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陰陽師の当主になってモフモフします(願望)  作者: 桜 寧音
9章 継承、遺されるもの
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2ー3ー1 踏み出した一歩

二人の来店。

 難波。そこは様々な自然や温泉などから観光名所として有名だった。それが表の有名な理由だろう。

 陰陽師からすれば、そこは近寄りたくない土地だったかもしれない。大妖狐たる玉藻の前が眠る土地とされてきた上に、難波家という安倍晴明の血筋の割に表舞台にあまり現れない不思議な家が統治していたのだから。


 とはいえ、今はそのようなことはない。次の陰陽師を引っ張っていく人物を輩出した土地として名前が上がり、玉藻の前が神の転生体だったのではないかと再評価される流れができていた。そういった諸々もあってこの土地を訪れる人間が増えている。

 だが、最近の日本は容易に旅行に行く余裕があるわけではなかった。呪術省の事実上の崩壊。陰陽大家土御門・賀茂両家の没落。龍と土蜘蛛の日本縦断。それらのせいでまともに旅行なんてするような時勢ではなかった。

 ようやくそれらのゴタゴタが収まり始めて、少し旅行者の姿を見かけるようになったくらいだ。


 この難波という街も今年はかなり苦労があった。

 年明けすぐにあった市役所の全壊。明らかな陰陽師の事件だったのに呪術省による隠蔽のせいでまともに修繕費も降りず、自費で取り壊しと建て直しを行った。これについては地元企業や資産家たちが憤りと共に修繕費の一部受け持ちと業者の手配などを率先して行ったために半年経たずに再建に成功。


 それで良かったと喜んでいたところに、八月にあった中国人脱獄犯グループによる爆破テロだ。こちらは人的被害がほぼなかったが、またいくつかの建物が傷付き、住民を恐怖に落とし込んだ。

 幸いにも市民の有志によってすぐに犯罪者グループは捕らえられたために、それ以降の被害はほぼなかった。街外れの森が若干禿げたくらいで、大きな被害は出なかった。


 京都のように百鬼夜行や有名な妖による襲撃があったわけではないが、都会でもない場所で起きた事件としては凄惨だろう。特に前者は呪術省に抗議の陳情書が提出されたが跳ね除けられた始末。

 住民は難波明が選出されて、一つ安堵していた。難波家は住民のために昔から尽力してくれた名家だ。そこの次期当主に選ばれた人間はいつだって幼い時から率先して魑魅魍魎を狩るために夜の見廻りをしてくれていることをある程度年齢を重ねた住民なら皆知っていることだった。


 そのため次期当主が昼間に簡易式神を使っているくらいでは注意したり、警察やプロの陰陽師に通報したりしない。癒着と思われるかもしれないが、それだけ難波という家が今まで尽くしてくれた証拠でもあった。

 事実一月のような大きな事件があったとしても、その際は難波家が陣頭指揮を執って事態の鎮圧に当たってきた。その際に見る難波の家紋が入った羽織は長く語り継がれているのだ。


 そんな難波の地も、街を丸々覆う方陣が組まれている。これは現代の街であれば当たり前の措置である。街や大きな国道、線路から外れれば建物ごとに方陣を組んである。そんな物好きは広大な土地を持った農家か物好きだけだ。

 難波の街中から車で二十分ほどかかる辺境。そんな人通りも怪しいような場所で一つの飲食店が暖簾を出していた。


 麺屋「羽原」。

 五十代の店主と看板娘である二十代の娘で切り盛りする小さなお店。小さいながらも評判は良く、リピーターも多い。場所の都合で学生はあまり見かけないが、車などの移動手段がある大人は結構訪れている。

 ラーメンサイトなどでも評価されており、ラーメン通も訪れるような繁盛店に名前を連ねていた。最初は辺境であること、店主がどこかの有名店で修行したわけでも暖簾分けされたわけでもなかったために閑古鳥が鳴いていたが、今では立派な有名ラーメン屋だ。


 夜になれば魑魅魍魎が出ることもあって営業のメインはお昼。夜も五時から六時半まで、七時には完全に閉める形で営業している。夜は営業時間的にも十人くれば良い方だ。

 六時を回り、すでに日が沈んだ頃。一組の男女が「羽原」を訪れていた。男は白いタキシードのような服を着た優男風の長身。女性の方は少女と言って差し支えない身長にラーメン屋に来るには不釣り合いな赤い着物。きちんとニュースを見ていればその人物の名前はすぐに出てきただろう。むしろ名前が出てこなかったら世の中に疎すぎるほど。

 その二人が来店して、看板娘が席に案内する。二人が席に座ったのを見て店主が看板娘に一言。


「露美。スープ切れだ。暖簾下げてくれ」


「はーい」


 お冷やを出した後に看板娘は外の暖簾をお店の中にしまった。それを見て他に店内にいた唯一の男性客が店主に声をかける。


「えー。大将、もしかして俺ギリギリだった?」


「こんな世の中だからなあ。夜分のスープはあんまり残しておかないんだよ。帰ってる途中で魑魅魍魎に襲われましたってなったらウチの責任になっちまう。それを避けるなら早めに店仕舞いするしかねえ」


