3ー1ー4 呼び出しと終わりと、邂逅
鬼の酒宴。
『はー!お前ら、あの後すぐ法師の式神になったのか!』
『つーか、頼光にオレたちの寝ぐら教えたのが晴明だろ。オレたちもお前らが来るって知ってたし』
『おれも晴明に聞いてなかったら酒呑の仕返しとか考えて逃げてたんだろうけどな。死んでも酒呑と一緒にバカできるならいっかって諦めた』
『綱が怒ってたぞ?』
『あいつの勝ちでいいだろー。右腕斬られておしまいで。腕も奪い返して、結果殺されて。それ以上あいつは何を望んてだんだか』
『真剣勝負ができなかったからだろ。討伐戦もあっさりやられてたんだから』
鬼三匹と吟は料理に舌鼓を打ちながら酒を飲み、大江山での討伐戦について話していた。
大江山の鬼退治。源頼光率いる四天王が酒呑童子と茨木童子をお酒で騙し、そのまま鬼を掃討した大きな逸話の一つだ。
その裏に法師がいたという記述は残っていない。晴明が頼光に鬼の寝ぐらを教えたという記述はある。本拠地がわからずに攻められなかった鬼たちを、晴明の星見によって打開したという頼光四天王と晴明を讃える話の一つだ。
晴明のライバルたる法師が酒呑と茨木を式神にしていたのは晴明への対抗心、敵対からではないかという推論がここ最近コメンテイターの間で流行っていたが、むしろ大学の教授などはその案は否定的だった。
呪術省を襲った「神無月の終焉」で法師の発言から法師と晴明は協力関係だと推察したからだ。
妖を率いていることは予想外だったが、瑞穂が流した過去でも晴明と法師は仲が良く、神や妖と交流があった。
あれを幻術とするか、本物とするか。それで揺れている各界だったが、見識ある人物たちは本物だったとしていた。それが一番、平安時代を紐解くには収まりがいいからだ。晴明は陰陽術を、法師が呪術を、という役割分担は合理的すぎるために。
「綱が怒ってた理由は、お前たちが討伐戦の時本気じゃなかったからだ。それに。茨木が他の鬼を逃がすために身体を張るようなやつか?」
『これでもおれ、大江山の鬼の首領だぜ?子分を逃すくらいするだろ。酒呑っていう客将であり、一番の親友を騙し討ちでやられたんだから』
「それが人間的思考だからバレるんだ。お前ら鬼なら、どんな被害が出ようが酒呑の仇討ちをするだろう。例え共倒れしようが、仇を討てずに全滅しようが。鬼を逃がそうとする時点でおかしいんだよ」
『そうそう!それを綱も頼光様も疑ってたぜ!鬼を逃がすことを絶対守ろうとしている動きだったって』
いくら酒呑が酒好きだからといって、そんなあっさりやられるだろうか。茨木が酒呑をやられて、人間の理性を持ったかのように振る舞って殿を務めて他の鬼を逃すだろうか。
この辺りが疑問に思われ、頼光たちには疑われたわけだ。
さしもの頼光たちも晴明や法師を疑えず、結末だけを伝えることになった。自分たちが晴明の掌で泳がされているなんて思いもしなかったのだろう。
それだけ晴明は裏の顔を隠し、宮中のため、都のために働いていた。頼光たちと一緒に遠征に行った際は陰陽師としてその力を示していた。危険を避け、天気を当て。丑御前という妖を一緒に討伐した。
そして純粋な妖である金時を受け入れたのだ。
頼光は金時の育ての親として、その一点で晴明と法師を信用してしまった。
晴明たちからすれば、妖もよっぽどの存在ではない限り味方なのだから当たり前の感覚だったのだが。
『事前にいくつか逃がしておいたのに、お前がヘマするせいで頼光たちに疑われたじゃねえか』
『いや、ぶっちゃけ法師に苛立ってた。いくら星を詠んだからって、おれたちを見殺しにしたのと同じじゃん?しかも労働力として求めたんだぜ?意趣返しくらいしたくなったんだよ』
『オレはあっさり行きすぎて驚いてる頼光の間抜けな面見たかったからいいんだよ。それに法師には今日のことも約束させたからな。……頼光が納得いかないまま死んだんなら、それはそれでアリか?』
『綱もバカみたいな顔してたからおれとしても満足だけど』
相手をおちょくるためだけに命を捨てるのも、鬼たる所以だろう。人間の尺度ではない。いくら死んだ後に式神として擬似的な復活が約束されているとはいえ、命を捨てる動機としては下も下だろう。
