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陰陽師の当主になってモフモフします(願望)  作者: 桜 寧音
8章 家の呪縛・終わりの始まり
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3ー5ー2 二人の背景・喧嘩

伏す。

 祐介も手に持っていた物を放り投げ、明に摑みかかる。

 二人とも、武術には全く精通していなかった。それもそのはずで、陰陽師たるもの、最低限身体を鍛えておいたらあとは陰陽術の研鑽こそがすべきことなのだから。

 難波の家で言えば強力な式神が常時身辺警護をしているのだから誘拐などを一切気にしなくて良い。しかも接近戦も余程のことがない限りすることはないだろう。そのため護身術など教えていなかった。


 それは祐介も同じく。土御門は青竜のような肉体を鍛えて陰陽術で強化する方法を邪道・古臭いと断じて取り入れるどころか研究すらしようとしなかった。それに祐介はお家の直系とは扱いが異なったため、護身術など習っていない。

 もし祐介が土御門の血筋だとバレて誘拐されたとしても。本家は見捨てるだけだ。だから護身術という時間も労力もかかることをやらせなかった。


 そのため、二人の殴り合いなんてそれこそ喧嘩じみたものだろう。年相応の若者がする、ただの殴り合い。

 それに陰陽術で肉体強化をかけただけだ。

 そのため一撃一撃が重い。


 殴ろうが蹴ろうが、一々ドゴッ!という音が聞こえる。肉体強化でそれこそ筋肉が増えたり神経が高感度になったり、骨が丈夫になったりしているが。お互いがそれを行っていれば攻撃はもちろん通る。

 型も作法もない、踏み込みのフェイントもない。

 ただお互いがお互いを見て、力一杯拳や足に力を込めて踏み出すだけ。何かで注意を逸らそうとか思いも寄らない。



 なにせ彼らは喧嘩自体するのは初めて。



 そんなことをする暇も、相手もいなかった。



 相手が殴りかかってくれば、腕で防ぐ。蹴りをしてこようとしたら、足でガードする。避けられそうなものは避けて、攻防を入れ替えながら喧嘩は続く。

 お互い全身の筋はどこかしら痛めているし、場所によっては骨にも支障が出ているかもしれない。内出血、打撲、流血は当たり前。それでも彼らは足を止めない。拳を、握りしめる。


 祐介の拳が明の顔面に決まり、明はよろめく。それでも再び距離を詰めて膝蹴りを喰らわせて祐介の身体を木まで飛ばす。祐介もよろめいたが、すぐに木から離れて明をまっすぐ見据えていた。

 肉体強化というのは込める霊気に応じてその効果が増す。二人はかなりの量の霊気を肉体強化の術式に込めていたが、ハンドガンで銃撃戦をするよりもよっぽどマシな消耗だった。弾丸数発分の霊気で、最大限の強化ができているのだから。


 この強化倍率から効率の良い術式として優良だと思った人物たちが改良した結果青竜一派のような者たちが台頭したのだ。それまではあくまで緊急時の術式としてあまり注目されないマイナーな術式だった。

 霊気の消耗が少ないとはいえ、距離を取って戦うことが主流な陰陽師からしたらそのスタンスが真逆な術式を伸ばすという発想がなかった。マルチタスク──複数の術式を同時併用する技術は高等技能。誰でも使えるわけではない。


 優秀な術式とはいえ、まともに運用するためには陰陽術の修行の他に身体トレーニングが必須になる。それに相対する妖は肉体強化を施した程度で倒せる相手ではない。埋もれてしまうのも仕方がない術式だろう。

 補助術式となれば一気に難易度が上がる。それですら、使うかわからない術式だ。


 だが、破格の術式だというのも事実。あまり身体を鍛えていない明と祐介でも、神気による加護がない「かまいたち」と同レベルで動ける。身体能力に賭けるしかなく、研鑽の末名の知れた犯罪者を殺した「かまいたち」と同等になれるのだ。

 それは「かまいたち」の数年に及ぶ努力に追いつくという成果を産み出し、やはり破格の術式と言ってもいいだろう。


 だが、そんな便利な肉体強化の術式とはいえ限度がある。

 身体の限界を超えた強化ができないこと。言ってしまえば明と祐介では肉体強化をしたところで本気の「かまいたち」や茨木童子などには全く敵わない。ちょっとだけ攻撃が避けられればいいなという程度だ。

 霊気を無理に増やして肉体強化を使えば一瞬だけバカみたいな身体能力を得られるが、すぐに身体が耐えられずに複雑怪奇骨折と神経断絶という嫌すぎる代償を払うことになる。それで背骨や腰椎、首の骨や大事な神経を傷付ければすぐに寝たきりだ。


 下手したらそのまま命を落とす可能性もある。

 それがわかっている二人は常識的な強化しか施していない。それでも十分だからだ。使い方さえ間違えなければ優秀な術式で、しかも今の状況を決められる能力を持っていた。

 踏み込みだけで地面が抉れて、相手の肉体を確実に痛めつけられるその力は、温存しながらも事態の進行に一躍買っていた。


 一進一退で二人は傷を負う。どちらも満身創痍。口の中を切っていて血の味が充満し、嗅覚にも異常を知らせるほど、鉄の香りしかしない。

 それでも、二人は殴ることをやめなかった。

 お互いが次のことを考えていて、霊気を温存した以上これが最適解。もう新たな術式を使うことを諦めている。というより、距離を開けて術を使うなどできないだろう。


 一つは自尊心から。一つは体調から。一つは集中力から。

 決着をつけるにはこれしかないと、二人とも判断していた。傷が増えようが、霊気を残す方が優先となっていたために。

 明としては術式を止めたい。祐介としては今日の内に術式を起動させたい。霊気は譲渡してもらう以外に回復する手立ては自然治癒しかないため、今日という日を選んだ時点でこうなったのかもしれない。


 だが、二人の限界は近付いていた。もう何発も重い一撃を受けられない。受ければ意識を失うだろうと直感していた。

 ボクサーでもあるまいし、何発も拳や足を受けて平気なわけがない。グローブもなしに肉体強化までかけているのだ。青竜のように身体を鍛えていない高校一年生では、この辺りが限界だった。


 それがわかっているのか、二人は雄叫びを上げながら最後の力を振り絞って踏み込む。

 最後は照らし合わせたような、右ストレート。しかも相手の顔面目掛けて。

 二人の踏み込みが相手の直前で交差し。

 助走しながら引き絞った利き腕をそのまま射出するだけ。


 ドギャッ!という鈍い音が誰も知らない戦場に響く。

 お互いの腕は伸びたまま相手の顔面へ伸びていた。しばらくそのまま硬直していたが、明の小さな悪態の声が漏れるのと同時に、右側へ崩れていき、地面へ落とされた。

 最後に立っていたのは、祐介だった。


「悪態つきたいのはこっちだよ……っ!もう、戻れない……!俺に伸ばされたお前の手を、俺が突っぱねたんだ……‼︎俺のたった一人の親友(・・)を手離して、俺は地獄に落ちる!……珠希ちゃん、幸せにしろよぉ……‼︎」


 既に意識のない明の顔へ手を伸ばして、祐介はそう慟哭する。彼の頬を伝うのは、人間の証。

 友を裏切る、懺悔の雫。


次は二日後に投稿します。

感想などお待ちしております。あと評価とブックマークも。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 祐介…。止まらなかったんだろうなぁ。 それでも明は友達で、友達の幸せを願っていて。 人間、なんですねぇ。
[一言] やっぱ喧嘩なんだよな
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