4ー1ー4 最後の選択
落ちる。
祐介は目論見通り明と仲良くなり、ゴンから師事を受けられて。そして難波本家にも出入りできるようになり、自由度でも陰陽術の修行という意味でも充実した毎日だった。
たとえ未来視で自分のことがバレていようと、辛いことなど、苛まれることなど一切なかったのだ。未来の破滅を理解していて、ただ一瞬の軌跡を謳歌しているだけ。そう割り切っていたために祐介は中学生活をかなり楽しんでいた。
そして一番の変化が、彼女と出会ったことだろう。
明と同じクラスの女子生徒。
難波には劣るものの、陰陽大家と言っていい血筋の傍流。この地に身を寄せて長い分家の長女。
最初は分家の人間なのに、この程度の霊気しかないのかと見下していた。なにせそれほど霊気だけならお粗末だったのだ。技術や知識は名前相応だったのに、いつも身体に巡らせている霊気は大したことがなかった。
そんな彼女は、そんなお粗末な状態でも学校で二番目の実力者として尊敬されていた。事実祐介が実力を隠していたので、彼女が二番で間違いなかった。
その実績と、容姿から彼女は人気だった。
祐介としてはまるで賀茂静香を見ているようで、辛かった。被る部分が多々あったからだ。
確かな血筋。優れた容姿。本当の実力に気付いていない、鈍感さ。裏側など知らない無垢さ。知らない人からは好かれる性格。
だが、決定的に違うことは。
家族に愛されているか、実験体にされているか。心身が健やかに育っているか、ボロボロにされているか。伸び代があるか、ないか。
違う人物だとわかっていた。容姿は似てすらいないだろう。
だが、祐介は彼女を静香の鏡写しのように感じていて、彼女のことを思わず目線で追いかけてしまった。
違うクラスだからこそ、つぶさに観察できたのだろう。同じクラスだったら気味悪がられるだけだ。幸い、彼女は明と積極的に話そうとするので会話を聞くくらいはわけなかった。
だからこそ、彼女のことをよく知れて、ただ純粋にプロの陰陽師を目指していて。自分の実力を理解しないながらも邁進していく愚直さ。陰陽師という職を神聖視している様。
それらすべてが、祐介には眩しく映った。
祐介としては、明は清濁併せ持った存在だと知っている。那須という僻地にいながらも土御門と同等の家ということは、それだけの実力と知識があるとわかっていた。だから眩しくは見えなかった。
要は、光陰と同じだからだ。土御門や賀茂のように本家がグズグズに煤まみれではなく、むしろ開放的なことに驚いたくらいだ。警備をしている式神が二体いる以外は特筆するような防衛網はない。
最低限の結界などがあるだけ。それだって絶対遵守の誰をも拒む結界ではない。陰陽大家としては杜撰な管理だ。
それで防衛をしているのだから、十分だと実績が表しているが。
難波という家を知っているからこそ、彼女を近くで比較できて。その結果、いと尊きものに見えた。
それが、他の生徒にも人気だった所縁かもしれない。
そんな彼女と、話がしてみたかった。
「あー。天海さん?ちょっといい?」
「えっと……。ごめんなさい。難波君とよく一緒にいる人だよね?名前わからなくて……」
(明とはそこまで仲良くないのかな?クラスで唯一話してる相手だと思ったけど)
「住吉祐介。まあ、明の友達だよ」
初めて天海薫に話しかけた時、すでに祐介は明と一緒に呪術の授業をサボっていた。そのため学年一の問題児として注目されていたが、名前までは知らなかったようだ。
明は学校生活に飽き飽きしているのか、クラスではほぼ一人でいる。友達と呼べる相手はいない。誰かが近くにいる姿は、祐介か天海くらいしか該当者がいない。
「……呪術の授業をサボってるんですよね?どうして難波君と仲良しなの?」
「んー?話が合うから?明もだけど、学校って義務とか必要だから通ってるだけで中身に興味がないんだと思うぞ?呪術にしろ学業にしろ、そんなものは本家で習う方がマシだから」
陰陽大家の本家の教育が高度すぎて、学校に通っても学ぶことがほぼない。義務教育である中学であればなおさらだ。
祐介としても一般教科は授業を聞いて教科書を読めば理解できるし、陰陽術に関しては低次元すぎて右から左。サボってしまうのも仕方がないだろう。
「納得いった?」
「男の子同士だからってこと?」
「ま、いろいろね。それで聞きたいことがあるんだけど」
「ああ、はい。ごめんなさい。そちらから話しかけてきたのに」
「いいよいいよ。……天海さんって何でそんなにプロになることに必死なの?なれるんだろうけど、そこまで頑張らなくてもなれるでしょ」
祐介は幾人ものプロを知っているからこその発言だった。成長期の中学一年生の段階で見込みありだと判断したのだから、学生の内にプロになるのは難しいかもしれないが、大学卒業前にはプロにはなれるだろうと確信していた。
だというのに、彼女は相当な努力をしているように見える。難しい書物を読み、時間があれば先生に頼み込んで実技をこなしている。
彼女の血筋は本物で、本家よりはかなり血が薄まっているだろうが、それでも優秀な血筋であることは間違いない。
そんな血統が認められた人物が才能を持ち、努力する。それもかなり必死に。その理由がわからなかったのだ。
祐介は色々と諦めているがために。
将来が明るくないことがわかっているからこそ、人生観は悲観的だった。
プロにはなれないと祐介自身が思っているし、表舞台に上がることはないと確信していた。だからこの中学生活を最後の娑婆と思い、刹那的に生きているのだ。
「私に才能がないからかな。よく言われるんだけど、私は天才でも何でもないの。天才って、難波君のような人に使われる言葉なんだよ。私じゃない」
「明はそりゃあ天才だろうけど。だって、中学三年間の呪術の試験免除とかありえないでしょ?」
「うん、本当に。……知識量も、実力も、何もかも足りない。多分私はこのままプロになっても、精々六段になれれば良い方だね。……将来的にはこの土地で陰陽師を続けたいけど、ここで六段だったら左遷されかねないから、かな」
この那須の土地は京都や東京に比べれば魑魅魍魎の被害は少ないが、それでもそれなりに主要な土地でもある。なにせ玉藻の前が眠っている地だ。
そんな場所に派遣しつつ、質を維持したい。京都などを手薄にしないために数を多く送れないことを考慮すると、希望の土地でプロとして活動するにはかなりの実力が必要になる。それこそ人事に認められる程度には。
「天海さん、ここ好きなんだ?京都とか東京に出たいって思わないの?」
「高校と大学は出るだろうけど、結局ここに帰ってくると思う。……うん。私、ここのことが好きだから」
そう晴れやかに語る少女の言葉に、表情に。
祐介は初めて心臓がトクリと鼓動した気がした。
誰と話してもそんなことはなかったのに。気付いてしまえばなんてことのないことで。
そんな感情を持つとは思わなかったのに、まさか自由を得て抱くことになるとは祐介自身も思っていなかった。
自分を非人間だと思っているからこそ、その感情は分不相応だと理解していて。
何気ない仕草や言葉を気にしてしまって。
ふと彼女を視線で追ってしまい。
その感情に色と名前をつけてしまってからはダメだった。
彼は紛れもなく、人間だったということだ。
自分とは真逆な彼女に。
恋をした。
次も二日後に投稿します。
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