「八時ってのも一つの目安でしかないからなー。今度からもうちょっと早く来るか。仕事早めに終わらせてくるわ」


「無理して夜に来なくても、休日とかお昼に来てくれれば良いんだけどな」


「昼は無理なんだよー。まあ、ちゃっちゃと食っちゃいますか」


 男性客は残りを綺麗に平らげて、看板娘に会計を頼む。この男性客はそこそこの頻度で来てくれるが、今日はいつもより遅かった。

 大将にも一言告げて帰っていく。彼は車なので魑魅魍魎に遭遇する前に家に帰れるだろう。


 あの男性客に告げたことも事実だが、実はスープはもう少しあった。十杯分くらいしか用意していなかったが、二人組が食べてももう二杯分くらいは出せた。だが、彼らが来てしまった時点で営業なんて続けられるはずがなかった。

 看板娘──露美も食器を水に浸けておくだけで、もう残りのことは後回しにするつもりなのかお冷やを用意して二人組の女性の方、瑞穂の隣に座っていた。


「巧。もうその偽装は要らないぞ」


「でしょうね」


 男の方、法師にそう言われて大将は隠蔽術式を解除する。五十代の男性が、唐突に二十代の若い男性に変化した。変化する前の状態では、誰であってもその偽装を見抜けなかっただろう。

 その証拠に、神たるゴンですら見破れなかった術式だ。


「ホント、腕を上げたわね。これで引退している身だなんて信じられないわ」


「これでも元麒麟ですから。それに明くんたちにはバレるわけにもいきませんでした。呪術省程度にはバレないとわかっていましたけど」


 瑞穂の言葉に返した声は年齢相応のものに戻っていた。瑞穂も同じような術式を使って桑名家と関わっていたからこそ、巧が使っていた術式の完成度に感嘆する。

 瑞穂のように自分ベースの変化ではなく、全く別人の姿で声も動作も何もかも違和感を覚えさせないように世界を偽っていたのだ。その証拠に彼の父親とは全く似つかない姿だった。


 実際にいる人物の姿と声を真似るだけなら瑞穂も法師もやったことがあるが、あれは霊気などでその人のガワで構成しているだけなので難しくない。そこから霊気をちょっと偽るだけだ。

 しかし、巧がやったことは陰陽師としての才能を完全に隠した上で陰陽術を用いた完全隠蔽という二律背反の術式。こんなことができるのは世界広しといえども巧くらいのものだろう。


「以前君を晴明に匹敵すると言ったが。本質は金蘭に近いのだろうな。正確には晴明と金蘭のハイブリッドか」


「御魂持ちの子という恩恵がありますから」


「その継承だって完璧ではない。血や魂を飲み込んだ元朱雀ですらあの程度だ。人魚の肉を食べた者が全員不老不死になったか?賢王の子は皆賢王か?それは確実に君そのものの才能だ」


「その才能があっても、母を助けられませんでした。……露美さんは助けられましたが」


「巧くんは相変わらずだなー。このお店が成功してるのも巧くんの才能じゃん」


 卑下のしすぎはダメだとわかっているが、それでも零してしまう。いや、力を持っているからこそかもしれない。今だったら母を救えただろう。

 星を詠むことができるからこその葛藤。そして同じような人物が目の前に二人もいるために零してしまったのだろう。

 だが、そんな彼を戒められるのが妻である露美だ。こうしてバランスが取れているからこそ、お似合いである。


「料理の基礎は父に叩き込まれましたから。ああ、法師。無茶振りが過ぎると父が嘆いていましたよ?」


「すまなかったな。だが、もうそれも終わりだ。今までのお詫びではないが、数日後にお店が繁盛するような催しをする。それで最後になるだろう」


「でしょうね。そうじゃなければ二人でわざわざここに来ないでしょう」


 巧の眼は明のそれに匹敵する。難波の地から京都を覗きこむこともできるし、未来だってある程度は視ている。

 法師と瑞穂が「羽原」に来たのはこれで三度目。最初は出来たばかりの頃。二度目は一月の事件の後。今回が三度目だ。

 法師だけ一月に単独でもう一度来ているが、なんにせよ来た回数は少ない上に、どれも大事な時に来ている。


「とりあえず、お二方。食べに来てくれたんでしょう?何になさいます?」


「そうだな……。この限定の味噌ラーメンにしようか。味噌は難しかったか?」


「はい。専用のスープ作らないとラーメンスープって感じがしなくて。よく二ヶ月で完成に漕ぎ着けたと思ってます」


「そうか。楽しみにしている」


「瑞穂さんは?」


「同じ物でいいわ。限定って言葉に弱い日本人だもの」


 その言葉に苦笑しながら巧はラーメンの支度に移る。いつもなら伝票を用意するが、彼らは恩人である。そのためお金なんてもらうつもりはなかった。

 茹で麺機の近くで丼ぶりを乗せて温め始める。味噌ラーメン用の中太麺を二玉用意してダマにならないように麺をほぐしてから、麺ざるの中に二玉投入する。

 その手際はすっかり手慣れた、ラーメン屋の鮮やかなものだった。


次も二日後に投稿します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 明らかになんか日本だけ国際社会とは違う国になってそうで、これからの外交大変そうだなぁ…なんて思ったり まあなんかアフリカやらアマゾンやらの部族単位で似たようなことしてるところはありそうだけ…
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