2ー1ー1 踏み出した一歩
招待。
父さんたちは近くのホテルに泊まるようで、会議が終わった後は少し会話して別れた。寮に俺が住んでるんだから両親を泊めるわけにはいかない。こういう時寮生活って不便だ。
普段だったら学校が近いとか、食堂があるとか便利なんだけど。陰陽寮を率いることになったら一々学校に戻って来るのは面倒だ。父さんに言って一人暮らし用の部屋を借りるのも考えておこう。通学の割合が減るのに寮は面倒しかない。
陰陽寮で主に活動するなら、いつどんな場面で呼び出しがかかるかわからないから学校のような警備がしっかりしているところだと面倒なんだよな。結構抜け出したりしてるけど、一々方陣に干渉するのがめんどくさい。
一人暮らし、真剣に考えとこう。
学校の寮に戻ってから気付いたけど、俺たち夜ご飯食べてない。こんな時間にやってる飲食店なんて京都といえどもないし、父さんたちはホテルのルームサービスで食べるだろう。
俺たちは、コンビニか寮のご飯か。二人に聞いてみるか。
「吟、銀郎。ご飯コンビニか寮か、どっちが良い?」
「可能なら暖かいご飯が良いですが」
『右に同じく。それにコンビニご飯はお手軽ですが、化学調味料が満載であんまり好きじゃありません』
銀郎は狼だもんなあ。人間と同じようなものを食べていても、化学調味料とかは敬遠したいものなのだろう。俺だってコンビニご飯は好きじゃない。
瑠姫と母さんによってかなり味覚は鍛えられてるからな。今更コンビニのご飯じゃ腹は満ちても舌は満足しないんだろう。俺もさっき久しぶりに食べたけど、味気なかった。満場一致で寮のご飯だな。
学校の方陣を壊さないようにすり抜けて、人目がつかないように隠形を使って寮の中へ。俺たちって基本外出申請を出さないまま外に行ってるからな。この辺りの規則を破るところは中学からまるで変わってない。
いつもはゴンに任せてたけど、このくらいの方陣なら俺でも問題なく改変できる。というか、京都にかけられている方陣にも干渉できるんだから、これくらいは朝飯前というか。
寮の食堂はそこそこ賑わっていた。夜の十時、あと一時間もすれば閉まるはず。本来夜の食堂は夜に実地訓練がある人が利用するくらいなので、利用者は少ない。でも今日は短縮日課なため、利用している人が多いみたいだ。
こういう日って実習とかもなくなるから、逆に暇で、いつもの習慣で夜更かししてしまってこんな時間なのに混んでいるのだろう。
売り切れとか言われないように、さっさと食べることにする。夜は利用者が少ないからか、メニューも限られていた。朝・昼なら利用者も多いんだろうけど、夜は麺類はやっていないらしい。茹で釜の用意が大変だからだろう。
俺はハヤシライスを。吟がオムライス、銀郎がチャーハン。そんなもので良いのかと思ってしまうが、二人がそれ以上頼まないのは好き好きだ。
空いている席を探していると、一人で食べている桑名先輩がいた。今日は朝からよく会うな。
「桑名先輩。良いですか?」
「ああ、難波君に吟様、銀郎様。どうぞ」
許可をもらったので席に着く。桑名先輩は友達がいないわけじゃないんだろうけど、今日は特殊な日程だったからだろうか。
「桑名先輩。今日は訓練も巡回もなかったんですか?」
「そうだよ。訓練は当分控えることになってる。プロの陰陽師が今総動員で巡回に当たってるからね。『かまいたち事件』や土御門・賀茂両派閥の崩壊、陰陽寮からの離反者。人が減る理由はあっても、増える理由はないよ」
「それで叔父さんが巡回に回ってるんですね。……その上トップに立とうとしているのがこんな若造じゃ、不安になるのもわかります。龍や土蜘蛛を止められなかったんですから。アレらに何も対処できなかった」
勝てないと今でも思う。幾分か力は取り戻したけど、先日対峙したあの三体に敵わないと自覚している。
