4ー1ー5 最後の選択
事実。
電話口から声が聞こえなくなる。息遣いは聞こえるために、ただ開いた口が塞がらないだけだろうと思った祐介は、とりあえず謝罪する。
「ごめんごめん。困らせちゃったね」
「……あの、軽くない?住吉君、私に告白したんだよね……?」
「って言っても、薫ちゃんが明のこと好きだって知ってるから、振られるってわかってるんだよねー。だからこんな感じでもおかしくないんじゃない?」
「……知ってたんだ」
「もちろん。好きな人のことだからね」
さっきの告白のような真面目な雰囲気は一切合切霧散して、いつもの祐介のような軽い感じに戻っていた。
さっきまで明と本気で喧嘩をして真面目モードになっていたために、そろそろおちゃらけないと住吉祐介に戻れなかったのだ。
祐介は中学時代から天海が明のことが好きだと察していたが、口に出すことはなかった。明がどう思っているのか知らなかったこと、怖くて聞けなかったこと。光陰のように決まった相手でもいるのではないかと勘繰ったこと。
それらから祐介は中学時代に恋愛関連の話題を出したことはなかった。
珠希に会って、彼女の素性を調べた後だと活き活きと恋愛話を振り始めたが。
「振られるってわかってて、告白したの?」
「まあ。自分でも何で言っちゃったかなーって思ってるけど、後悔はしてない」
電話をして、最後に声を聞ければ十分だった。なのに気付いたら口にしていた。それくらいしか話題に出せなかったということもある。
これからの儀式について話すつもりはなかった。明と殴り合ったことも言うつもりはない。それで電話をしてしまったものだから、口が勝手に回っただけ。
時間は巻き戻らないのだから、後悔するだけ無駄だ。
「でも、薫ちゃんもわかってんでしょ?明と珠希ちゃんの関係」
「婚約者だってね。珠希ちゃんから聞いたよ。……この前の宿泊学習で、だけど。住吉君も知ってたの?」
「ちょっとしたツテでね。そのくせ付き合ったのが今年の五月からとか、笑えるよなー」
「それは私も聞いた。親から聞かされてなかったんだってね」
「婚約者って親が決めるもんだし、本人たちに言わないってこともあるだろうさ。婚約者同士で付き合ってなかった奴らを知ってるし」
祐介が思い浮かべたのは光陰と静香のことだ。彼らも婚約者だったが、光陰が静香の記憶障害から付き合うことを拒否。きちんと静香に選ばせるために、全ての治療が終わってから答えを聞くつもりだった。
もうその機会は訪れないが。
祐介ですら、静香の魂を降霊することができなかった。彼女の魂が降霊の拒絶をしてしまえばそれまでだ。祐介にはどうしようもできない。
それだけ彼女はこの世に未練がなかったのか。
はたまた珠希の御魂送りが正しかったからか。
「……まあ、あれだけラブラブで婚約者なら、諦めもつくっていうか。そんな絶賛フリーな私に振られるって何でわかったの?」
「だって薫ちゃん、まだ明のこと好きじゃん。たとえキスしてる姿見ようが、堂々と付き合ってようが。決定的な関係性があろうが。珠希ちゃん恨まないで友達続けて、明に変わらない視線を向けて。……わかるなって方が無理」
「そんなにわかりやすい?」
「わかりやすい。明はバカで鈍感だから気付いてないけど、珠希ちゃんは100%気付いてるぞ、あれ。それでも友達のままっていうのは凄いとしか言えないけど」
女心はまるでわからない祐介だが、それでも友好関係が変わらないというのは凄いと思った。たとえ珠希が弱っていて関係性が変わる暇がなかったとしても、明と珠希が帰ってきてから変わらぬ看病をしていたのは事実。
接してきた三年間で、天海の性格は把握していた。彼女は心に黒さを持つことなく、善意で行動する少女だ。
だからこそ、惹かれた。
そして明を拒絶した理由の一つに、好きな少女を幸せにしてやれないことにムカついたからというのもある。
明が天海を選ばず、珠希を選んだことはいい。
ただの八つ当たりだっただけだ。何もできない自分の代わりに、怒りをぶつける幼稚な行為。そうわかっていても、遣る瀬無い想いを明にぶつけるしかなかった。
「女の子同士ってこんなものだよ?決定的なすれ違いがあれば訣別するけど、私たちって何かがズレたわけじゃないし。横恋慕だけど、難波君を奪おうとは思ってないからね」
「もしもだけどさ。明が土御門の人間で、側室を許してくれたら喜んでなった?」
「ならないよ。一番になれないなら、私はそんなことを望まない。そういう人じゃないでしょ?」
「怪しいのは金蘭っていう安倍家の式神くらいかなあ」
祐介は安倍家の筆頭式神、金蘭と吟の存在を掴んでいるどころか、今も生きていることを知っている。それは偶然だったが、明とゴンの会話で存在を知り、難波の地で二人と思わしき人物を探知したからだ。
金蘭に至っては、逆探知をしてきた上で見逃された。吟にも難波の祭壇を調べた際にわかりやすく殺気を向けられたが、これもまた見逃された。
歯牙にも掛けられなかった。
ただ二人の執着は凄く、そんな金蘭であれば、もしかしたらと思っただけだ。呪術省を襲った際に姿を改めて見て、彼女は安倍家を大事にしていると思った。それだけ裏・天海家と法師のために動いていると。
最後の会話だからか、祐介の口はだいぶ軽かった。金蘭のことなど話さなくていいのに、話していた。祐介のそんな情報管理の甘さから、天海に知られなくてもいいことが知られてしまう。
「安倍家の式神も気にはなるけど……。土御門家って側室がいるの?それを住吉君が何で知ってるの?」
「……アルバイト先で、聞いたんだよ」
「嘘。そんなスキャンダルを平気で口走るような人がいたら、土御門はもっと前に没落してたよ。それにそんなこと報道されてない。まだ報道機関が情報を精査してるにしても、ただの学生がそんなことを知ってるわけがない」
天海は日本を揺るがす事件であった土御門・賀茂両家の没落についてはニュースや新聞などで確認していた。呪術省に続いてこの二つまで陥落したとなれば、今後の日本に関わる。
プロの陰陽師になろうとしている天海としては見過ごせない出来事だ。呪術省の働きの代わりは現状動いてくれている人たちがいるのでどうにかなっているが、この調子で陰陽大家が粛清されていけば、日本の運営に支障をきたす可能性が高い。
天海もかなり遠縁の分家とはいえ、陰陽大家天海家の一員だ。これからの自分に関わりそうなことは極力調べ上げている。
そして問われたことで、祐介が取った選択は。
「……俺が、土御門光陰の内通者だからだよ」
包み隠さず、告げることだった。
次も二日後に投稿します。
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