3ー1ー3 呼び出しと終わりと、邂逅
酒宴の始まり。
まず、法師がいつもの空間収納の術式によって用意していたお酒を出す。最高級品の日本酒から海外のお酒、それに安物もいくつか。じゃんじゃかじゃんじゃか出てくる。百人単位の飲み会でも飲みきれるかという量が出てきたが問題ない。
酒飲みが三匹、いるからだ。
なにせ量が量なために、御猪口など用意していない。一本ごと丸々飲めと、そう法師が視線で伝えていた。
ありがたいことに明用にソフトドリンクもいくつかあった。だが真相は、お酒に強くなくこの後術比べがある法師用だとわかる。明はそのおこぼれをいただくだけだ。
『法師、飯は?』
「天狐宅急便か、虎印の瞬間移動便で来る。もう少し待ってろ」
『なあなあ、オレを呼んだ少年。アンタ誰だ?法師たちはわかる。吟もだ。けどよ、アンタが契約してるっぽいあの狼知らねーし、何で法師と仲が良いのかわからん』
酒呑童子が飯の確認をした後、色々と酒を見比べていた詠び出された赤髪赤目の男が問う。この男、色々な制約の上で詠ばれたくせに、術者の明のことも知らないらしい。
周りの面子を見て気付け、という話なのだが。
なので明はからかってみせる。
「お初にお目にかかります。足柄山の怪童丸。安倍晴明が子孫、難波明と申します。今日私は道摩法師と術比べをするため、そして酒呑童子と茨木童子、吟とあなた様の決着を決する舞台を用意させていただきました」
『晴明の子孫?難波?……吟、今って何年?』
「平安から一千年後だ。風景は違えど、ここは鴨川だぞ」
『鴨川?ここが?……一千年後なあ。確かに周りの建物はだいぶ違うし、人間の身なりも変だな。……つーか、怪童丸って何?』
説明を受けて疑問に思ったことを聞き返す。この男、実際に生前怪童丸なんて呼ばれたことはない。後世に名付けられた異名であり、彼を指す言葉ではあっても、本人にすれば聞き覚えのない言葉だった。
「あなたの異名でございます。他にも金太郎などと呼ばれますよ?あなたのことは幼子でも知っている、誉れ高き日本男児なのです」
『ああ……?何でオレ?頼光の旦那や、他の四天王は?オレが有名なら他の方々だって……』
「──印象操作だ。お前を人間だと知らしめるための源氏一派の工作の一種。だが似たような理由でお前が鬼であること、赤龍の子であることを残す者もいてな。平和になった今の世ではただの人間として知られる」
明が答え、男がさらなる疑問をぶつけ。法師が補足する。男は些か特殊な存在だった。そのために都の防人たる源氏はこの男を取り入れた際に決めたのだ。
人間として生かそう。人間としての心を与えよう。そして名誉も何もかも、人間として終わらせよう、と。
龍と鬼の混血児。酒呑童子と全く変わらない妖だというのに。
それに反発したのが理性的な鬼や龍の子、もしくはそんな存在の配下だった妖たちだ。
確かに功績は人間としてのもの。妖とも対立した。その生涯を人間として終わらせた。
それでも、男は妖なのだ。
これには降霊という術式にも関連する。
降霊はする対象の詳しい情報が必要だ。この男の場合は赤龍の父と山姥の母の間に産まれた源氏武者という情報が必須。
こっぱな人間にこき使われることに反発して行ったのが情報操作だ。赤龍については全く情報が出ないようにして、山姥の子であることを浄瑠璃などで広め、そして人間の姿で子どもの頃から凄かったと認識させるために金太郎、怪童丸のことも流布。
結果、星見か一千年前の真実を知る者しか彼を降霊できなくした。
こうしたのは法師であり、酒呑と茨木の強い要望と他の妖たちの声が強かったためだ。これには酒呑の子孫たちも一躍買っている。
人間として伝えられることは源氏としても望むところだった。そうして源氏の勢力が強い頃は人間として伝え、源氏が衰えてから浄瑠璃で山姥の存在を示唆した。
