3ー1ー1 呼び出しと終わりと、邂逅
別れと祝福。
京都校の女子寮の一室、珠希が借りている部屋。
そこで珠希が出かける準備をしていた。すでに明は先に行っていると連絡されて、後を追いかける予定だ。明にも準備があるので、一緒に行くのは諦めた。
金蘭と瑠姫によってコーディネートされていく珠希。紫のロングスカートに黒のニーハイソックス。上は茶色のブラウスの上にベージュのカーディガン。さらにその上から紺色のコートを羽織った。もう秋も深まってきたので、寒さ対策は必須だ。水辺に行くのだから。
服装の準備が終わって、小さな肩掛けポーチに呪符をいくつか詰めていると、部屋に来訪者があった。現地で会うかとも思っていたが、先にこっちに来たらしい。
「やあ、珠希。無事に立ち直ったようで何よりだ」
「道満。いらっしゃい」
窓から来るでもなく、扉から来るでもなく。転移でやって来た法師。それに今更驚く存在はここにはいない。
「……考えてみれば、あなたにハルくんも合わせて君付けで呼ばれていたって、変な気分ですね」
「二人とも思い出していなかったんだから仕方がないだろう?」
「別にあなたなら呼び捨てでも構わなかったのでは?わたしたちからしてみれば子どものようなものですし」
「私から漏らすわけにはいかなかったから、こちらとしても一線を引いていたんだ。……姫め。これでどうやって結ばれろと言うんだ。全く眼中にないじゃないか」
「?」
法師が視線を外しながら小さな声で呟いたために、珠希は首を傾げた。声が聞こえなかったわけではない。聞こえたが、内容がわからなかったのだ。
珠希も存外、明に似て自分のことには鈍感だったりする。
呟いた内容を理解した他の金蘭、瑠姫、ゴンは苦笑を見せたりため息をついたりしていたが、それが余計に珠希を混乱させた。
「えっと。それで最後のあいさつだったりします?」
「そうだな。この後そんな余裕はないだろう。それと金蘭、瑠姫。頼みごとだ」
法師は術式を使うと、クラーボックスを二つ空間から取り出した。それを見て何となく頼まれごとの中身を知ったが、ちょっと勘弁願いたかった。
「今からですか?」
『バカなのニャ?そんなの事前に言ってくれれば用意したのニャ』
「酒呑と茨木が知らなかったんだ。それなら酒宴がしたいって言い出してな。酒は用意しておく」
「……川の上で酒宴ですか?」
「屋形船とかであるだろう?そんな船は用意していないが」
明と法師がいれば船なんて用意せずとも、川の上で酒宴ぐらいは問題なくできるだろう。今はお昼過ぎ。これから準備するとしても、夕ご飯に間に合うかどうか。
これなら確かに事前に言っておいてほしかった。クーラーボックスの中身を確認すると、高級食材ばかりが詰まっていた。これをいくら金蘭と瑠姫が料理するとはいえ、大変だろう。
「しょうがない……。わたしも料理します。クゥちゃん、薫さんに遅れるって伝えてもらえますか?」
『むしろ一緒に行け。もうすぐあいつもこっちに来るだろ。天海には料理をやらせなければ良い』
「薫さんの料理は要らないんですか?」
「ああ。お前たちの料理が食べたい。デリバリーを頼まなかったのはそういう理由だ」
「……そのくらいのワガママは聞きましょうか。ちょっと遅れますけど、勝手に始めないでくださいね?」
「ああ、わかってる」
料理を作るとなると、珠希の部屋では手狭だ。学食の調理場を借りるしかない。女子寮には階層ごとに調理室はないのだ。
すぐに携帯電話で許可を取る。休日だったことと、時間的に混んでいなかったために許可は簡単に降りた。
「道満。一千年間お疲れ様でした。それと、ありがとうございます。多分言葉じゃ全部伝えられないと思いますから、料理で伝えますね」
「……いや。今の一言で救われたよ。それに私がやるのは当たり前だろう?そこの一番弟子がやろうとしていることを、師匠として私も追随して何がおかしい?」
「それでもやりきったんですから。あなたたちにとってはこの一千年、とても長かったでしょう?その謝礼くらいはしっかりしますよ」
謝礼が手料理で良いなら安いものだと珠希は思っていた。文化祭の時も喜んでくれたので、それが何よりの褒美なのだろうと思い込んだ。
だが、珠希は気付く。一千年前、法師はそんなに料理が好きだったのかと。
「これ、本当にお礼になってます?」
「なっているとも。……私はこの一千年、長いとは思わなかった。『婆や』と異なり、好き勝手してきたからな。お前たちと一緒の時には獲得しなかった自己も得た。存外、楽しいものだったぞ?」
「苦労も多かったって聞きましたけど?」
「なかったとは言わない。それでも、苦痛ではなかった。晴明には感謝しているほどだ。こうして役目を与えて、世界に放り出してくれて。平安の頃の、晴明の影で終わるところだった」
本人がそう言っているので、そうなのだろうと珠希は思うことにする。
実際平安の頃からかなりの自意識があったと思っているが、一千年で気付けたこともいっぱいあったのだろうと推察した。その成長が嬉しい。
やはり珠希の感覚としては、金蘭や吟と同じく子どもという認識だろう。
そんな大きな子どもが最後のワガママを言ってきたことくらい、答えてあげるのが母親というものだろう。
「……幸せでしたか?」
「ああ。都以外にも目を向けていたつもりだったが、自分の視野の狭さを痛感した。様々な感情を知ったよ。……幸せだった。人に恵まれたよ」
「瑞穂さんとか?」
「そうだな。良い伴侶を持った」
「祝福しましょう。道満、そこにしゃがんでください」
法師はその場に立て膝をつく。珠希はその頭の上に手を置く。その手は人の体温よりもじんわりと暖かかった。その手と、珠希の背中から神気を纏った光が溢れた。
権能の一部の発露だ。
「あなたのこれまでと、これからに。祝福を」
法師の身体を光が包む。それが法師の身体の中に入っていった。神気の譲渡でもあるが、神の加護でもあるのでこれから良いことがあるだろう。
なにせ日本の最高神、太陽神の加護だ。たった一人に与える祝福ならかなりの効果があるだろう。この後の術比べで優位に運ぶかもしれないが、それくらいは明も許してくれるだろうという信頼からこの加護を許容した。
「これから、か。もう一日も残ってないのにこれからを祈られてもな」
「でも、あなたを祝福したかったんです。それくらいしかできなかったので」
「──我らが女神よ。あなたに最大の賛辞を。これからもあなたを敬愛し続けます」
「いりませんよ。奥様を大事にしてください」
おきまりの返しをしたら、にこやかに返されてしまった。珠希としてもわかっているが、敬愛なんかもらうより奥さんへの愛を優先して欲しかっただけだ。
「美味しいご飯を用意します。だからハルくんと良く話し合って、あとは瑞穂さんによろしく言っておいてください」
「ああ、わかったよ。じゃあ先に行ってる」
法師は立ち上がって、来た時のようにまた空間移動で帰っていった。今からなら明と長く話せるだろうと、珠希は気を遣ったわけだ。
「──さて。とびっきりおいしいご飯を作りますか」
次も二日後に投稿します。
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