1ー2ー1 まだ踏み出せない一歩
家族会議。
ミクは話していた通り、登校しなかった。天海に聞かれても、体調を崩しているとだけ言っておく。実際には体調を崩していないし、神気も霊気も安定している。なんというか、精神の安定に必要な休みだろう。
全校集会もこれといって特筆するようなことはなかった。大体は校長室で聞いたことだったし、それと追加で話したことなんて陰陽術の私的使用を注意する程度。犯罪者になるなという内容だった。
それと、防衛大や自衛隊との合同演習の企画が潰れたことくらい。自衛隊の活動がおそらく自国を守るための行動じゃなく、デスウィッチを用いた侵攻作戦だとわかったためだろう。要するに、陰陽師を戦争に用いようとしたということ。
国を守るための連携ならまだしも、人を殺すためだとわかったら学校としても拒否するだろう。陰陽師はただでさえ国内でも足りていないのに、他国に喧嘩を売ってまで減らす人材じゃない。
全校集会の後は短縮日課で、中休みで解散になった。この後俺は用事があったのでさっさと退散。コンビニでご飯を買って旧呪術省庁舎に向かった。今日は金蘭も瑠姫もご飯を作ってくれなかった。ミクを優先させたいからそれでいいけど。
この旧庁舎もすぐに陰陽寮に名前を変えるだろうけど、国会はそこまで進んでいない。対応することが多いのだとか。デスウィッチの件とか、呪術省との汚職とか。最近の国会中継は見ていられるものじゃない。
エレベーターを使って十階にある会議室へ。その部屋はなんて事のない小さな部屋で、長方形の机に椅子がいくつかとホワイトボードがあるだけの、重要な話をするような場所ではない風景。
そこに座っているのが俺の両親と姫さんでなければ、だけど。
第一声に迷ってしまったが、当たり障りのない言葉でいいかとすぐに口に出す。
「お待たせ。ご飯は?」
「もう食べた。まだなら話す前に食べるといい」
「向かってる途中で食べたよ。コンビニご飯だったし。……じゃあ、早速話そうか」
俺が席に座って、後ろに吟と銀郎が控える。すぐに話題に入ろうと思ったら、ある意味一人だけ部外者の姫さんがクスクスと笑っていた。
「なぁに?明くんも康平くんも緊張したような声で。口調もどこか変だし」
「ムゥ……。瑞穂君、君に君付けで呼ばれるのはむず痒いからやめて欲しいんだが」
「年上のくせにわたしに星見として相談してきた康平くんは、いつまで経っても康平くんでいいでしょ?ねえ、里美ちゃん」
「そうね。この人が悩むのもわかるけど、それはそれ。当時小学生の瑞穂ちゃんに相談する情けない人だなんて思わなかったわ」
「法師に相談するわけにはいかないだろう。私では『婆や』に会えん。当時他に星見で同等だったのは瑞穂君しかいなかった」
不貞腐れる父さん。なんというか、この三人の関係性が見られて面白い。あと思ってたけど、ウチの家系って女性に弱くないか?いや、女性が強いのか。
俺も父さんも声がぎこちなかったのは色々図りかねていたからだろう。けど、そんなものは今更かと思って今まで通りに接する。間違いなく俺の両親は目の前の二人なんだから。
「姫さん、ありがとう」
「どういたしまして。このままわたしが進行しようか?」
「そうですね。それが一番収まりがいいかもしれません」
「じゃあ最初の確認。明くん、いつ頃思い出した?」
「五月の大天狗様の一件でうっすらと。死にかけたからでしょう。はっきりとは八月の一件で。金蘭と葛の葉の魂に会って刺激されたから、でしょうね」
「そう。なら大天狗様を動かせた甲斐はあったのね」
やっぱり法師が主に動いたから大天狗様は襲撃なんて手段にしたのか。あの方も今の日本の姿を見ていい思いはしていないだろうけど、そこまでの排斥派じゃなかったはず。裏に他の誰かがいるんだろうなとは思ってたけど。