試みは大成功。これまで彼を詠び出した存在はいなかった。
この説明に、彼は納得する。
『ふうん。酒呑たちと決着つけられて、吟とも再会できたから良いけどよ。そんで、この周りの民はどういうこった?』
「余興ではありませんが、これから私と法師の行う術比べの立会人です」
『術比べ。法師も何か術を用いると?』
「今の言葉では陰陽術を使った決闘だな。なに、酒呑たちと戦ってくれればそれで良い」
『オレの知る術比べと随分と変わったんだな……。箱の中身を言い当てたり、天気を言い当てたり、呪いを解くのが術比べかと思ったが?』
「物差しが戦いの道具に成り下がった結果です」
『……悲しいなあ』
ある程度の説明が終わった頃、吟の隣に珠希と金蘭、瑠姫とゴン、天海が転移で現れる。どうやら吟を座標にしたらしい。
今やこの鴨川は明の制御下なので、そこに乗り込むくらい金蘭にはわけない。
天海はあまりの場違い感。転移の術式を成功させたこと、周りからの注目などから一気に顔が青ざめたが。すぐには離れられないし、誰もフォローを入れなかった。
「金蘭の方だったか。その方が早いとは思ったが」
『おお、金蘭の姉御!それにそこの小狐も見覚えがあるな!そうそう、玉藻の前様の飼い狐』
突然現れたことではなく、知人の登場に驚く男。彼からしてみれば転移ごとき驚くことではないらしい。
もっとも、この場にいた陰陽師及び一般人は全員転移について驚いていたが。
陰陽師からすれば転移自体は術式が残っているが、それを用いることができる者は確認できていない。五神や研究している陰陽師でも不可能だ。術式自体が間違っているのではないのかと疑う考えも出るほど習得難易度が桁外れな術式。
一般人からしたら転移そのものがありえない現象だからだ。科学技術がいくら発展しても瞬間移動などは不可能。陰陽術に詳しくないため、術式が残っていることすら知らない。
そんな絶技を見せられればざわめきも起こる。
「明様、遅れて申し訳ありません」
「法師の無茶な注文が悪い。……ミク、もういいのか?」
「はい。ご心配をおかけしました。そのお詫びじゃないですけど、ご飯は美味しいものを作ったので」
「ああ、ありがとう。……もう、法師に別れの言葉は言ったんだな?」
「大丈夫です。というわけで、お重置いていきますね」
「天海が可哀想だからな。坂田金時殿に挨拶をしていくか?」
「ふふ。意地悪な人。金時さんとは別れの挨拶はできませんでしたが、今更でしょう。わたしは大丈夫です」
珠希と金蘭が宴会をしている全員に一礼する。瑠姫はゴンを抱えただけ、天海も慌ててお辞儀をして瑞穂が作った足場を渡って銀郎の脇に移動する。
それを見届けてから、金時はようやく合点がいったようだ。
『ああ、なるほど!あの少女、玉藻の前様か!なるほどなるほど、あれが今回の器なわけだ』
「器、という言い方は好きません」
『悪ぃ。けど、もうアンタのこともわかったからいいぜ?明様。法師と術比べをする理由もわかった』
「じゃあ悪ふざけはおしまいだ。ミクたちが料理を届けてくれたわけだし、宴を始めよう」
その言葉で全員が飲み物を選ぶ。酒呑が金時にこの時代のお酒を教えて、どれを開けるか決めたようだ。吟もお酒はあまり飲まないが、これは祝いの場なので最初くらいは飲むようだ。明と法師は適当に果汁ジュース。
「では、再会を祝して。乾杯」
『『『乾杯〜!』』』
その声を皮切りに、お酒を飲み料理を食べながらの騒ぎ合いが始まった。
それを見て周りの者は思っただろう。
あんな大規模な術式を使っておいて、これだけ目立っておいて。自分たちは何を見せられているのだろうと。
次は三日後に投稿します。
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