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陰陽師の当主になってモフモフします(願望)  作者: 桜 寧音
9章 継承、遺されるもの
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2ー2ー4 踏み出した一歩

女子風呂にて。

 女子寮の大浴場は閑散としていた。たまたま女の子の日で大浴場を使えない人が多かったとかそういうことはない。

 貸し切りにすべく、金蘭が大浴場に人払いの術式を使っただけだ。


「本当に金蘭ちゃんは、色々な術式を知ってますね……。この一千年でどれだけ術式を増やしたんですか?」


「百程度です。やることも多かったですし。弟と違って」


「はは……。吟ちゃんはやれることが少ないですから。戦いになったら凄く頼れますけど」


 珠希たちは既に服を脱いで大浴場で身体を洗っていた。その際珠希の全身を洗ったのは金蘭だった。まるで手慣れているように全身を、尻尾と髪も丁寧に洗っていった。洗い終わった後はいつものように尻尾と耳を隠して湯船へ。

 ゴンはいつかのように桶の中へ。それがゴンにとっても楽なのだからだいたいこれだ。

 オスだが、そんなことを誰も気にしなかった。

 そして全員が湯船に入って。金蘭の姿を見た瞬間天海が湯船に顔を突っ込んで水柱を立てていた。その奇行に金蘭が訝しみ、珠希と瑠姫はむしろ納得していた。


「湯船に浮かぶお胸ってなによ……⁉︎」


「金蘭ちゃん、昔からスタイル良いですからね」


「そんなにこれ、良いものですか?着物や和服着る際にとても邪魔だった覚えがありますが」


『価値なんてつける奴によって違うんだよ。人間の女はそういうのを気にするらしいぞ』


『ニャハハ!いくら他の男や女を魅了しても、肝心の本命に袖にされたら意味ないのニャ!』


「瑠姫までそれを言う?札に戻すわよ?」


『金蘭様が言うとシャレにならないのニャ⁉︎』


 金蘭の脅しに、憐れな猫が産まれていた。

 いわゆる身内ネタで、しかも全員が知っているならまだしも知らない人間にまでその恋心を撒き散らすつもりはないのだ。


 瑠姫と銀郎は金蘭が調整した式神だ。たとえ契約者が別でも、金蘭なら存在を封印できる。本来霊気が切れて契約札に戻ってしまっても、また霊気を与えれば式神は復活する。だが封印された場合契約者が何をしようと式神は復活しない。

 これは式神を産み出した者の特権だ。


「珠希ちゃん。大きいお風呂に入ってスッキリした?」


「開放感は味わえました。……わたし、悪女だと思いません?自分のやりたいことを周りに押し付けた結果、日本を混乱させたんですよ?それに薫さんが玉砕することを知ってハルくんに突っ込ませようとしてましたし」


「まあ、私も振られるのはわかってるから。……あのさ。珠希ちゃんが玉藻の前だったとして、やりたいことを我慢しなきゃいけないのかな?神様だとしても、過去にちょっとやらかしちゃったとしても。何でも我慢しなきゃダメ?やりたい放題はダメだけど」


「力を持った者の責任とか、立場とかありますし」


 誰もいないことを逆手に聞きづらいことも聞いてみた天海だったが、返ってきたのはなんてことのない。神様だとか都を滅ぼした大妖狐などでもなく。

 ありきたりな少女の言葉だった。


「一千年前のことは人間全体に原因があるんじゃないの?魑魅魍魎とか呪詛って人間が産み出したんでしょう?」


「そうですね。陰陽術という妖を倒せる力を持ったという傲慢さ。五神を制御できるという慢心。神の力のスケールダウンである万能の力を手にしたという優越感。そういったものが時代の貧富や才能のあるなしを比較させて心に亀裂を産んだ結果が鳥羽洛陽です。人間だけの問題じゃありません。時代を見誤った神の責任でもあります」


「誤ったって……。調停者として最高峰だったんでしょ?安倍晴明は」


「それはもう。他に適任が一千年出ないほどに。……とはいえ、あんな幼少期に頼まなくても良かったんですよ」


「え?」


 天海は言葉の意味がわからなくて首を傾げた。もし時代が混沌としていたら、テコ入れは早い方が良いというのは常識だと思っていたからだ。傷が深くなる前に、早めに修正した方がいい。焦ってもまずいが、致命的になる前に手を入れられるなら入れるべきだ。

 それは人間の教育でも同じことが言えるだろう。スポーツや習い事、勉強でもいい。早めに始めさせれば才能が開くのが早いかもしれないし、興味を持ちやすくなるだろう。年齢が過ぎ去ってからあれこれやりたいと手を出すのは難しい。


 陰陽師がまさしくそれだ。できるなら中学までになりたいと考えて高校・大学で学んだ方がいい。そうでもないとプロになるには厳しく、アマチュアで止まるか、なれても四・五段が精々になりやすい。

 時間がある学生のうちに基礎を固めることが大事だという考えがあるからだ。


「安倍晴明は人間と妖の間に産まれた半妖。妖の寿命は数百年から一千年では尽きません。母である葛の葉様も名の知れた大妖狐ですから、晴明の寿命も一千年は優に超えたでしょう。焦る理由はなかったんです」


「ああ、そういうこと……。寿命の問題がないなら、確かに急がなくてもいいね」


「わたしが急いでしまったために、星の命運もだいぶ確定されました。もしあそこまで急がなければ、だいぶ違った未来もあったと思いますよ?例えば陰陽師がここまで残らなかったりとか、魑魅魍魎が絶滅しているとか。──逆に人類が滅亡していたりとか。まあ、たらればです」


 さしもの晴明や玉藻の前の眼を持ってしても、並行世界の観測はできない。確定された過去や未来の断片なら視ることができるが、未来の場合は様々な角度からやってくる情報の統計でしかないため、視る角度によっては情報が間違っている可能性もある。

