5-2-1 新天地では、やることが山積み
入学前の確認。
「ようこそ国立陰陽師育成大学附属高等学校へ。校長の伏見忠弘だ」
俺たちが来ていたのは通うことになる高校の校長室。対面の立派なソファーに座っているのが先程も推薦合格者向けの説明会で見た校長。五十代くらいの良い年したおっさんだ。
ここに通されているのは俺とミクの二人だけ。もう一人、校長から話したいことがあるという言伝を受けて案内してくれた女子生徒だけだ。
その女子生徒も今一礼して退室してしまった。
「初めまして。難波家次期当主の難波明です」
「難波家の分家、那須珠希です」
「うむ。掛けてくれ。君たちには話しておきたいことがある。珠希君の体質についてだ」
やはりか。俺たちがわざわざ呼ばれて話があるなんてそれか俺の立場くらいしかない。俺とセットで呼ばれたのは俺がミクの主だからだろう。
「狐憑き。これは本校の教師には全員通達している。あとは生徒会だな。こればっかりは了承してくれ。何かあった時に庇えなくなる」
「それは大丈夫です。中学の時もそうしていたので」
悪霊憑きを学校側へ隠すようなことはしない。むしろ知っていてもらうことで、不測の事態を想定してもらう。悪霊憑きは堕ちる所まで堕ちてしまうと憑かれた存在に変質してしまう。だからこそ、悪霊憑きは嫌悪されて危険視される。
産まれてきた我が子が人間ではない存在に侵されているということもそうだが、対処方法を間違えたら人間ではなくなってしまうとなれば世の親は狂乱するだろう。悪霊憑きは捨て子にされ、気付かぬ内に魑魅魍魎へ姿を変えて討伐されている、なんて話もあるほどだ。
もし堕ちてしまったら討伐させてもらう。そういう誓約書にサインするために今この場に来ている。
校長の手から、誓約書が出てきて安心してしまったほどだ。
「では内容をよく見て記入してくれ」
「はい」
内容を確認すると、悪霊憑きに関するものに対する文章としては当たり前のことばかりだった。特に隠された密約などもなかったために俺とミク両方の署名をする。
書類を返すと、満足したように頷く校長。
「ありがとう。これで珠希君の入学にも問題がない。今日の主目的は終わったが、他に聞いておきたいことや話しておきたいことはないかね?」
「では二点ほど」
こんな機会、二度とあるかわからない。ならば聞いておくのが筋だろう。
「案内してくれた女子生徒。……あの人、この学校の生徒ではありませんよね?あんな霊気の人間が高校生のはずがない」
「半分正解だ。彼女は来年君たちと同じく入学する大峰翔子という。実年齢は二十歳だ」
見た目だけならたしかに高校生で通りそうなのに、二十歳とは。日本人は外国人に比べて若く見られやすいとは聞くが、日本人の中でも若く見られるなんて。地毛と思われる茶髪も霊気の影響を受けているであろう翡翠の瞳も、見た目だけなら確かに同年代とも思えるけど。肝心の霊気がダメだ。
あんな同年代居てたまるかという想いで質問したのだが、当たっていて良かった。父さんと同等の霊気を持った同年代なんて、会いたくもない。
「何でそのような人がわざわざ再入学を?」
「どういったわけか、今年の入学者たちには安倍晴明の関係者が君たちを除いて現段階で二人も入学してきてね。土御門の次期棟梁筆頭と、賀茂の次期当主内定だ。これには呪術省も何かあったらまずいということで彼女を派遣したわけだ」
依怙贔屓だ。自分たちの息子に何かあったら困るからと権力を用いて護衛をつけるなんて。腐っている。
「ただの大学生、というわけでもないのでしょう?」
「うむ。君たちも四神のことは知っていると思うが、彼女はその四神の頂点に立つ者だ」
「……表向きは、朱雀の方が四神のまとめ役でしたよね?」
