2ー2ー2 踏み出した一歩
確認。
天海はこの数日間、悩んでいた。
それなりに親しく、告白もしてくれた住吉祐介が悪事に加担していたこと。そして今どうなってしまったかということ。
自分の父親を呪術で洗脳して蠱毒という禁術を使わせた犯人がわかったのと同時に逮捕されたこと。順調に自白しているようで、父の冤罪は晴らされるということ。
学校の中庭を最後の起点とした京都丸ごと巻き込んだ大呪術。
それを行なった者と阻止した者。
阻止した人物たちの、おかしな言動。そして変わってしまった風貌。
事件の後に自室で行なった風水で感じ取ったもの。それの確認のために珠希の部屋を訪れたと言ってもいい。
事件の際隠そうとしていたが、それなりに近い距離にいた天海はその変化を見てしまったし、風水が使える感受性からわかってしまった。
珠希の、在り方に。
ノックをして数秒ほど、部屋の中から返事があった。
「……どうぞ」
珠希の声はだいぶ沈んでいた。宿泊学習の後から体調を崩していたが、そういう身体の不調によるものではなく精神的な不具合だと気付く。
許可をもらったことで扉をくぐる。
中は天海の自室とさして変わりがない。三年間過ごす部屋だからと模様替えをする生徒もいるが、天海も珠希も、部屋の中をそこまで弄っていなかった。そのためパッと見だけは変化が見られない。
ただ、天海の部屋と大きく変わることは同居人の存在だ。天海は常時展開している式神がいないので部屋では一人だが、この部屋には主人以外にも三人の存在が同居していた。それが一時的とはいえ、異様なことだ。
この部屋は一人暮らしする分には中々に広いが、数人で暮らすには狭い。その内の一体が子狐であるために、そこまで手狭でもなさそうだが。
狐であるゴンに、珠希の式神である猫の瑠姫。先日の事件で初めて見た、明に忠誠を誓っている絶世の美女。
そしてベッドに座っている──。
「……珠希ちゃん。その姿……」
「もう、隠す意味もないかと思って。ハルくんもバラしちゃいましたし。薫さんならもういいやって」
ベッドに腰掛けているのに、珠希の背中側には長く太い黄金色の尻尾が九本、存在した。ゴンの尻尾よりも優雅で可憐で。神秘的な様相すらある偉大な尾。
その尾と同じく、珠希の上頭部にはこれまた黄金色のイヌ科の耳が天を向いていた。人間の耳も別にあり、人間の珠希とはまるで別なもののようにも見えた。
難波家の人間と、極少数しか知らない、珠希の本当の姿。
事件の際一瞬見ただけだったので確信が持てたわけではなかったその姿。風水でもなんとなくわかっていても、ここまでの神々しさは把握していなかった。
「狐憑き……?いや、難波君と同じ先祖返り……?」
「どうでしょうね。前例がないとは思いますけど。……それで、お話って何ですか?」
「様子を見たかったってことが一つ。学校にも来られないほど悪いのかなって。もう一つは、難波君がこの後やろうとしていることが聞きたくて」
「……ハルくんには聞けないから、わたしの方に来たんですね。学校なんて、どうでもいいじゃないですか。どうせハルくんは滅多に顔を出さないんですし。学ぶことも、ありませんし」
珠希は大きく溜息をつく。天海の言葉はどちらも真実だとわかったが、大きな目的は後半だとわかった。
彼女が懸念している理由は明と珠希の力が更に増したこと。そして吟と金蘭という強者が一味に加わったこと。法師と和やかに会話していたこと。この辺りから法師のように何かやらかすのではないかと不安に思っているのだろう。
「ハルくんのことは心配しなくていいです。これからは真っ当に陰陽寮を率いていくだけですよ。むしろ今までのことが、たったそれだけのための布石です。法師や瑞穂さんが状況を整えてくれましたし、邪魔はなくなりました。後ろ暗いことなんてする予定はないですよ」
「……本当に?……犠牲を容認するようなことをしない?」
その言葉で金蘭が天海を睨むが、他の面々は呆れたような表情を浮かべるだけ。
珠希は眉が少し上がったが、天海がどうしてそんな思考に至ったのか理解してそれを咎めなかった。
「ハルくんを信用していないというより、法師への悪い意味での信用ですね。そういう意味では、多少の犠牲は容認すると思いますよ」
「それを!止めようと思わないの⁉︎」
「無理です。ハルくんも法師も、神ではありません。……むしろ神だと制限が多くて、自由に物事を決められませんね。言い方を変えましょう。ハルくんも法師も、そこまで万能ではありません」
天海の悲鳴に、珠希の冷静な返し。
それを第三者の立場で聞いていたゴンが口を出す。
『珠希、言葉が足りないぞ。……天海。今後明は、法師のような人類を試すために攻撃を仕掛けたり、邪魔をされたからといってよほどじゃなければ殺したりしない。そんな法師の行動も、世界に対する不理解だったり実力不足だったりするんだが……。犠牲というのは、止められないだろう』