法師のやり方に似ているとは思ってたけど、やっぱり主導は法師だったか。呪術省に仕掛けられていた先代麒麟の遺産を解くっていうのが一番の目的だったんだろうけど。父親や天竜会のために仕掛けておいた善意が邪魔になるなんて。
視えていなかった未来を警戒して保険を残しておいたんだろうけど。法師からしたら良い機会だったわけだ。
「珠希ちゃんはどうなの?」
「詳しい時期はわかりませんけど、おそらく同じくらいには。……父さん。俺とミクの場合その辺りがちょっと違うはずなんだけど、どうして俺は忘れてたわけ?」
「ゴン様が契約するついでに十二支をベースにした封印術を施した。珠希君が思い出すのとほぼ同時になるように、だな。その辺りはお前がゴン様に頼んだと聞いているが?」
「覚えてない……。ミクも同時期だったっていうのは、それもゴンが何かしたのか?」
「あなたとの契約が堰き止めていたんでしょう?あなたと珠希ちゃんの契約にゴン様が便乗したとは言ってたけど」
「ああ……。俺とミクが繋がってたからこそってことか」
腑に落ちた。というか父さんも母さんも名前の契約知ってたのか。父さんは星見だから仕方がないとして、母さんが知っていたのは父さんが話したからだろ。もしくはゴン。
帰ったらゴンに呪術かけるか?一度シワシワになったゴンも見てみたいし。あいつ、俺との契約結構破ってるじゃないか。
十二支をベースにした封印術。つまり十二年後に解けるものだから時期的にも一致する。俺がゴンと契約したのは三歳の時。そこで一旦全部忘れたわけだ。
ゴンに、俺をずっと封印するだけの力があったのか?気になって身体に確認の術式を走らせる。すると。
「……ゴンの奴、俺に封印術重ねがけしてやがる。自然に解けるようにって言っておいたじゃないか。……三回も、仕掛けやがって」
「三回?いつ?」
「ミクに初めて会った迎秋会の時と、十歳の頃に法師を撃退した時。それと中学上がって初めての迎秋会の時です。初めての時なんて俺とミクの契約の時に重ねてるので、計四回ですよ。……これを良かったと思うべきか、悪いと断じるべきか」
「ゆっくりと過ごせたんだから良いんじゃないの?」
「法師に迷惑をかけ続けてるんだよ、母さん。……もっと早く思い出してれば、法師を苦しめることも、『婆や』を悲しませることもなかった。もっと色々と、できたと思う」
そこに尽きる。一千年も待った二人に、わざわざ時間をかけさせただけ。
それにもしかしたらだけど。「かまいたち」も産まなかったかもしれない。賀茂静香を助けられたかもしれない。住吉祐介は、まだ隣にいたかもしれない。
そんなもしもを考えてしまう。
どっちが良かったなんて比べられない。どっちの場合も悲しませた人はいるだろうし、幸せになった人はいる。それに、過ぎ去った時間は巻き戻らない。
「あの人も、『婆や』も。たった十年くらい気にしないと思うけど。今も上で楽しくお茶会をしているわよ?」
「……だとしても。ゴンには一回罰を与えます。ミクの精神を慮ったのだとしても。呪術省がここまで堕ちているなら、早く動きたかった」
「ゴン様は知らなかったんじゃないか?難波に来てからは、お前と珠希君の監視が目的になったんだから」
「……二人には謝ろう。ゴンにも問い質すとして。姫さん。俺ってすぐに陰陽寮を指揮できるんですか?」
「できるわ。内閣府を味方につけたし、もうしばらくしたらあなたの実力を見せるでしょう?今必要とされているのは強いトップ。陰陽師最強を見せつければ、問題ないわ」
高校生が、良いのだろうかと思ってしまう。だから繋ぎとして星斗の名前を挙げたんだろうし。最悪、実権は俺が握っておいて、表向きのトップに星斗を置いておくという手段もある。
これ以上姫さんに任せておけないし。
次も二日後に投稿します。
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