「ああ。だが現実は異なる。そもそも方陣の起点は五箇所あるのに四神とは妙なものだろう?」
校長の言う通り、世間には四神という存在が陰陽師の頂点とされている。だが、そこに中央たる麒麟門は含まれていない。一番重要と言っても良いものが含まれていないのはおかしな話だ。
そこから考えられることは一つ。
「彼女こそが、当代の麒麟だ」
「たかが名家の御曹司の護衛に当代最高戦力とか、呪術省は莫迦なんですか?」
「そう言ってやらんでくれ。麒麟は存在が隠されているために表立っての行動はできない。それにいつも京都にいるために地理的にも問題なく動けるし、ただ魑魅魍魎狩りをやらせるよりは有意義だと思ったのだろう」
そうは言われてもこんな超法規的な措置を取っている時点でおかしいだろう。権力を笠に着るとこうも傲慢になるのか。
「でもそんな若さで麒麟になってしまうなんて、大峰さんはすごい陰陽師なんですね」
「彼女は高校生の段階で麒麟になった申し子でね。……とはいえ、麒麟は他の四神に比べたら就任するのは若い。先代の麒麟も就任したのは高校を卒業する前だったよ」
「……麒麟はそんなに多く代替わりが起こるものなんですか?校長は前の麒麟も知っているかのような口振りですが」
隠されている存在とはいえ、陰陽師の頂点だ。特に四神の出動命令なんて百鬼夜行が起こった時などの危機的な災害時のみ。その上を行く存在がそんな簡単に代わっていいのだろうか。
それが優秀な者が台頭してきたからだというのであれば何も問題はない。
それだけ日本には優秀な陰陽師が溢れかえっていて、どんな災害にも対応できるのであれば安心して過ごせる。ぶっちゃけ俺やミクは霊気の量は他の陰陽師よりも飛び抜けているとは思うが、戦闘向きではない。平穏に過ごせることに越したことはない。
だが、逆の場合。何らかの理由で代替わりを早急に行わなくてはならなかったとしたなら。その理由が何であれ、日本は終わりへ向かって行くだろう。才能ある陰陽師が闇へ消えていく。陰陽師という存在があってこそ成り立っている国の在り方だというのに、その根幹が崩れていくのだから。
もし後者だった場合。最悪海外へ行くことも考えなければならない。芒とか文化とか、好きなものは数多くあるが、滅びの道を一緒に歩む意味も理由もない。惜しむものはあっても、日本を捨てることに躊躇はない。
校長も話していいものかと逡巡していたのだろう。俺が長く考えていてようやくうなずいてくれた。
「先代麒麟はウチの学校の卒業生でね。麒麟になりますと報告に来てくれたよ」
「……その方は今?」
「さてね。麒麟になったら個人情報も連絡先も全て抹消される。大峰翔子クンも実のところただの便宜上の名前だ。本名じゃないよ。私が彼について知っているのは三年前に大峰クンが麒麟になったために、彼が麒麟じゃなくなったということだけだ。生きているのかどうかすら知らないよ」
「そうですか……」
なんとも胡散臭い話だ。呪術省は何を隠しているのか。
事実、大峰翔子という人物の霊気は本物だ。戦闘能力がそれに追随しているかはわからないが、四神の上を行く存在だというのは一応納得がいく。
ただ、その四神の任期は約十年だ。引退する時もほとんどが怪我や歳が理由。四神はたまに空席もあり得る。一騎当千の実力を誇るが、だからこそ為れる者が少ない存在。その四神ですら空席が起こるのに、その上の存在のはずの麒麟が短い期間で二人も就任している。
これを作為的だと疑わないでおくことの方が難しい。不可解すぎる。
「ああ。麒麟のことは内密に頼む。その存在すら公表されていないからな。君たちは護衛される側だから話したが、先代のことなども含めて他言無用だ」
「わかりました」
「では、もう一つは?」
次も三日後に投稿します。




