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陰陽師の当主になってモフモフします(願望)  作者: 桜 寧音
9章 継承、遺されるもの
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2ー2ー3 踏み出した一歩

激白。

「珠希ちゃん。……私、明君のことが好きだよ。もし彼が地獄へ歩むなら、付いて行くくらいに」


「知ってましたよ。おそらく中学時代からハルくんのことが好きだって」


 天海の告白に、冷たい声で返す珠希。

 珠希からしてみれば、それはなんて事のない事実だった。むしろどれだけの女の子が明に懸想してきたか、今までのことを考えれば不思議なことではない。

 それに天海は明と珠希に近過ぎた。近くで接すれば相手の感情も透けて見えるというもの。明は気付いていない可能性が高いが。


 考えてみれば、だが。

 安部晴明の直系であり、その本家の次期当主として内定していて。陰陽師としての能力もズバ抜けていて。高名な式神を複数使役していて。

 ルックスも良く、背丈も平均よりは上。学校の成績も悪くなく、コミニュケーション能力も難がなく。将来も安定している。

 しかもここに、天海の場合父親の命の恩人が加わる。これで好きじゃなかったら、他に良いと思える男性をしっかり見付けていなければおかしい。この半年以上関わってきてそんな男性もいなかったら確定だろう。


「ハルくんのこと、好きなら告白してどうぞ。薫さんが想像するような悪人ではないことは保証します。地獄にはおそらく行かないでしょうけど、苦労するとは思います。普通の人間では」


「普通の人間では?どういうこと?……難波君が半妖だから?」


「そういう側面もありますが……。ハルくんとは普通の幸せを共有するのは不可能だからです。今までは難波明という人間として生きてきましたけど、これからはそういった個をなくす機能(システム)的な生き方をするでしょうから」


 珠希の説明に天海は首を傾げる。まるで意味がわからなかったからだ。

 日本語で言われているはずなのに、脳が理解を拒んだ。一つ一つの言葉を分解して意味を考え直しても、結論が出てこない。

 それほどに「普通の感性」に浸かってしまった天海では理解に乏しい説明だった。


「ハルくんは人間の代表である陰陽寮のトップになるわけじゃありません。日本の、森羅万象全ての折衝を行う調停者になります。日本の守護者とも言えます。それは人間のための立場ではありません。日本という概念を守る絶対の統治者になることを指します」


「……どういう、こと?私、何か聞き逃した……?」


『いいや。お前が世界の在り方を理解していないだけだ。この日本には人間以外にも生き物がいる。動物、自然もそうだが、魑魅魍魎も妖も、神もいる。全ての存在が共存する国にしなければならない。この国は、人間だけのものじゃない』


 珠希の説明に、ゴンが口出しをする。

 今を生きている人間は神の存在を最近、再び認知した。妖については知っている者は僅かだった。当然それでは、神や妖のための国造りなどできない。思考の外だったのだから。

 そんな状態になってしまった日本を、明は建て直さなければならない。人間だけに構っていられるほど、この国は正しい道を歩んでいなかった。


「明様はこの世界で唯一、それが成し遂げられる方。半妖という精神性、物の捉え方。その能力。どれを取ってもあの方以上の調停者はいらっしゃらない。……そういう、呪いがかけられているのよ」


「呪い……?」


『別名祝福ニャ。神に見初められて、神に謁見を認められた存在。古くは神子(みこ)や神官と呼ばれるような役職ニャンだけど。現代日本には……いや、この一千年を遡ったとしても坊ちゃん以上の適格者がいないのニャ』


「法師や、瑞穂さんじゃダメなんですか?」


 天海は現状陰陽師として優れているのはその二人だと思っていた。日本を見てとってもあの二人以上の陰陽師はいないだろうと。

 明の霊気の上昇っぷりと、目の前の珠希から感じる尋常じゃない霊気を肌で感じても、そう考えていた。人生経験というか、積み重ねた年月が違うだろうと。

 その、ある意味明の道を決定づけているような口調を否定したくて出た願いは、呆気なく否定される。


「あの二人はダメです。法師はまもなく寿命で亡くなりますし、瑞穂さんはあくまで代役。あの人は麒麟には認められていますが、神が認めた代行者ではありません」


「神様が、そうなるように難波君の運命を弄ったってこと?」


「そうです。日本最高神たる天照大神が、彼を選びました。人間と妖の精神性を理解する半妖の少年。そしていざとなれば人間も妖も神さえも殺せる、最終防衛機構。それを成し得る心と力を持った少年だからこそ、神々は選びました。もし滅ぼされるなら、彼が良いと」


