エピローグ2 終着
継承。
その場を、静寂が支配する。
唯一の音は、珠希の啜り泣く声だけ。他に音が出せる者がいなかった。
星斗とマユは瑞穂が行くというので付いてきた形だ。京都に仕掛けられた術式を使った者の顔を見ようとしたくらい。京都校に向かうと聞いて、そしてすぐに終息すると聞いて、あまり心配はしていなかった。
それはここに集まった生徒たちも同じ。寮にいたら何かの術式が発動しているとわかり、京都の街中に行こうと思ったら光陰や薫の姿を見付けて何かあると感じてやってきただけ。あとは感覚が鋭くて、たまたまやって来ただけだ。
そこで行われた過去の天皇の呼び出し。それに関わっていた土御門の名を持つ者。仲裁に入った道摩法師。儀式を終わらせるための強硬手段。
その終わりに、割って入った人物。この学校で今や知らない人物はいないだろう。
難波明。名実ともに、京都を代表する陰陽師。陰陽寮の後継に選ばれた、現代の稀人。
その人物が、些か容姿を変貌させていれば、目も丸くしよう。分家という血の繋がりがある星斗すら、見たことがない姿。
で、あるならば。その姿を知っている人間とは。
そもそもとして。狐の耳と尻尾を生やした彼は、悪霊憑きなのか。それとも。
「金蘭、吟。いるんだろう?」
「「はっ、ここに」」
声を揃えて、明の脇に立膝をついて現れる。気配など感じなかったのに、待っていたかのようにそこにいた。
頭は下げたまま、指令を待つように。そうすることが当然のように。
「金蘭はミクを部屋に戻してくれ。瑠姫とゴンを連れていっていい。……ミク。後で事情は話すけど、九本目だ。まずは体調を整えてくれ」
「……」
「ミク」
「……はい」
金蘭が姫抱きにして、その場を離れる。その姿を確認できた者はいなかった。なにせ、明がここに来たように霊脈を使った瞬間移動だったために。転移術式と言った方が正しい。
残された瑠姫とゴンは溜息をつきながら、後を追う。運ばれた先は珠希の部屋だ。向かう分には問題ない。
指示を出されなかった吟は明の付き人のようにそこへいた。もし害を為そうとすれば、即座に腰にある刀で斬り伏せられるだろう。
星斗としては、安倍家の式神であるお二方に敬称をつけなかった明に怪訝な視線を向けていたが、明はそれがわかった上で無視していた。
「桑名先輩。帝を除霊していただけますか?」
「え。あ、僕かい?難波君がやった方が的確かと思うんだが」
「本家本元には敵いません。姫さん、手伝ってください」
「しゃあないわあ」
校舎の屋上で見守っていた瑞穂は、星斗とマユを置いてきぼりにして地上に降りてくる。浮遊感を抱かせるような軽い着地に、使える者がほぼいない空間闊歩の術式だ。正確にはそれよりも上位の空間改変術式だが、それがわかる者はこの場に少ない。
明に指名された二人が帝に近付く前に、明自身が帝に近付き、頭を垂れた。
「帝。急な詠び出しと、意図せぬ事故。申し訳ありませんでした」
『うむ。朕はそなたらの全てを赦そう。して、ハルと言ったか?あの娘に世話になったと伝えておけ。これは勅命である』
「御身の御心のままに。さすがは帝でございます」
『朕は朕故な。長き間、御苦労。日ノ本のこれからは、そなたらに一任しよう』
明が平伏すると、帝は一つ大きく頷く。それと同時にやって来た二人へ命令を下す。
『疾く黄泉へ還せ。ここはすでに、朕の居場所ではない』
「はい、陛下。申し訳ありませんが、ここは些か人目がありまする。場所を移しても構いませんか?」
『良い。赦す』
「マー君。手を」
「はい。姫様」
「……やっぱり知られてる。それでは、暫し目を閉じてください。オン」
単音で集団の転移をこなす瑞穂。これでこの場に残ったのは野次馬と光陰、屋上にいる星斗とマユ、それに護衛の吟と、法師に明だけになった。