特にヴェルニカさん。あれ、もう妖とか神とかって尺度を超えてるんだけど?敵対されないみたいだし、今は海外にいるから当分頭から外して良いんだろうけどさ。
「そんなてんやわんやな状況で、僕は訓練できないんだけど。……難波君、陰陽寮を正式に継ぐ気になったのかい?」
「はい。姫さんにいつまでも任せておくのは酷ですから。星斗に補助してもらいつつ、誤魔化しながらやりますよ。姫さんも万能ではありますが、あくまであの人は影から支えることが本質ですから。表舞台で虚勢を張って陣頭指揮なんて、柄じゃないんですよ」
「確かに。あの方は裏から陰謀を企てている方が似合っている。勝手に人々を、気付かれずに動かしているんだ」
どういう評価を受けているんだか。実際桑名家に対してはそんな感じだったのだろう。俺と同年代の先輩を鍛え上げていたようだし、大峰さんのことは利用しまくりだからな。
「かくいう難波君も表立ってというのは苦手なんじゃないかい?なにせ一千年に渡る引きこもりの家系だ」
「裏・天海家も基が同じなので似てしまうのは仕方がないんですが。──やるしかないでしょう。俺、なんだかんだ日本のあれそれ好きですし」
『法師が世界を変えた時に、珠希お嬢さんと一緒に海外に逃げようとしていたのに。よく仰られる』
「あれは冗談だっただろ?海外に当てなんかなかったし、もう選んだ」
銀郎の言葉に苦笑しながら、ご飯を食べ進める。使命感や義務感など色々あっても、やっぱり根幹にはこの日本が好きだって想いがある。そうじゃなかったらこんなめんどくさい国、どうにかしようと思わない。
あの神々と妖を纏められる人が他にいるなら出てきてほしい。……姫さんを除いたら、唯一できそうなのがマユさんなんだよな。本当に彼女は規格外だ。金蘭に匹敵する例外。
後は先代麒麟もそうだけど、あの人はもう陰陽師から足を洗ってる。田舎でゆっくりと過ごしてほしい。それが麒麟と朱雀、そしてその他の人たちの願いだろうから。
「……難波君。姫様はもう、長くないのかい?」
「どこまで聞きました?」
「法師の式神で、法師以外と契約するつもりはないと。そして法師は間も無く、寿命だと」
「事実ですね。……桑名先輩。三日後のお昼から、鴨川に来ていただけますか?俺は早めに行くので、霊気を探って場所を特定してください。そこで術比べを行います」
「……わかった。姫様は僕たち桑名にとって大恩ある方だ。必ず駆けつける」
「はい。お願いします」
桑名先輩にはお世話になっているから事前に伝えてしまったけど。他の人たちはどれだけ気付くことか。観客はいくらかいてもいいけど、多すぎるのは嫌だ。マスコミ辺りは勝手に嗅ぎつけそうだけど。
あと五神は気付くだろう。鴨川という龍脈の上で霊気が興隆していれば、怪しむはず。俺の霊気を知っているマユさんと星斗、それに大峰さんは確実に来る。白虎は妖として来るだろうか。
妖と神々はどれだけ来ることか。両者とも楽しみとか言って来そうだ。神々は御座で優雅に観戦しているかもしれないけど。
ミクもこの術比べには流石に来てほしけど、そこはミクの体調というか心持ち次第。
まあでも、必ず来るとは思う。そこまで薄情でもないだろうし。
このタイムリミットは法師の都合も大いにあると思うけど、幾分かはミクへの配慮だと思う。あいつ、昔からミクにはダダ甘だし。
鴨川の確認もしておかないといけないけど、その辺りは急ぎじゃない。俺としては急ぐ内容って今の所ないんだよな。法律勉強するくらい?
それもこの三日のうちの急務じゃないし。まずは体調を整えることか。
三日後は、一大決戦なんだから。
次は二日後に投稿します。
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