3ー2ー2 呼び出しと終わりと、邂逅
金時の過去。
その源頼光に出会ったのはそれから三年後。坂田金時となった青年はまた魔術師のような輩に襲われても返り討ちにできるようにと、残った妖たちと身体を鍛えていた。そんな研鑽を積み、もう周りに敵がいないだろうという頃に、頼光はやってきた。
なんて事のない護国周り。それでたまたま出会っただけだ。
頼光は完全武装して鎧や刀、槍を装備していたが、金時はなんでもないように近寄っていった。悪意ある人間なのかは、話してみなければわからないからだ。
これで武力衝突しようものなら、総力をもってして追い返すだけ。
『おうおう、人間さんよお。オレたちの山に何用だ?』
「……そなたも人間ではないか。このような山奥で何をしている?」
『何してるって。ただ生きてるだけだよ。生まれ故郷で暮らしてて何か変か?』
「山の上にでも、村があるのか?」
頼光は金時との会話でそう誤解した。
なにせ今の金時の見た目は、髪も瞳も真紅ではあるが十五かそこらの人間にしか見えないのだから。赤龍の力を神へ渡した結果、鬼として真っ当に成長しつつ母を失ったために鬼としては成長せず。
そしてこれまで人間を一度も食べなかったために、鬼としての角は引っ込んでしまった。もはや血を引いているだけの人間だ。
それでもお山の妖たちは、金時を同胞として受け入れ続けたが。
あと、このお山に人間的な集落など存在しない。全員好き勝手に寝床を作って気ままに過ごしている。一応集会を開くための広場はあるが、それだけ。そこだって金時たちは力比べのための決闘場的な感覚しかない。
『村なら、ここから東にあるぜ。オレもあんまり交流がないから詳しくは知らねえけど』
「うん?……お前、人間ではないのか?村の者ではないと?」
『このお山には村なんてねえって。人間に間違えられるけど、オレは人間じゃねえぞ?』
「……面白い。お前、都に興味はあるか?都で怪異と戦わないか?」
『都。興味はある。一度行ってみたいとは考えてた。けど、戦いは興味ねえなあ。オレが戦うとしたらお山を守るためで、それ以外だったら戦うつもりもねえ。人間同士の争いなんて蟻ほども関心が湧かねえな。怪異も別に』
それが金時の偽らざる本音。外道丸が鍛えてくれた時に都について詳しく教えてくれたので興味はあるが、それくらい。
金時としては外道丸と再会して、昔話で明け暮れたいとしか考えてなかった。戦うのは好きではない。
「それは残念だ。……では、都に共に行くか?案内しよう」
『いいのか?』
「いいとも。そうだな、駄賃として君の話を聞かせてくれ。人間と共存していた怪異など初めて知った」
『あ、お山に攻めるのは禁止だぜ?そうしたらあんたたちの首を落とす』
「怖い怖い。それは辺りにも触れ回っておこう。都も大変でな。敵を作ることはしたくない」
頼光のその言葉を信じて、金時は源氏一派と都に凱旋する。その間に怪異のことである妖、そして魔術師たちについても話した。その魔術師については陰陽師ではないかと頼光が推測したが、すぐに自分でその考えを否定した。
賀茂の星見にしろ、安倍晴明の新生陰陽術にしろ、そんな攻撃性のある異能ではなかったからだ。あくまで学術的な代物で、妖たちを何体も屠れるものではなかった。
それに新生陰陽術は最近提唱されたばかり。安倍家の鬼才、晴明が体系化させたのはここ数年の話であり、そこに貴族でもない流れの蘆屋道満の呪術を含めたものが今の陰陽術。三年前にそこまでの使い手がいるとは考えられなかった。
都でもようやく適合者が増え始めた頃。陰陽術とは全く毛色の違うものとして警戒しなければいけないと頼光は考えた。
都に問題なく着いた金時は、その外観を見ても特に感慨深いことなどなかった。建物も人間も多いなと感じただけで、そこまで煌びやかなものとは思えなかった。
そのまま源氏一派の家で客人として滞在を許される。源氏一派の建物の中ならどこに行ってもいいとのことだったので、剣術を学ぶところへ来ていた。門下生たちが刀を模した木を振るっている。金時も刀を持っていたので、興味を持った。
そこで一番目を引いたのは、自分よりも小柄な少年。銀髪に全てを透かすような白い瞳。そしてその年齢にそぐわぬ剣筋。
ここにいる者はほとんど金時と同じくらいの体型であったり、黒髪や茶髪だったのでその身長や色合い的にも異質だっただろう。
しかもそんな少年が一番筋が良いときた。金時は笑って声をかける。
『おう、そこのちっこいの!オレと一つ勝負といかないか?』
「……ん?何でこんなところに鬼が。いや、鬼なのか……?なんか随分と希薄だけど」