「法師。今までご苦労」
「明、お帰り──と言うべきか?」
「それでいい。こっちのことをしばらくしてから、全てを終わらせる。陰陽寮はもらうぞ。もしやり残していることや、『婆や』、ミクに伝えたいことがあるなら数日中に頼む」
「アレは姫に任せてある。現代の組織運営など齧ってもいないから不可能だ。私は私でのらりくらりと余暇を楽しませてもらう」
「ああ。悔いのないように」
まるで同格のように、和やかに会話している明と法師。その様子を誰もが困惑していた。二人の関係性は表向き、襲撃者と襲撃された側。事情を知っている人間からしても、協力者が精々だろう。
難波分家の星斗としても、まるでわからなかった。法師は確実に一千年前の人物。いくら明が陰陽寮を任された人間で、難波の次期当主だとしても遠慮というものが感じられないことはおかしいと思っていた。
全てを知っている吟は何も語らない。
「……何なんだ、お前たちは?難波はどうして、そんな格好を……!そもそもどうやって現れたんだ⁉︎さっきまで、確実にそこにいなかった!」
「五月蝿い。土御門光陰。……殺生石を奪い、玉藻の前を復活させるこの計画。お前が主犯だろう。あくまで共謀罪ってところだが、立派な犯罪だ。俺の親友を巻き込んで、実家も、そこに住む人たちも傷付けて。……希望は見られたか?」
明が指向性の霊気を光陰にぶつける。それだけで光陰は膝をついて、汗をかき始めた。能力の絶対的な差を感じて、身体の言うことを聞かなくなったのだ。この霊気に耐えるには法師クラスの実力が必要になる。
「祐介の胸にあった殺生石は確認済み。その祐介が土御門の人間だったと証言している。本家を調べれば祐介が土御門の一員だとわかるだろう。そしてこの術式を止めるには、いや本質には。術者以外にもう一人の協力者が必要だ。……この一年の総決算だ。これ以上陰陽師を無闇に消耗させられたら、日本の天秤が崩れる。一千年の綱渡りも終わりだ」
「星斗辺りなら、姫が纏めた資料に手を出せるだろう。ひとまずあいつに任せればいいだろう?」
「星斗。聞いてるんだろう?降りてきてくれ」
渋々と、星斗は地上に降りてくる。一緒にいたマユも、簡易式神に乗って降りてきた。
「明。呪術犯罪者として、土御門光陰を捕らえろってことか?」
「ああ。それならプロとして、権限があるだろう?」
「証拠は……いや、あの術式の現行犯で良いのか。住吉は……」
「自壊術式だ。術式の発動の代償、言わなくても良いな?」
「わかった。殺生石を用いていたなら、そうなるのも頷ける」
星斗が束縛術式を使って、光陰の自由を奪っていく。マユはただ呆然と、増えた霊気も合わせて明のことを見ていると、腕の中の玄武が飛び出して明の手に収まった。
『明。いつから?』
「五月すぎの大天狗様の辺りで片鱗はあって、八月の事件ではっきりと。待たせた」
『別に。後で、あの人に挨拶、するから』
「頼む。……マユさん、玄武お返しいたします」
「あ、はい。……その。随分と様変わり、しましたね?」
「あなたの眼はさすがですね。もうしばらく、星斗と一緒に陰陽寮をお願いします」
「もう、継ぐのですか?」
「そうしないと、膿を一掃する機会を失うので。土御門と賀茂は氷山の一角に過ぎませんし」
丁寧に玄武をマユの手の中に戻す。
そう決意した明は深く深く、溜息をついた。
「学校と陰陽寮の二重生活かあ。学校を辞めたら長としての箔がなくなる。面倒だなぁ……」
ただの箔で、全てをこなす明の言葉に。
法師と吟だけが、苦笑していた。
一千年前の全てに終止符が打たれるまで、あと数日。
これで八章は終わりです。次回から九章ですね。
次回から新章ということで、三日後に投稿します。感想などお待ちしております。あと、評価とブックマークも。




