3ー1ー2 呼び出しと終わりと、邂逅
降霊。
所変わって京都の街中、鴨川。京都の中でも大きな川であり、観光名所。そして知っている人ぞ知る龍脈の一つ。
この境界があったからこそ、京都は繁栄し、苦しんできた象徴。
そこは普段なら川沿いにある様々な飲食店や土産物店が活気付いている、人通りの多い場所だ。観光名所の多い京都だが、ここは風景が綺麗だということ、美味しい飲食店が多いことから観光客には殊更人気だ。
普段であっても騒がしいそこは、今日は尚更騒がしかった。
休日の昼下がり。鴨川の視線を集める者。
川の上に立つ人間。
しかもその顔にも見覚えがある人が多い。何故か金髪になり、髪も伸びているが、呪術省の次の組織を率いるとされている高校生の顔だったからだ。連日ワイドショーで紹介されていれば知らない方がおかしい。
その人物は神官服を着ていた。文化祭の時のように立て烏帽子は頭につけていなかったが、その時と異なるのは上に羽織っている黒い羽織。晴明紋ではなく、難波の家紋たる八汐躑躅が金紗の糸で刺繍されたもの。
安倍晴明の正統後継者には相応しくない色合い、そして証だった。これがあり、偽物の晴明紋を継承していたために土御門が自分たちを正統後継者だと驕ったという背景もある。
そんな目立つ格好をした人物が、今話題の人物で。川の上に立っているという奇行をしているのだ。川辺では人々が足を止めてカメラ付きの携帯端末を向けて動画を撮り始めたり、写真を撮ったり。プロの陰陽師が何かあった時のためにとやってきたり。
近くの飲食店に来ていた者はそのままテラス席から眺めたり。TV局の人間がやって来て生中継を始めたり。
だが、その注目の人物──難波明は今のところただ川の上に立っているだけだ。何かしら術式を使ったり、これからすぐに何かをしようという素振りも見えない。
もちろん、川の中に沈むという様子も見られない。
なにせ、やることはもう終わっている。瑞穂からこの龍脈の譲渡は済ませているのだから、相手が来るのを待っているだけだ。
時間の指定をしなかったために、こうして注目を浴びているだけ。
この様子を先代麒麟である巧の父は自分のお店の二階から確認して、自分のお店が繁盛していることに喜べばいいのか突然の事態に嘆けばいいのかわからなかった。息子から連絡が来ていたが即日だと思わず、従業員のシフトが追いついていなかった。
幸いなことにほとんどの客が野次馬として居座るだけなので飲み物の注文だけで済んでいる。だがこの後が長引きそうなので既に細かい物の買い出しは済ませておいた。
川のほとりには何人か京都校の関係者がいた。明があの格好で学校を出るところを見た者。男子風呂で明の話を聞いていた者。たまたま外出していた際に今の格好で歩いている明を追ってきた者。
桑名もこの場にいた。既に瑞穂がレジャーシートを用意して、二人で座っている。他の桑名家の者も集まって全員で瑞穂と話していた。
呪術省関係者も集まっている。
非番だったプロに、陰陽寮に出てきていた者。もう一時間もこうしているという連絡を受けてやってきた者。
五神は全員集まっていた。星斗も事前に明から連絡を受けていたので、マユと一緒にちょっと離れたところから見守っている。
そんな注目をされている明は、川の上で動かない。ただ自然体で立っているだけ。
目的の人物を、待っているだけ。
彼の護衛である吟と銀郎も近くで待機しているが、川の上に立っていなかった。霊気を固めて立っているために、陰陽術が使えない二人ではそこに立てなかった。
明が足場を用意すれば話は違うが、そこまでしてもらうことは願わなかった。邪魔する者も見た感じなかったからだ。
待ち人は、三時を過ぎてようやく現れる。明がここで待って二時間といったところ。
その男も狩衣を着て、後ろには鬼二体を連れてやってきた。彼の和装はこの現代では久しぶりだっただろう。
何より目を惹くのは白い羽織だろう。なにせ一番有名と言ってもいい羽織。晴明紋が施された羽織を着ていれば、嫌でも目立つ。
「うん?まだ詠んでいなかったのか?」
「お前がいないのに先に詠んでどうする?それに吟だけじゃ不足してるだろ?」
「ああ、酒呑を待っていたわけか」
三人も明に近寄るが、やはり川の上に立ちはしなかった。その対岸には吟がいる。
これで、龍脈を用いる本物の降霊の準備が整った。
詠び出す人物の縁が二人。生前の知人だ。これ以上の縁など存在しないだろう。先日の殺生石のように、間違ったものではないのだから。
明が霊気を解放する。それは霊気を感じ取れる者からしたらこれ以上の霊気の持ち主に遭遇したことなどないような、それだけの質の高さを感じていた。五神からしても同等だと思えるのは最近のマユか、法師くらいだと感じ取った。
若干十五歳の霊気としては十分すぎると。
「おわしませ、おわしませ。足柄山の怪童丸。人と偽り、人に混ざり。人を喰わず、人となった武士。赤龍を父とする源氏武者よ、生前の決着を望むなら、我が声に傾けたまえ。──一夜の再会を、約束しよう」
明の霊気に混ざるように、鴨川が光を上げて明を包み込み、それが天に届く。一筋の御柱になったが、これの本質は天に届かせることではない。
川というあの世とこの世の境界から、たった一人の願いを叶えるための招待状だ。
天高く貫いた光が収束し、明の前に人の形を作り出す。その身長は明を優に超しており、ガタイもしっかりしていた。
光が薄くなった先に立っていたのは、平安時代の全身鎧を着て、腰に刀とまさかりを刺した偉丈夫。赤龍の子に相応しく、髪も瞳も燃えるような真紅の、滾らせるような野生味たっぷりの力強い色だった。
それが彼には、とても似合っていた。
『おうおう、こいつは何だ?何やら懐かしい顔ぶれが勢揃いな上に……。鬼が二匹、揃ってやがる』
『久しぶりだな、同類。久しぶりに喧嘩しようぜ』
『殺し合い、の間違いだろう?酒呑。……今度は酒も、策もなしだ』
『ああ。……その前に酒にしようぜ。飯食ってからにしてもいいだろ?まさかお前が、オレの酒を断らないよな?』
『断るか。お前たちはあの時、罠だとわかった上で酒に応じた。ならオレも応じるだけだ』
『つーわけで明!酒宴だ!』
「……俺は飲まないぞ」
明は詠び出した存在と酒呑たちのために足場を増やそうとしたが、近くで見ていた瑞穂が先に足場を作ってしまった。
その透明な足場に法師たちも吟も足を踏み入れる。
一千年ぶりの、含みもない酒宴の始まり。
次も二日後に投稿します。
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