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陰陽師の当主になってモフモフします(願望)  作者: 桜 寧音
8章 家の呪縛・終わりの始まり
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4ー2ー1 最後の選択

術式発動。

 祐介は天海との電話をしてから十分後、京都校の中庭に着いた。ここに着くまで急いで移動するまでもなく、というよりこれ以上霊気の無駄遣いはできなかった。

 式神行使でギリギリの霊気を限界まで絞ったのだ。

 たとえ失敗することがわかっていても、これ以上はいけない。


 失敗に失敗を重ねて、大惨事になりかねない。一度起動してしまった術式は、きちんと発動することが一番の解決法だ。途中でやめたら、ここまでの大規模な術式であれば霊脈に影響が出る。

 そして魑魅魍魎が溢れるだろう。下手したら百鬼夜行が起こる。いや、それ以上の災害になりかねない。

 だから祐介は、この呪術をきちんと終わらせるのだ。


 不退転の覚悟で挑んだこの術式。何を代償に払うかはわかりきっていた。明に邪魔されなければ問題なく術式は成功し──祐介は全てを失っていた。

 全てを失うことに変わりはない。だが、明の告白により、この術式は当初の目論見から外れた。

 ならば放っておけば自壊して迷惑を撒き散らすだけの代物。成功しても、何の効果も発揮しないただの仕掛け。バカなチップを賭けた、大馬鹿な大儀式。


 賀茂も土御門も、いつだってそうだ。何度だってそれを真っ先に賭ける。それしか賭けるものがないという視野狭窄(しやきょうさく)に嵌まっているかのように。それ以外にも捨てるものなんていくらでもあったのに。

 その捨てるべきガラクタ(もの)に欠片でも価値があるように信じて。捨てなくてはいけないものを大事に肥やしとして。一つしかない何よりも大事なものを、尊いものとして嬉々として捨てる。


 その価値観の逆流こそが、彼らの異常性。

 祐介がそこに辿り着いた時、光陰が制服を着て待っていた。偽りの晴明紋の羽織は着ていなかった。流石にアレを着るつもりはなかったのだろう。祐介は制服で市内を歩き回るわけにはいかなかったので、今着ているものは目立たない私服だ。


「祐介。準備は終わったみたいだが……。随分時間がかかったじゃないか」


「明に邪魔されたんだよ。逆にやり返したから、邪魔はされないと思う」


「難波を?……やっぱり、お前が土御門を名乗るべきだったんじゃないか?」


「いらねえよ。あんな泥舟。竜骨がぶっ壊れてる船に乗りたがるバカがいるか。……あと、今でも土御門家は恨んでるから」


「そう、だよな」


 祐介のその言葉に、光陰は納得する。

 光陰はたまたま世間に公表された正妻との間に産まれた、陰陽師としての才能があった人物だ。祐介の方が優秀であるという事実は変わらず、産まれが世間的によろしくない側室の子どもだから今の関係性になっている。

