので、賀茂の歪さには触れさせなかった。むしろ俺が正してさっさと宮仕えするために放置させていた。
俺は主に、人間と妖たちの管理が仕事だ。そのために理を敷かなければならないが、政治に関わっていたら術の開発など滞る。そのため、同じ頭脳と発想力、才能を持った道満に影の役割を任せたのだ。
予想以上に都と人間の状況が悪くて、この状況を立て直すには足りないものが多すぎた。そういう意味では道満を産み出した意味は大きかっただろう。
道満の準備も相まって、都ではすぐに行動に移せた。天皇という日の本の統治者とされている存在に近寄れたのは僥倖。新参者としてはそこに辿り着くまで時間がかかっただろうが、賀茂という下地と実際に見せた星見としての実力からすぐに成り上がれた。
神とも連携が取れ始めたのはこの辺りからだ。都を足場とする神も多く、そもそも俺を望んだのは神々なのだ。こちらに協力してくれるのが道理だろう。
未来がわかるということは宮中で優位にことが進み、権力者たちは俺や道満を求めてきた。不都合が出ない程度にそれに応えれば、信頼も得られる。
諸々が順調に進んでいった頃、道満に聞いたことがあった。
「今の状況に満足いくかと言われれば……。まあ、不満はあるな。いかんせん、愚かな人間が多すぎる。だが、やらなければいけないのならやるしかないだろう」
「俺たちに、もしくは俺そのものに不満は?」
「お前に不満なあ……。玉藻を幸せにしなかったら怒るだろうが、それ以外はなんとも」
そんな当たり前のことを言われても困ってしまった。
道満は普通の人間ではない。だからこその気苦労はないかと聞いたつもりだったが、はっきりしない答えしか返ってこなかった。
道満という存在は、人間・妖・神がバランスよく混ざった、どれでもありどれでもない存在だ。対等な存在がいない。俺も玉藻も同格ではない、この世界にひとりぼっちな存在と言ってもいい。
だからこそ、悩みとかないかと聞いてみたが、ダメだった。
「お前の筋書きには則っているが、これはこれで悪くない。吟や金蘭などお前にとっても想定外だっただろうし、子どもについても同じだろう。二人目を作らなかったのは英断だな。私と同じように、下手をすれば世界から弾かれる」
「あの子一人なら問題ないだろう。お前は日の本では問題ないが、世界から見れば排除されかねない存在だ。外の神々や理からすれば不都合だろう」
「弾かれたなら、その時はその時だ。それに不満はない。それに外のことはまず日の本をどうにかしてからだ。日の本が安定すれば私も必要なくなる」
「いや、お前が居られるように世界を変革するぞ?」
大真面目に言った言葉だったのに、自分そっくりの道満は何が面白かったのか吹き出していた。冗談など言った覚えはないんだが。
「なんて我が儘な調停者だ。独裁者の方が正しくないか?」
「神々が好き勝手するくせに、調停者の俺は好き勝手するなと?それこそ道理がおかしいだろ?」
「その道理を調停者が崩しにいくのがマズイという話だが。……事実、外へ目を向ける際に私は邪魔だろう。お前を消しかねん」
「玉藻は許されるのに、俺は許されないと。格とは面倒なものだ。海向こうと日の本の格もまた違うだろうからな」
外の神々の方が偉い、と言う考えもある。なにせ日の本は小さな島国な上に、極東だ。西が世界を作ってきたと言っても過言じゃないこの世界で、どれだけ日の本の神に力があるものか。
海向こうの神々からしたら、俺はとんだ破綻者かもしれないのに。
「そうなる前に手を打つべきだと言う話だ。それに最近は星が陰る。遠く未来のことなら視えるが、直近のことは霧がかったままだ」
「お前もか?……少し、星見に力を入れるとするか」
このしばらく後に、母が殺されることになる。
そうして日の本は太陽を失い、戦乱の世がやってくる。
未来へ託すために、道満の矛盾を解消するために。そして玉藻の存在を守るために、ある仕掛けを施すことになる。
それが紐解かれるのは、一千年後。
次も三日後に投稿します。
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