3ー2ー2 二人の背景・喧嘩
今回のラーメン。
誰にも見付からず空の旅をして「羽原」の上空に着いた後、降りる前に祐介に言っておくことがあった。
「祐介。適当な大人の姿に変化しといて」
「はあ?何で?」
「子どもだけでご飯屋にいると目立つから。制服だし、高校生でもないからな」
高校生ならお金も持ってるから学校帰りにどこか寄ってもおかしくないだろうけど、見た目中学生二人がお店にいたら怪しまれることこの上ない。
だから周りの目を誤魔化すために姿を変えなくちゃいけない。
幻術で姿を変えて、ゴンのお墨付きをもらってから地上に降りて、夜の開店を待つ。つっても、大将には一発で看破されるんだけど。
まだ誰もいなくて一番だ。開店前からかなり並んでたら待つから嫌になる。そういう意味では待たなくて食べられるのは嬉しい。
あと、携帯で瑠姫に夕飯いらないことを伝えると、連絡が遅いと怒られてしまった。明日の朝食べることを約束して事なきを得る。
「祐介は親に飯のこと言わなくていいわけ?」
「ん?いいよ。叔父さん夫婦の家に厄介になってるけど、関係冷え切ってるし。いつも通り冷凍食品か何かだから、連絡したって無駄。それに携帯持ってねーし」
という設定なのだろう。祐介のことは父さんが既に調べていた。この後過去視を使って自分でも調査したが、答えをしどろもどろで言わずに事前で用意していた時点で失敗しないように入念に準備をしていたのだとわかる。
それからは雑談をして開店を待った。結局俺たち以外いなかったので、娘さんがお店を開けるまで気兼ねなく話を続けられた。その間、祐介は土御門のつの字も出さなかった。
「いらっしゃいませー。二名様ですか?」
「はい」
「お好きな席どうぞー」
娘さんに言われてお店の中に入ると、厨房に大将がいた。その大将は俺たちのことを見て眉を吊り上げて、娘さんがお店の扉を閉めたのを見てため息混じりにこう告げた。
「明。一番奥ならお狐様が食べてても他の客にはわからないだろ」
「ありがとうございます、大将」
「え、え?バレてんのか?」
「えー?お父さん、どっちが明くん?」
「背の高い方」
一発でバレた。本当に大将の観察眼には恐れ入る。祐介も一発でバレると思ってなかったのか狼狽えて、娘さんは俺たちのことを見比べていた。本当の身長より嵩上げしているので、娘さんの視線は俺たちの上を行き来している。
娘さんは引っかかってくれるんだけど。本当に大将はどういう眼をしてるんだか。
「おい、明。……あの大将?店長?何者なわけ?」
「ただの一般人。ラーメン屋の店主。霊気感じないだろ?」
「一般人が呪術で作った幻影突破するかぁ?」
「俺は毎度見破られてるぞ」
奥のカウンターに座り、子ども用の椅子を持ってきてそこにゴンを座らせる。姿は隠したままなので、他のお客が来てもただ椅子が置いてあるようにしか見えない。それに奥には何もないので誰も来ないだろう。奥に来るお客を見たことがない。
この「羽原」、オープンして数ヶ月は経ってるはずなのに、立地の問題かこの時期はお客さん少ないよなあ。美味しいのに。もうしばらくしたらお昼は繁盛店になるんだけど。
「ほら、祐介。選べよ」
「……初めてだしなあ。中華そばにするわ」
「じゃあ俺は追い鰹中華そばにしよ。すみませーん」
「はーい。……うーん、やっぱり二人とも姿を元に戻さない?声も変だし。明くんたちじゃないみたい」
「制服のまま来てるんですよ。勘弁してください」
「一回着替えてからくりゃいいじゃねえか」
「並んでたらやだなって思っての行動なのに」
「はっ。見ての通り今は閑古鳥が鳴いてらあ。今はな」