 立場の逆転はあり得たこと。もし光陰が側室の産まれで今のような才能だったら、祐介のようになれなかっただろう。

 祐介が優遇された理由は、その確かな実力という裏付けがある。


「時間もない。早速やるぞ。プロにはバレないだろうけど、怖い人が二人いる」


「法師と天海瑞穂だな。ああ、やってくれ」


 祐介は術式の中心へ。光陰はそこから少し離れた場所で見守る。

 祐介は最後の起点となる、中庭のちょうど中央で片膝をついて、起動させる。


「解」


 起点から一つの細い光の柱が伸びて、紫色の五芒星が完成する。

 京都を空から眺めることで確認できる紫の巨大な五芒星。それは安倍晴明を何も理解できなかった、愚者による偽りの五芒星。

 ここまで術式を進めてしまえば、今更長ったらしい詠唱など必要ない。京都の霊脈の機能を一部間借りして、術式にはふんだんに術者である祐介の血が使われているのだ。


 起点の起動には一言詠唱が必要だが、術式にはこれ以上必要ない。

 必要なものは、たった一言。術式の名前だけ。

 それを告げる前に、祐介は光陰に忠告をする。


「光陰。いくら俺が降霊を得意としてるからって、目当ての存在を呼べるかわからないからな。もしもがあったら頼むぞ」


「もしもがあろうがなかろうが。僕がお前を殺す」


「ああ、任せた」


 そんな、今更なことを確約させた。

 祐介はこの術式を使うことである存在を呼び出して、祐介の身体に降霊させるまでが一セット。

 そして呼び出す存在を祐介という楔を用いて現世に留めて、抹殺するこの計画。

 どんな結末を迎えようと、祐介は死ぬことが前提の計画だった。


 祐介は明によって失敗することがわかっているために、祐介も誰が呼べるかわからない代物になってしまった。

 この計画を立てた光陰に、最後の尻拭いくらいさせようと思って言葉に出していた。

 それが最後の、異母弟に向けた贖罪のように。


「さようなら。光陰。──大讃腐勲際(たいざんふくんさい)


 祐介を中心に京都の霊脈から流れてくる霊気が集まる。人一人が受け取るには多すぎる霊気だ。なにせこの京都は日本に九つしかない龍脈が流れる地。しかもその龍脈が二つもあるのだ。

 日本のどこと比べても、ここ以上に霊気に溢れた場所など存在しない。土地に眠っている霊気を、人間一人に集めたらどうなるか。


 答えはもちろん、人間が破裂する。

 人間の器は大きさ相応だ。土地という地下にも伸びた霊脈が、十数km四方に広がった分貯蓄している量の霊気だ。

 たかだか百七十cm程度の器に収まる総量ではない。


 だが、これをどうにかする方法はある。明の式神降霊三式と原理は一緒だ。

 要は集めた先から使い始めればいい。

 明は集めた霊気を真っ先に、狐を呼び出すための範囲拡張に用いた。それと同じで祐介は、冥界への扉を開くために霊気を用いた。


 もしここに羽原露美(はばらつゆみ)がいたらこの光景がどう映ったことか。

 夜空が割れて、祐介へ向かって赤紫のおどろおどろしい濁流が降り注いでいるように映ることだろう。

 そう、これこそが祐介が天才だという証左。

 明の式神降霊三式から着想を受けて、そういう術式があることから研鑽を積んで自分なりにアレンジして。そして自分の降霊体質という情報を霊脈に流して術式の一部へと変換し。


 とうとう、黄泉への扉を開いてみせた。

 祐介の身体が侵食される。呪詛に塗れていく身体。埋め込んだ殺生石に惹かれるように、そこを中心に祐介の身体が一千年の時間の壁を超えて置換されていく。

 足の爪先から、頭の髪の先まで。そして内側も殺生石を介して、住吉祐介と呼ばれる存在が希薄になっていく。

 最後の自意識がある頃。視界に入ったのは猫の式神に肩を借りた金髪の少女と、自分にとって唯一胸をときめかせられた少女の悲痛な表情。


「祐介さん!」


「住吉君!」


 那須珠希は空いている手で何かの術式を使おうとしたのか、祐介へ手を伸ばし。

 片や天海薫はただただ、祐介の手を掴むように腕を伸ばしていた。

 祐介の意識は、ここで呑み込まれる。


 珠希は祐介の術式を力づくで止めようとしたが、側にいたゴンによって止められないことを知り、右手の術式を取りやめた。むしろ邪魔をしたら、祐介がどうなるかわからないと言われたからだ。

 珠希はただ嫌な感じを肌で読み取って、瑠姫に肩を借りて無理して来ただけ。明からは何も聞いておらず、危ない術式だとわかっているから向かっただけ。

 一方薫はさっきの電話からこの術式を使っているのが祐介だとわかり、風水を用いて場所の特定をして急いで来たのだ。

 だが二人とも、間に合わなかった。


「ふむ。時代が違えば、立場が異なれば。惜しいな」


 そんな男性の声は、届かなかった。

 その声は祐介を助けるものではなく、事態を把握しただけで。ただ次の出来事への繋ぎとしか感じていなかった。


 芦屋道満は、事の顛末を確認しに来ただけ。彼は自分の星見としての能力を信じていない。瑞穂が来ていることは気付いているが、自分の眼で確認したいことがあった。

 高芒巧(こうのぎたくみ)と瑞穂が視た未来。それは道満も識っていた。だからその通りになるのか、見届けようとしただけ。

 決して、祐介の最期を看取ろうとしたわけではなかった。



次も二日後に投稿します。

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