1ー1ー3 まだ踏み出せない一歩
教室で。
今日は全校集会があるとのことで、いつもは登校時間が午後の三時だったのに対して、一時半には教室に入っているように通達されていた。
朝昼のご飯を纏めて食べておいた俺は、ミクもあまり顔を出して欲しくなさそうだったし、早めに教室に行くことにした。誰もいないであろう早めの時間に教室に入ったのに、既に何人かクラスに生徒がいた。
そんな生徒のことより、クラスの机を確認する。
まるでそんな生徒がいなかったかのように、机が二つ。減っていた。
俺はそれを心に刻みながらも、なんでもないように自分の席に着く。持ってきていた鞄を机の脇に置くと、クラスメイトたちがやってきた。
その中でも関わりが若干ある攝津が声をかけてくる。
「難波……。話に聞いてたけど、本当にそっちが地なのか?」
「ああ、そうだ。寮では会ってなかったか」
「食堂にいたか?お前、大浴場にも来ないし、ここ数日は食堂にも来てないだろ」
「ご飯は金蘭に作ってもらってたからなあ。大浴場は元々行かないし。確かに会う機会がなかったか」
言われて気付いたが、ここ数日ミクの看病をしていたり、京都の霊脈がずれていないかの実地調査をしていたから、男子寮にほとんどいなかったな。
移動は基本的に禹歩か空飛ぶ式神任せだった。学校の人間に姿を見られることはなかったはず。そうなるとこの反応も頷けるか。
俺ってそもそも、そんなに寮にいないからな。平時でも外をうろちょろしてたし。
「霊気を持ってる人間が髪と瞳を変色させるくらいおかしなことじゃないだろ?」
「そりゃあそうなんだが。……ずっと隠してたのか?」
「ゴンに隠形使ってたのと同じで、俺も認識阻害をしてただけ。髪と瞳が黒く見えるようにな。これ、看破されたんだぞ?瑞穂さんとか、五神とかに」
「見抜く方も凄いけど、その認識阻害だけで陰陽大家の秘術に匹敵するぞ……。本当にお前って規格外だな」
マユさんはそれだけの眼を持ってるってことだけど。ほぼ誰にも気付かれない認識阻害なんて秘術中の秘術だ。だってそれが流布したら、完全犯罪が容易に起こってしまう。それを防ぐためにも、陰陽大家には独自の秘術を産み出しても秘匿してたりしているわけで。
難波だと一応星見と式神降霊三式がそれに当たる。どっちも血筋以外でも発動できるけど、詳しい術式は公開していない。
攝津の家は式神を主に研究している家だけど。同じく式神を扱っている俺がゴンや銀郎を式神にしていて、ついでとばかりに他家の秘術使ってたら驚くよな。
とはいえこの認識阻害、どっかの家の秘術じゃなくて、晴明直々の術式。それを幼い俺がゴンから教わったものだからな。ゴンに教わるまでは父さんが似たような術式を俺にかけてたし。
「これでも本家本元、安倍家の血統だからな。やれないこともあるけど、そこらの陰陽師に引けは取らないぞ?」
「だろうよ。ウチが下なんじゃなくて、お前が上すぎるって思ってる」
「ああ、うん。その認識でいいと思う。それに攝津。前教えた式神の常駐化試してるんだろ?入学したての頃より霊気がだいぶ伸びてる」
「それはホント、助かった。親父たちも式神の研究こそすれど、実力に伸び悩んでたからな。式神を日常的に使うなんて発想がなかったんだ。しかもちゃんとした式神を。だいたいのことは簡易式神で済むし」
掃除や雑用くらいなら、簡易式神で全て代用できる。簡易式神を用いる家は多いんだろうけど、ちゃんとした式神を常時用いる家は少ないだろう。霊気の無駄遣いなんていう風潮があるために。
呪術省のせいで式神も下火だからな。いや、マルチタスクが必要だから、才能ない人には向かない術式なのはわかるんだけど。ここら辺は今後の改善点だ。
「え?なにそれ」