「どうしてですか?」
『必要悪ではなく、それが自然の摂理であり、明が人間だからだ。明が陰陽寮のトップになることで、プロも学生も含めて、全ての陰陽師の責任を取る立場になるわけだが。妖や魑魅魍魎との戦いで死者が出ないなんてことはありえない。例えば北海道で百鬼夜行が起こって京都にいる明が対処できるか?珠希が言いたいことは、そういうことだ』
実際は、今の明ならすぐさま日本どこにでも跳べるだろう。そして百鬼夜行程度ならすぐに鎮圧できる。大抵の妖相手でも、問題なく対処できるだろう。
だが、そこまではしない。それは人間が明に全てを任せかねないために。いつでもどこでも、明に縋ってしまうために。
それでは平安の世と同じだ。だから崩壊した。
同じ過ちを繰り返さないために。人間の自立を促すために。
誰もを救う偶像の救世主──神になるつもりはなかった。
「じゃあ、何で……友達の住吉君は助けなかったんですか?」
『明は止めたぞ?祐介と一対一で戦って、明が負けただけだ。法師が祐介を救う理由はないし、金蘭もそういう命令があったわけでもない。あれは、祐介が選んだ道だ』
「本当に、あなたでも助けられなかったんですか?」
天海は知らん顔をしている金蘭へ目線を向ける。
その美貌と、豊満かつ絶対的なバランスが取れている黄金比を保った女性が陰陽師として頭抜けていることは天海も把握していた。ともすれば、日本で最高の陰陽師ということも。
そんな金蘭からの答えは、否定だった。
「助けられたでしょうね。五芒星の術式が発動する前なら、彼を捕らえて牢屋に入れておけばいいだけだもの」
「……何で、動かなかったんですか?」
「動く理由がなかったからだけど?」
金蘭からすればそれだけだ。
たとえ難波が管理する殺生石を盗んだ犯人だとしても。明を裏切っていたとしても。土御門と繋がっていたとしても。
明にも法師にも、頼まれなかった。それだけで終わってしまう議論だった。
「明様を害する人物であったとしても、ご友人であらせられても。明様が私に助けを求めたかしら?法師がそうしろと命じたかしら?珠希様が何をしてでも救えと仰ったかしら?法師のような陰謀論はないわ。主人たる方の人間関係に、全て口を出すのが正しき従者の姿と言えるのかしら?」
「だって、難波君の友達ですよ⁉︎」
「私も、神ではないから。大人だからと、従者だからと。全てのことに手を出し、因果を変えて都合のいい世界を作るなんてことはできないの。あの結果を選んだのは明様と住吉祐介本人よ。彼らの心を否定するのは、彼らの存在そのものを否定することなのだから」
覚悟を決めた人間の生き様を、友達は仲良く。これから統べる明には必要だからと捻じ曲げることが正しいのか。それは道理として正しくはないと彼女たちは考えた。
そして明だけに優しい世界を創ってしまえば、そのしわ寄せが必ず来る。明に剥くのか、世界に剥くのかわからないが、それでは彼女たちが掲げる天秤が崩れることを指す。
祐介を救うには土御門と縁を切らせるか、最悪殺生石を盗まずにいられればまだ手の差し伸べようもあっただろう。だが、殺生石を盗んだ者が祐介だとわかっていても明は改心することを願った。法師はその状況を利用した。
それが先日の事件の行く末だ。
そもそも、明と珠希という存在が既に例外中の例外なのだ。その周辺を動かすことは神と法師以外がすれば世界の位相がズレ、どうなるかわからない。
そういう世界の真実を知っているからこその対応でもあった。
「あの二人はお互い、納得して戦った。それでおしまいの話よ。……いくら力を持っていても、守るべき秩序はあるのよ。むしろ力があるこそ、守らなくてはならないことが多いわ。後からこうすれば良かった、ああできたと言うことはできても過去は変えられないわ。後悔を胸に、前に進みなさい。そんなに悔やんでいるなら、彼を降霊して式神にすればいい」
『それが解決になるかはまた別の話だな。……天海。明に聞けなかったのは怖かったからだとしてもだ。本題は祐介を助けられなかったことじゃないだろ。明が変わったことに対する恐怖の確認と、何だ?』
ゴンが真意を問い質す。
天海は明の変化から、法師と手を組んでしまったことから精神構造が悪に偏ってしまったのではないかと危惧した。その変化から珠希は引き篭もってしまったのではないかと。
そうではないらしいことがわかって。天海がやるべきことは後一つ。
珠希に対する、宣戦布告だ。
「珠希ちゃん。……私、明君のことが好きだよ。もし彼が地獄へ歩むなら、付いて行くくらいに」
次も二日後に投稿します。
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それと。元旦朝6時に一つ新しいタイトルの小説投稿予定です。
初日の出のついでにでも覗いてみてください。