『おー!一目でわかるなんてどういう目をしてるんだ?ますます面白え。ちょっと戦おうぜ』
それから適当にその場にいた者に審判についてもらい、木の刀を借りて一試合。
その試合は終始金時が圧倒した。体格の差、実戦経験の有無。それら諸々からまだ少年は金時に敵わなかった。
数年すればわからないが。
『あはは!イヤイヤ、お前すげえな!名前は?』
「吟。安倍家に仕えてる」
『安倍……。ああ、未来がわかるとかいう。オレの名前は坂田金時。都にはちょくちょく顔を出すつもりだから、その時はまた手合わせ頼むぜ!』
「えー……。なに、その人間寄りの思考。おれの周りがおかしいのか?……おかしいな」
吟は剣術を学ぶためにここに稽古に来ているとのこと。金時は気まぐれで都に来る予定だからと安倍家の場所を聞いておいた。
金時がいる間は吟が世話役のようなものになってしまい、ほぼ全ての時間を二人で過ごしていた。日中は都を見て回ったり、それこそ勝負をしたり。
滞在して五日目の夜。金時は屋敷を脱走していた。夜は屋敷から出るなと言いつけられていたが、知ったものかとその身体能力を活かして門を通らず上から脱出していた。確かに客人ではあるが、このままでは外道丸に会えないと。
吟に案内してもらったために、都の情報と外道丸が居そうな外にも当たりがついていた。だからその辺りを回ってみるつもりだった。
二条の辺りを歩いていると、早速当たりを引いた。数年前に嗅いだ外道丸の匂いだ。そして血の匂いも。都は存外危ないと頼光と吟から聞いていたので、もしかしたら何かに巻き込まれたのかと思って金時はそこへ急行した。
そこで見たものは。
『おー?金太郎か?大きくなったなあ。あ、お前のところ行くの忘れてたわ。お前の方が都に来るなんてな』
『……外道丸。ソレ、何だ?』
『何だって……。餌だよ、餌。食事。お前も喰うか?』
外道丸が持っていたのは十二単を着た、おそらく女性。身体のシルエットから、そして服装から金時が推測したに過ぎない。
なぜなら、その頭部がなかったからだ。
紫色の十二単も、首から滴り落ちる鮮血によって滲み、色を失っている。
外道丸はそのまま女の身体を地面に置き、服を脱がしにかかる。邪魔だと思ったのか、脱がずというより破くが正しい。
食べるために、服が邪魔なのだろう。
『お前、好きな部位は?腕か?足か?頭だったら悪いな、もう喰った。女が嫌いならそこら辺の男殺してこいよ。どうせ女目当てでうろついてる馬鹿いるだろうから』
『……えさ?喰う?』
『何だよ?……ああ?そういやお前、あの山にいた頃人間なんて喰ってなかったか……?野菜やら動物の肉は喰ってたが、人間は喰ってねえか。だからそんなに角が縮んでるんだな?』
外道丸が全てを察したように、作業の手を止める。異端の同族の表情が、みるみる色を失っていったからだ。
今日はここまでだなと、それ以上女の死体をいじるつもりは失せてしまった。
『金太郎。これが鬼の当たり前だ。人間を恨む鬼は多いんだぜ?お前は違うのか?』
『お山を襲った奴らは憎い。だけど、全部の人間が憎いわけじゃない』
『まあ、そうじゃなかったらそんな拒否感を出さないよな。だからって辞めねえが。……いいか、金太郎。これからはオレを酒呑童子って呼べ。楽しかった餓鬼の話はなしだ。お前がまた昔みたいにつるみたいって、人間を喰えるようになったら迎えに来てやる』
『オレも坂田金時だ。……そんな衝動を抱えてるなら、鬼を止めてやる。お山の皆は、人間を憎んでも喰らったりしなかった』
『あの山が特殊なんだよ。……じゃあな、金時』
酒呑童子は予備動作もなく飛び上がり、屋根を伝ってどこかへ走り去ってしまった。金時はそこに捨て置かれた女性へ金時の服を被せて抱き上げる。
まだ暖かかった。ついさっきまで、生きていたのだろう。
宿泊している屋敷まで戻り、頼光へ面会を求めた。通された後、金時は神へ頭を下げた時のように誠心誠意頼み込んだ。
『頼光さん。オレは鬼を止めてえ。だから、都に滞在させてくれ。アンタのこともできるだけ手伝う。力が必要なんだろ?』
こうして金時は頼光四天王として働き始め、様々な怪異を狩る異形の者となる。
そして後年、酒呑童子と茨木童子を討ったが──その後味は最悪だった。
次も三日後に投稿します。
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それと、明日から昔書いた小説を一章分投稿しようと考えてます。いつもの十八時に投稿予定です。