「……何、ソレ」


 天海は中学から数えて三年半近く明と接してきたつもりだ。妖は人間に害する存在だとわかるので倒すにも躊躇しないだろうと思っていたが、半分は同じ人間を、これまで生活してきた人間を殺せる精神性というのは全く理解できなかった。

 そして、神々の思考も。自分たちを殺すために選んだというのはどういうことか。


「ハルくんは、人間を殺せますよ。その人間を生かした結果多くの人が悲しむのであれば。神々に迷惑がかかるのであれば。妖が嘆くのであれば。躊躇なく殺すでしょう」


「そんなはずは……!あの優しい難波君が、人を殺すなんて……!」


「殺すのは最終手段だとしても、です。……いえ、訂正しましょう。人間は殺さないかもしれません。ハルくんに敵う人間はいないので、徹底的に無力化しておしまいかもしれません。人間はそれで済むかもしれませんが、妖や神は強大な存在なので、おそらく殺すでしょう。それを躊躇ったりはしないはずです」


『神々だって間違えるからな。その引き止め役として明は選ばれた。神と対峙するには完成された精神性と力が必要だ。それを持っているのが明になる。自浄機構ではなく、一歩引いた外側に安全装置を置いたわけだ』


 人間である明が人をおそらく殺さないだろうという説明で安堵の息を吐いた天海だったが、そこが根本的にズレている。

 明は正しく、人ではない。半分は確実に妖であり、純粋な人間とは異なる。

 だから人間生活に適応しない。価値観が合わない。一歩外から感慨を覚える。視点が俯瞰的になる。

 そんな神の如き眼を持った、神ではない者。

 だからこその、最終防衛機構。


「あなたが納得する必要はないわ。私たちも納得していない部分はあるもの。とにかく大事なことは、人間としての感性だけで明様と関わると、致命的な行き違いを感じることになる。それを明様もわかっているわ。だから大変ねって話。あなたは珠希様とも仲が良いからここまで踏み込んだ話をしてあげたわけだけど」


「……もう一つ、教えてください。力があったとして。心が凄かったとして。その加護を難波君に与えたのは、そう選んだ神々は何を考えているんですか……?もしそんな神々に都合の良い存在だったとしても、自分たちだって殺されるかもしれないのに……。そこまで人間を、信用しているんですか?」


 その質問に、一同が静まる。

 その答えは、簡単だ。全員知っていたが誰が口にするのかという問題になった。

 結果として、現状神として活動しているゴンが口を開く。


『まあ、殺されても良いと思ったんだろ。何せ最高神が選んだ存在だ。太陽を司る全ての母。神々の中でも一つ上の存在だ。そんな存在が殺されても良いと思う存在。……なんだ。平たく言うと、明に惚れたんだよ。最高神が』


「……はい?」


 予想だにしない答えとはこのことか。最終防衛機構に抱いたのは恋心。そんなこと、これだけ壮大な話をしておいて行き着く先だとは思いも寄らなかった。

 それが、人間としての「普通の感性」。


「そのままよ。この人ならきっと私たちを止めてくれる。愛してくれる。神ではないのに同じ目線に立てる。そう望んでしまっただけのこと。で、神々からしたら最高神を射止めた存在なら殺されるのもやぶさかではないってお祭り騒ぎ。神々からしても、よほどのことをやらかさない限り殺されることはないわけだし、むしろ最高神の見合い話に浮かれたのよ。それだけ」


