3ー5ー3 二人の背景・喧嘩
告白。
決着がついたことを確認して、それまで静観を決め込んでいた銀郎が動き出す。それを見て祐介は警戒したが、地面に膝をついた時点で動けそうになかった。
懐に忍ばせた呪符も呪具も残り少ない。そんな状態で銀郎に勝てるかと聞かれれば即座に首を横に振る。
それだけ難波の式神は別格なのだ。
銀郎が悠然と近付くと、自分の守り刀たる腰の日本刀を地面に置いた。たとえ主武器を置かれても、身体能力が違いすぎる。それで安心などできなかった。
『これ以上あっしも近付けませんね。祐介、取引と行きましょうぜ』
「取引?」
『ええ。あっしは坊ちゃんの回収がしたいだけ。で、祐介の傷も相当でしょう?なので坊ちゃんを返してくれればこれを渡します』
銀郎が懐から出したのは透明なケースに入った三つの青い丸薬。それの一個を出して、残りのケースを見せつけた。
『傷を癒すための丸薬です。麻酔の効果もあるので、痛みも一時的に忘れられるでしょう。その身体で術式を使用したら失敗するのでは?』
「それをこっちに渡す理由は?」
『殺生石が天敵で。あっしはここから一歩も近付けないんですよ。これ以上近付いたら殺生石に飲み込まれる。でも坊ちゃんの治療も必要でしょう?……この薬が信用ならないなら先に坊ちゃんの口に入れますが』
銀郎としては善意の施しだった。いくら肉体強化で殴り合っていたとしても、明は今気を失っているだけだ。今すぐに処置しなければならないほど酷い怪我でもない。
護身術もまともに習っていない高校生の喧嘩だ。治癒術式を使えば入院も必要ないほどの怪我。初めての殴り合いだったことと、顔面のいいところに入ってしまったこと。それが明が地に伏せている理由。
心配するほどの状態じゃないのだから。
「……未来視ですか」
『ええ。ここに来る途中で視たそうです。負けた時はこの丸薬を渡すように言われました。勝とうが負けようが、お互いボロボロだろうからと。あなたが坊ちゃんに友誼を感じているように、坊ちゃんもあなたに友誼を感じていたんですよ。だから全力で止めようとしたわけですし』
「受け取ります。ただし。お互い時計回りに動いて場所を交換しましょう」
『それで構いません』
銀郎は丸薬が入ったケースを地面に置いて、時計回りで動き始める。祐介と場所を入れ替わり、明の元に着いたら即座に丸薬を口に放り込んだ。即効性のある薬なので、痛みもすぐに引く。
これは薬に詳しい妖が作ったものだ。人間にも効くが、妖にも効くために裏の世界でも有名な薬師だ。
祐介も口に含むと、すぐに効果があったのか驚く。薬にしろ注射にしろ、そこまで即効性のあるものは珍しい。治癒術式を用いたとしても、痛みや神経のズレなどを感じるものだが、それが一切なかったのだ。
「銀郎さん」
『うん?』
祐介が足元にあった銀郎の刀を投げ渡した。ある意味祐介を信頼して置き去りにした武器を、投げ返されるとは思っていなかった。
「ありがとうございました。それと騙していて、すんません」
『沙汰は坊ちゃんが下したでしょう?その決定にあっしは何にも言いませんよ。旦那様たちももう祐介に手を出すことはありません。難波の分家もあなたに何かすることはないでしょう』
「……いいんですか?」
『死人に文句は言いませんよ。ああ、土御門の初代あたりは恨みますが、その程度です。……それに、坊ちゃんが起きてまた止めるかもしれませんよ?』
「それは嫌だなあ」
祐介の本心。
これ以上明と戦いたくなかった。こんな死闘は一回こっきりで十分だとほとほと感じていた。
だから、時間がある内に移動を開始する。
「もう、謝りません。お礼も言いません。……死人に口なし、なので」
『さようなら。住吉祐介。まあ、行く前にもう一つ。坊ちゃんから言伝をもらってまして』
「……まだあるんですか」
『ええ。あなたはもう時間がないでしょう。なので教えると。────』
そこから一分少々。銀郎は明からの伝言を伝える。
まだ誰にも伝えていなかった秘密。難波家本家であれば知っていること。それを分家でもなく、敵対者だった祐介に初めて明かした。
「…………あーあ。なんだそれ。じゃあ俺の術式は」
『呼ぼうとしている存在によっては。無意味でしょう』
銀郎が語った真実に。
わずかな告白に。
一気に徒労感が押し寄せてきた。
「明が、止めるわけだ」
『ええ。誇っていいと思いますがね?あなたは土御門家で最高の傑物だった。殺生石の制御も、オリジナル術式を産み出すことも。そして、難波明に勝ったことも』
「……ええ。この人生で一番の意味をもらったかもしれません。……さようなら。明には道を今更変えられなかったって言っておいてください」
『伝えましょう』
祐介は立ち上がって、最後の起点へ向かう。そこで術式を使って、そこまでだ。
そこから先に、光はない。
銀郎も木に寄りかからせた明の様子を確かめながら、ため息をひとつ。もうしばらく起きそうにない。
『これで良かったんですかねえ?坊ちゃん。早く起きないと、お姫様が無茶しちゃいそうですよ?』
そう問いかけても、明は目覚めない。
祐介の術式が仕上げとばかりに地表から姿を表す。術式の霊線が浮かび上がり、紫色の線が空へ向かって立体化する。
それは触っても害にはならない。だが、その線を消そうとしても無駄。もう術式を止める手段は祐介自身を止めるか、最後の起点を破壊するしかない。
愚鈍な陰陽師たちは、ようやく事態を把握する。京都市に浮かび上がった紫色の五芒星。それが示すものとは。
とある存在を現世とあの世から抹消するための復活儀式。
その術式の術者たる祐介は、最後の起点に向かって歩く中、携帯電話を取り出す。軽く操作して、電話帳からある人物の名前を見付けて、彼女へ通話を試みる。
しばらく待ってみると、彼女は電話に答えてくれた。
「住吉君?もしかして外の異常で何かあった?」
「あー、うん。それはすぐ解決するから大丈夫。……今、時間大丈夫?」
「……外の事態に備える以外だったら、大丈夫だけど」
「そっか。別に返事が欲しいとかじゃないんだけど。……天海薫さん。あなたが、好きだ」
言ってしまったと、祐介は思った。
伝えるつもりも、電話をかけるつもりもなかった。それでも、最後に声が聞ければいいと思ったのに。
電話をしてしまったら、この想いを伝えたいと思ってしまった。
彼女のことをよく見ていたから、彼女の想いの矢印はわかっていたのに。
もう時間のない自分が伝えても自己満足にすぎないと、傷付けるだけだとわかっていたのに。
言ってしまった。
なのに何故か。後悔した想いは一切なかった。
次も二日後に投稿します。
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