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陰陽師の当主になってモフモフします(願望)  作者: 桜 寧音
8章 家の呪縛・終わりの始まり
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4ー1ー1 最後の選択

初顔合わせ。

 住吉祐介──正確には土御門祐介の産まれというものは現代日本でもなかなかに奇特なものであると言える。

 物心がついた三歳頃。一番身近だった歳相応の女性に投げかけたこの言葉が決定的だった。


「おかあさん」


「祐介さん。私はあなたの母ではありません。使用人でございます」


 三十代ほどの、着物を着た女性にそう返されて、物心がついて初めての衝撃だっただろう。自分の一番側にいる女性が、母親ではなかったなどと。

 大きなお屋敷、一般的な邸宅ではなく日本庭園もあるお屋敷である。そんな場所に住んでいたのであれば、外の人間が見れば使用人がいてもおかしくはないだろうが、小さな子どもにはショッキングな事実だろう。


 だが、それもそのはず。土御門の名前を名乗れる者は本家本元のみ。祐介の代だけであれば、土御門光陰のみだ。彼に他の兄弟がいないため、この世代の土御門は光陰ただ一人となる。

 祐介は間違いなく土御門の人間だった。分家筋とかではなく、土御門直系の人間である。

 だというのに世間に公表されない理由は、母親にあった。


 使用人が祐介を母親の元に連れていく。自分を母親と呼び始めたら、それは教育を間違えたことになる。

 そのため、どんな現実が待ち構えていようが、祐介を母親に会わせることにした。それは襖で遮られた一つの大きな部屋。和室があるのだろうと察せられる部屋だ。

 しかしそこは、祐介が住む屋敷から渡り廊下を通らなければならないほど隔離された場所だった。平屋建ての大きな建物の一室で、祐介の住む屋敷にいる使用人が、ここでは少なかった。


亜利沙(ありさ)様、祐介さんをお連れしました」


「……帰って。顔も見たくない」


 襖が開くことなく返ってきた言葉は、声は。疲れているようだった。喉が枯れているのかガラガラで、とても生を感じない、低い声。

 女性の声だとはわかるが、祐介の母親だと思えるような、若さを感じない声だった。


「そうはいきません。良い頃合いかと思われます。本家の子どもではない子どもたちには、三歳と六歳の時に母親に会わせることになっておりますので」


「私はその子の母親じゃないわよぉ。ホント、帰って。母親は死んだことにすれば良いじゃない……」


「……おかあさん?」


 ガタッと音がした。祐介の舌ったらずな声に、寄っかかっている何かから崩れ落ちたかのような音がした。

 そんな音がしたのは何故か。祐介はそこまで考えられない。三歳児にそんなことを考えろと言う方が無茶だ。

 今の祐介の頭には、会ったことがない母親に会いたいということしかない。


「開けますね」


「待って、ホント待って!」


 悲鳴のような静止を聞かず、使用人は襖を開ける。使用人の脇にいた祐介の目に映ったのは、畳が敷き詰められた大きな和室で、部屋の隅っこの布団に包まった女性。

 白い貫頭衣のようなものを着て、長い茶色の髪は手入れをしていないのかボサボサで。目も荒んでおり、目元は隈だらけで。部屋には様々な物が散乱しており、彼女の近くには物置台が横に倒れており、その上にあったのであろう化粧品の数々が床に散らばっていた。


 部屋は、上質だろう。高級旅館の一室と言ってもいい。掛け軸や飾られている花瓶、些細な物までお高いとわかる調度品なのだから。

 だが、そこにいる人物が。まるで部屋にふさわしくなかった。肌を掻きむしったのか赤切れしている、爪痕など残った日光を浴びていない白い肌。その肌がガサガサであり、赤い線がいくつもついていて、それだけで不気味だった。