『事実面白かったんだろうニャア。人間なのに神々に手を下せる存在。仕事を手伝ってくれる勤勉さ。人間を導いてくれる丸投げ感。優良物件すぎるのニャ』


『他の神々からしても都合が良かったんだ。それに天照大神が家出をするほどのゾッコンぶり。都合が良くて面白かったら応援する。神なんてそんなもんだ』


 神々もなんだかんだで享楽的ということ。そしてそんなことで押し付けられた使命だが、存外押し付けられた側が真剣にそれを成し遂げようとした。

 たったそれだけの、恋のおはなしなのだ。


「……勝手すぎません?」


「ええ、勝手ですよ。勝手に一目惚れして。勝手に家出して。いきなり使命を押し付けて。そのまま隣にいようとする身勝手さ。身体は人間に似せても、心は神のまま」


「珠希ちゃん……?」


「全部、わたしのワガママだったんです。人間のように恋をして、日本をその足で歩きたくて。人間のように歳を重ねて、妖のように奔放に生きてみたい。そんなワガママだけのために人間と妖の中間のような身体を産み出して。ただ彼と同じ姿をしたくて。夢を見るための一度きりのワガママだったんです」


 その独白が真に迫っていて。

 誰かの代弁ではなく、まさしく彼女の心が溢れてくるようで。

 その濁流は、止まらない。


「神としての力を制限して、同じ目線に立とうとしてみっともない小細工をいっぱいして。束の間の幸せと神としての使命を果たして。ああ満足したって。その大切な記憶を持って夢はおしまいってなるはずだったのに。

 わたしが、台無しにしてしまったんです。土地神ならまだしも、最高神の分身体が地上に降りてきて、何も影響がないはずがなかった!人間じみたことをたくさんして、陰の気が強まるのは当然だった!太陽なんて、陽の象徴なんだから、そうなるのもわかっていたのに!

 わたしが幸せになるための代償を、一度どころか二度も払わせて!一千年も法師や金蘭ちゃん、吟ちゃんに費やしてもらって!今もセイに無茶をさせて、また長い時間無理をさせる‼︎

 そんな因果をわかってるのに!ただ隣にいてくれて、笑ってくれて、赦してくれて。それに甘えてるわたしが許せない……!」


 まさしく慟哭と呼べる叫びだった。

 ここのところ抱えていた心のつっかえ。依存してしまっている心と、それが許せない自罰心。それが織り混ざって部屋から出られなかった。

 こういうところは天岩戸(あまのいわと)に隠れた時から変わらない。


「……そっか。だから珠希ちゃんは九尾なんだ。じゃあ難波君は……。そっかぁ。勝てないなぁ」


 その告白で全てが繋がったのか。天海はストンと納得できてしまった。

 なんと長い恋の話だろう。なんて醜い惚気だろう。なんて酷い独占欲だろう。

 それでも珠希の恋のおはなしは。

 キラキラと輝くただの少女の物語だと。

 そう思えた。


「珠希ちゃんも、案外難波君のことが見えてないね?」


「……なんですか。藪から棒に」


「いやいや。だってどれだけ難波君が珠希ちゃんのこと愛してると思ってるの?あれは恋なんか飛び越えて愛だよ?そんな運命だとか義務感だとかそういうので好きになったわけじゃないでしょ。難波君は本心から珠希ちゃんのこと好きだし、そういう前のことなんて気にしないと思うよ?」


『おう。言ってやれ天海。いつまでウジウジしてるんだって。明に直接言われてもこうやって引き篭もってるんだぞ?女どもは珠希の味方で甘やかすし。さっさとこの面倒な奴引っ張り出せ』


『クゥちゃん酷くない?あちしたちだってどうにかしてたニャ』


「そうよ。ただ明様の味方でもあったからどっちつかずだっただけで」


『ダメじゃねえか。それに金蘭は下心透けて見えるんだよ』


「それを言ったら戦争よ?」


 式神たちがわーぎゃーとドタバタし始めるが、そこは体格さと陰陽術の実力差、そして数の差か。あっという間にゴンは縛られて金蘭によってお手玉にされていた。悲鳴が出ないように口にも縛り紐をしている。


「ま、引き篭もりは身体に良くないし、難波君に甘えるのが嫌だって言うならさ。私とかに愚痴ればいいんじゃないかな。というわけで珠希ちゃん。大浴場行こう?」


「……え?……そうですね。薫さんが面白い踊りでも見せてくれたらいいですよ」


「踊りいる?」


「冗談です。……ハルくんに心配かけすぎるのもダメですし。成長しないなあ、わたし」


次は三日後に投稿します。三が日はゆっくり休ませてもらいます。

良いお年を。


感想などお待ちしております。あと評価とブックマークも。


それと。明日の朝六時に一つ新しいタイトルの小説投稿予定です。

初日の出のついでにでも覗いてみてください。

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