「攝津くらいにしか教えてなかったっけ?霊気って地道に伸ばす方法があって、日常的に霊気を使うと年単位で見れば基本増えてる。特に成長期の俺たちだと特に。霊気欠乏症に気を付ければそこまで危険なこともない。老化には流石に勝てないけど」
「そんなこと、これまでで習ってないよ?」
「呪術省がそんな事実を確認できていないからな。難波の分家ではどこでもやってることだぞ?皆だって高校上がってから霊気増えたんじゃないか?中学までは授業で霊気を使うことなんてほぼなかっただろうけど、ここなら結構使うし実習もある」
「確かに……」
何人かは実感があるのか頷く。スポーツの練習や筋トレと同じで、練習すれば習熟度は上がるし、霊気だって使い込めばその潜在量を増やす。陰陽術だって技術の一つで、霊気はいわゆるスタミナだ。
年間通して走りこめば走れる距離が伸びて、何回も走っていればタイムが縮む。限界ギリギリに挑戦すれば、手抜きで走るよりも早く成長できる。陰陽術だって同じ。使わないで成長させるなんて御魂持ちのような、外法が必要だ。
または、ゴンによるツボ押しとか。あれは知られると面倒だから天海以外にやってないけど。俺も今ならできるんだよな。
呪術省なんかは陰陽師学校の教育のおかげとか、教員の指導が素晴らしいからだと訴えていたが。いや、それも一部分ではその通りなんだろう。知識ある人間が教え、設備も揃っていれば習熟も早くなる。
幼少期から修行漬けにされていない、伸びしろが多い普通の家出身の生徒はそれは伸びるだろう。
霊気の量なんて生まれつき多いのは遺伝もあるが、偶然だって否定できない。星斗と妹の彩花さんという例もある。星斗は生まれつきかなりの霊気を持っていたようだが、彩花さんはそうでもなかったのだとか。
だから星斗がダメだったら彩花さんを教育して難波の次期当主を狙わせるってことをしなかったわけだし。星斗の才能が別格だったってこともあるだろうけど。
私はあれができるようになった、俺はこれができるようになった、という話で周りが盛り上がっていると、女子の潮田に質問された。
「結構女子寮で噂になってたんだけど。難波君って狐憑きなの?」
「あー、バレてるならいっか。正確には先祖返りの半妖。安倍晴明の母親が葛の葉っていう妖の狐だし、晴明の妻は玉藻の前だから。それでも人間と狐半々なんだよ」
「尻尾と耳見せて!」
えー。そんな顔輝かせられても。でも知ってる人は知ってるし、男子寮でも結構噂になってたみたいだしなあ。
一度見せたら、二度も三度も変わらないか。
そう思って無言で隠形を解くと、クラスで一斉に黄色い声が響いた。
「キャー!難波君可愛い!」
「いやあ、ゴンちゃんそっくり。でも尻尾は一本なんだね」
「いつもはカッコいいけど、こう見ると確かに可愛いかも。写真撮っていい?」
「あ、あたしも撮りたい!」
すぐに女子に囲まれて、フラッシュを焚かれる始末。何が琴線に触れたのかわからないけど、もう男子なんて御構い無しに写真を撮られたり、何人かの女子と一緒になって集合写真的なものを撮ったり。
教室に入ってきた天海が呆れていた。
「何、これ?」
「天海、助けてくれ」
「たぶん尻尾と耳を隠せば収まると思うよ?」
それもそうか。後ろで銀郎も大きく頷いている。尻尾と耳を隠すと、女子たちは露骨にえー、と落胆の声をあげていた。それも束の間、撮った写真を見て「那須さんには悪いけどいい写真撮れたー」と喜んでいるのを壊そうとは思わない。
全校集会が始まるまで。正確には八神先生が来るまで、他愛のない話をする。
誰も二つのなくなった机について、言及しない。いや、したくないのだろう。
忘れられるわけもない二人。そんな二人の喪失を口にすれば一度、この日常が崩れるから。
だから、誰も日常という殻に罅を入れることは、しない。
次も二日後に投稿します。
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