 部屋はひとことで言って汚部屋だろう。ここには使用人がいないのか、いてもこうなってしまうのか。それだけ汚かった。

 この部屋の主人たる女性は。祐介の姿を見ると後ずさって布団を頭から被って、部屋の壁に背中をつけていた。

 まるで祐介を見たくないかのように。祐介に、見られたくないかのように。


「亜利沙様」


「やめてよ……!本当に、その子なの?あなたたちの勘違いじゃないの?」


「間違いありません。住吉祐介。あなたの子どもです」


 その名が紡がれた瞬間。もう一度彼女は身体を大きく揺らした。

 そんな反応をされる理由が、祐介にはわからなかった。どうして顔を合わせてくれないのか、わからなかった。どうして怯えているのか、わからなかった。

 祐介が十歳になる頃には母親の心情もわかったのだが、今この時点では理解することができなかった。


「……住吉なんて、名乗らせてるの?」


「誰が誰の子どもか把握するのに便利ですので」


「そんなものっ!名前じゃないじゃない!アンタらは、本当に……っ!」


 亜利沙は近くにあった枕を使用人の女性に投げようとしたが。

 枕を上に持ち上げて、使用人の顔を見て。そのまま枕をその場に下ろした。

 使用人の表情が、同類を見るようなものだったから。


 彼女も囚われた一人でしかないから。

 土御門の使用人とは、外部から雇った人間ではない。

 実験で何も成果を得られなかった、失敗作たちが雑用をしているに過ぎないのだ。


 彼らは戸籍なんて存在しない。幾人かは存在する者もいるが、全員ではない。祐介も、戸籍は存在しなかった。

 基本は土御門の領地で軟禁。買い物くらいならさせるが、京都市を出られないように呪術で行動を制限している。脳に直接術を仕込まれているので、まず脱走しようという考えが浮かばないようになっている。

 もし出てしまったら、変死体になるように条件付けされている。あと、土御門のことについて話した場合も同様に呪術が身体に巡る。


 それが使用人たちだ。その状況と、亜利沙もほぼ変わらない。

 彼女も与えられた一室からまともに出られず、風呂でさえ監視があり、自由などない。娯楽などもほぼなく、ただ子を為すだけの側室だ。


 それでも彼女は。祐介という子どもにしては霊気を多く持った子どもを産んだ親として少しは他の側室より扱いはマシだ。

 マシで、一部屋に軟禁である。他の成果を出せなかった側室などは、使用人になるだけ。


「……祐介さんと話さなくていいのですか?」


「話せないわよ。……私が母親なんて、思わない方が良いでしょ。ホント、何もかも嘘じゃない……!私、こんな道具になるために嫁いだわけじゃないのに……!」


 布団の中から、啜り哭く声が。それを聞いて、祐介は亜利沙に近付けなかった。

 子どもは、敏感だ。傷心中の母親に、子どもとして認められていないということ。今近付いたらダメなこと。

 それがわかってしまった。


「せめて、生活は安定させてください。寝る時は寝てください。ご主人様が困ります」


「はっ。徹底的に困らせてやるわよ。もう誰が、あんな悪魔の子どもなんて産むものか……!」


 それが亜利沙の最後の抵抗。

 今や彼女は、ただ子どもを産むだけの道具だ。祐介という結果が出たために、何度かまた身体を重ねているが、生活が崩れすぎてまともに生理が来ていなかった。

 生理が来たり来なかったり。そんな状態で妊娠もできず、もしかしたら遠くない未来に彼女は用無しになるかもしれなかった。


 それは、祐介の成果を以ってして相殺され、結果軟禁生活を強いられることになるが。

 結局。祐介の母親との初邂逅は最悪な形で終わった。まともに会話もせず、姿を見れたのも数秒だけ。

 そうして祐介は土御門という家が怖くなり。


 母親に会いたいがために、土御門へ貢献することになる。

 それが亜利沙の母体としての優秀さを裏付ける形になり彼女を苦しめ。彼女を救うために祐介は更に頑張り。

 そんな悪循環が出来上がってしまった。


次も二日後に投稿します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 土御門……… 一千年前を理解してないとかもはやそういうところじゃないんだなこれ
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