 そこまで万能ではない力だ。


 そして星の命運の確定。これは星の中でも特別な存在が起こした行動によってほとんどの可能性が狭められることを指す。確定とはいえ若干の幅はあるが、ほぼ一本道になる。存在の生死までは確定されずとも、星が辿る命運はほぼ定められる。

 過去、この星が辿った決定点は数個。


 一つは原初の人間が産まれ、男女の内男だけが早死にしたこと。

 一つはラグナロクが星の余波の及ばない位相で行われたこと。

 一つは玉藻の前が、世界を見ても太陽の写し身たる存在が人間になろうとしてしまったこと。

 一つはとある吸血鬼の混血児を、星が愛してしまったこと。


 それ以外にもいくつかはあるが、今の世界を産み出した大きな要因はこの辺りだ。これらのせいで魔術は今でも細々と受け継がれ、ラグナロクからハブれた異形の者が生存し、陰陽術という魔術とは別個の神の権能もどきが溢れ、星は満足して長生きをやめた。

 玉藻の前の行動は一見日本のことにしか関わっていないように思えるが、この影響は世界的に大きな傷跡を残した。


 神は容易に地上に力を貸さなくなったのだ。彼女の死を知って。人間への施しも天罰も与えることなく、ひっそりと自分たちの住処に隠れ潜んだ。そして時たま世界を覗く程度に留めたのだ。

 人間が、神々にとって。愛する存在でも、玩具でもないと。ただ下界に住むだけの生き物だという認識になったのだ。


 もちろん、そんなこと関係なしに好き勝手生きる神もいたが、玉藻の前は太陽を司るテクスチャでも最上位の最高神。それが人間に恋をして人間のせいで罵られ、人間のせいで破滅したと知れば人間を畏怖する神も複数出てくる。

 そういう意味では、世界に与えた影響は先ほどの四つに並ぶ出来事だ。


「そう、たらればなんですよ。わたしが悩んでいたことも、もう変えられません。……それにもう一つ塞ぎ込んでいた理由は祐介さんのことです」


「住吉君?」


「殺生石を奪うまでは、たとえ土御門の間者だとしても問題ないと思ってたんです。土御門を潰してしまえば、住吉祐介という土御門に関わらないただの人として、ハルくんの親友としてそのままの関係でいられたんです。ですが彼は殺生石を手にして、その心の闇と殺生石の呪詛が適合してしまった」


 相性が良すぎた、ということだ。祐介の土御門への憎しみが、殺生石が溜め込んだ呪詛に適合してしまった。それによって寿命を引き換えに祐介の呪術も陰陽師としての才能も、たった二ヶ月ほどで急成長してしまった。

 祐介が長生きするつもりがなかったことが、余計に拍車をかけた。


「もし祐介さんが殺生石を身体に埋め込まなくても。あそこまで適合してしまえば殺生石は祐介さんの願いに応えます。祐介さんの心が産み出す呪詛を回収するという殺生石としての能力は、宿主としてこれ以上ないほどの相性です。そして力を求めるという渇望も、呪詛を抑え込もうとする意志も。何もかもが相応しかった。……金蘭ちゃんでも、祐介さんの失った寿命は戻せません」


「もし、殺生石を身体に埋め込まずに破壊できたとしても。住吉君はどれくらい生きられたの……?」


「一年保つかどうか、でしょう。埋め込んでしまったら、あの五芒星の術式を使う前だとしても保って一週間。そういう、劇物なんです。アレを破壊できるのは完全に力を取り戻した晴明だけですから、あの段階では処置できませんでした」


 そこまで言い切って、珠希の声が聞こえなくなる。天海も言われたことを噛み締めながら考えつつ横を向くと、珠希の瞳から涙が溢れていた。

 たとえ嘘をついていようと。本当は敵だったかもしれなくても。

 祐介は間違いなく、グループの一員で友達だった。その一人が抜けてしまったことに、悲しむ心は当然あったのだ。


「本当に、バカですよ……!殺生石を用いた玉藻の前の復活?呪詛の根源の打倒?そんなの、人間を絶滅させるか、龍脈と霊脈を全部破壊しない限り無理なのに……‼︎」


 土御門光陰がやろうとしていたこと。それを実際にやるにはどうすればいいか。その試算が、やり方が、解決方法が。全て間違っていたために起きた悲劇。

 それに巻き込まれた、被害者。


 今珠希が言った手段を実行できる人間は存在しない。それはもう、人間の精神性を凌駕している。たとえやろうとしても、やりきる実力もないだろう。

 そんな実現不可能なことを思いつかなければ救えた命。残った日常。

 すでに空いた心の孔は、埋められない。


「住吉君のこと、バカって言わないで。だって、そうしないと生きられなかったんでしょう?母親を人質に取られて、従うしかなかったんでしょう……?そんなの、悲しすぎるよ……‼︎」


 天海もここ数日、土御門家について調べていた。風水を使って陰陽寮に忍び込み、これまでの一連の出来事については全て把握していた。

 祐介の事情を知って。だからこそどうにかできなかったのかと超常の力を持つ金蘭に八つ当たりをした。天海だって祐介のことは好いていた。それが今や友達としてのものなのか、それとも別の意味を持っていたのかもわからない。わからなくなってしまった。


 鼻の奥がツンと来て。天海は隣の珠希に抱き着いていた。

 そのまま二人は、誰も近寄ることがないために涙の大合唱をしていた。誰に憚ることもなく、ただただ声を上げ続けた。

 湯船に身体の大部分が浸かっているはずなのに。お互いを抱きしめているというのに。



 なぜだかずっと、冷たさを感じていた。



明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。


次は二日後に投稿します。

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