二匹の鬼は当時の相手の表情を思い出しながら酒を煽る。この一千年で何度も肴にしてきた出来事だ。それほどまでに気に入った出来事だったのだろう。
『お前なあ……。綱には優しくしてやれよ。腕を取り返す時に酷いことしたって聞くぜ?』
『ん?ああ、おれの母親に化けて取り戻しに行ったやつか。酷いことって言われてもなあ……。あいつがおれの母親に懸想してたとか、知らねーし』
『え?そうなのか?』
「晴明様が茨木にバラしてたな。鬼になった茨木を匿っていたとして、検非違使に要請されて現場に出張って、綱に母親は殺されていたか」
『……それで綱の前に母親の姿で現れるなんて、鬼だな』
『そうだけど?』
金時は忌避感を表情に出していたが、鬼の血がある存在としては金時の方が異常だ。鬼と龍の血を継ぐ生粋の妖なのに人間の感性で人間として生涯を全うするなんてありえない。
人間から変性して鬼になった茨木ですら、思考は完全に鬼のもので人間の頃のものなど存在しない。鬼に変わってしまえばそれで終わりだ。
茨木に人間の頃の記憶などない。なぜ鬼になったのかも知らない。鬼に変わってから母親に懇願されて屋敷に残るように言われて、数日言うことを聞いていたら綱たち検非違使がやってきて、茨木はそこを脱走しただけだ。母親への肉親としての情など残っていない。
産まれは人間だとしても、思考も身体も鬼に変質してしまった。なら鬼として過ごすだけのこと。それからは他の鬼に会い、鬼として認められて酒呑に会い、大江山の首領になった。
茨木としては、それだけのことだ。
綱としては、仕事を全うするために密かに愛していた女性を斬り、茨木を逃がし。茨木を追うために頼光の下に就き、力をつけて。ようやく見付けて右腕を斬ったと思ったら自分が殺した女性が幻のように現れ。
陰陽術という力があるからこそ、本物ではないかと。自分に恨みがあるのではないかと逸る心臓をどうにかしようとしている隙に、持っていた茨木の右腕は取り返されてしまった。それが茨木だと知り、必ず殺すと決心し。
大江山ではなぜか人間のような振る舞いをされて。人間としての理性が残っているのではないかと逡巡し。だが、やはり殺意が優って殺した。
綱からしたら、そういう話で。
『まあ、法師と契約してたなら話はわかった。鳥羽洛陽の時に酒呑が現れたのも合点がいった。……茨木が来なくて良かったと心から思うぜ。またお前を前にしたら、綱はどうなってたかわからねえ』
『人間は心が弱えなあ。殺した存在が目の前に現れるのがなんだってんだ?また殺せばいいだろ』
『いや、悪夢だろ。特にお前らが何度も蘇ったら都は大混乱だ』
「それを利用したわけだな。鳥羽洛陽では」
『ホント、晴明や法師の精神構造はオレたち鬼に近いな。というか、どの存在にも近くて遠いのか。だからこそこういうめんどくせー役目を負わされる。オレなら真っ平御免だ』
金時はこれまでの話で色々平安の頃の謎が解明されていった。そして今回式神として詠ばれたわけも。本人としてもありがたいことだったし、この後の術比べには思いっきり参加するつもりだった。
色々わかって、一千年後を知れて。格別な料理と酒を味わえて。
この後力を貸すには十分だった。
少し離れて二人で食事をしている明と法師に、金時は近寄った。
『事情はわかったぜ。オレも全力でやってやる。オレは前のように、吟と一緒に戦えばいいんだな?』
「ああ。式神として戦うのは初めてだろうから勝手がわからないかも知れないが、戦いながら慣れてくれ。適宜陰陽術で援護もするが、君なら問題ないだろう?」
『ああ、ない。──見かけは変わっても、アンタはアンタだ。生前も色々世話になったしなあ』
「俺のために動いてもらうために、わざと介入したとしても?」
『オレはあの頃、楽しかった。真剣に生きた。満足した。だから、それで十分だ』
「──ありがとう」
明と金時の会話に、法師は口を出さなかった。
もうすぐ、料理は尽きる。酒はまだまだあるが、呑兵衛の鬼が三匹もいるのだ。すぐに全部空いてしまうだろう。金時も初めて飲む現代の酒を楽しんでいる。
酒宴が終わるのは、陽が沈む頃になりそうだ。
次も三日後に投稿します。
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