娘さんの要望を断ると大将に皮肉を言われてしまった。とはいえここで終わるつもりはなく、向上心はあるようだ。そうじゃなきゃ試作のラーメンを何度も作らないだろう。
定番メニューだけで終わらせないつもりだ。
「ごめんごめん。それで注文は?」
「こっちが中華そばで、俺が追い鰹中華そば。ゴンに角煮丼と味玉を。以上で」
「はい。少々お待ちください」
注文が終わったら待つだけ。とはいえ俺たちしかいないからすぐに来るだろう。
夜の営業はそこまで売り上げがないんじゃないだろうか。街の中心から外れているし、大きな国道にあるわけでもない。夜は魑魅魍魎の時間だ。一般人は来づらいだろう。
「こんなところ、どうやって知ったわけ?」
「開店の日に父さんに連れてこられた」
「ふうん?明ってそのお狐様と契約してたり、霊気もバカみたいにあるだろ?プロにならないのか?」
「将来的にはなっても、今は受けるつもりないよ。試験会場だって京都か東京だけだし。そういう祐介は?」
「未成年でプロになると親に連絡が行くだろ?んなことしたら今まで以上に嫌われるって」
ラーメンを待つ間、祐介の嘘の情報を愚痴のように話された。本当の両親は陰陽師じゃないから、呪術が使える自分は異端だの、昔から何故か難しい術式が使えただの。
過去視で知っているから、よほど練ってきた設定なのだろうと思った。言い澱みもなく、スラスラと述べることから、裏事情を知らなかった者は信じてしまいかねないだろうとも思う。
実際ミクも天海も気付いた様子はなかった。ミクにも祐介のことは八月に伝えたばかりだ。
そんな話に一区切りがついた頃、娘さんと大将ができた料理を運んで来てくれた。
「待たせたな」
「はい、ゴンちゃん。食べやすいように大きな丼によそったから」
俺の前に置かれる、祐介の中華そばよりスープが黄色く薄い色合いをしている。そしてこれでもかと鰹のいい匂いがするし、中央にあるチャーシューの上に赤い鰹節が山となって乗っている。それ以外はメンマや海苔、ネギにナルトなど中華そばと具材は変わらない。
麺も細麺のストレートだ。その辺りは変更していない。純粋な鶏のスープか、鰹を使っているか。それくらいしかあえて変化をつけていないのだろう。
「いただきます」
「いただきまーす」
『もらうぞ』
それぞれ初めの挨拶を言って食べ始める。美味しかったなあ、この追い鰹のラーメンも。鶏じゃなくてしっかりと鰹の匂いと味がこれでもかと主張してきて。本格的に魚主体で扱ってるお店と比べたら魚らしさは薄いかもしれないけど、魚と鶏のダブルスープを味わってるみたいで、これはこれで好きだった。
限定メニューがなければ結構な頻度で食べていたラーメンだ。毎回限定ラーメンがあるわけでもなかったし。
祐介も初めての割りには美味い美味いと箸が止まらず。ゴンもいつものように味玉を一飲みにしたり、角煮丼を丼抱えながらハグハグハグと音を立てながら食いついていた。稲荷寿司の次に好きと言うだけはあるけど、それを聞いたら母さんと瑠姫が怒るんだよな。
あれだけ作ってきて、しかも瑠姫に関しては料理屋の経験があるのに、ラーメン屋のサイドメニューの方が好きって言われたら。
「はぁー、満足。美味いし安いし言うことないな。明、教えてくれてサンキュー」
「俺にとってもオススメの店だからな。美味しいもんは他の人にも教えたくなるだろ?」
「確かに」
「本当にそう思ってんなら普通の姿で来やがれ」
「いやいや。それこそ中学生を匿ってるなんて噂流れたらダメでしょう?それを配慮してるんですよ」
「配慮の仕方がだいぶ歪んでんなあ」
大将に呆れられたが、結局中学の三年間は祐介と来ることになり、その度大将には変な顔をされた。学校サボって堂々と行くわけには行かなかったんだから仕方がないだろう。
売り上げにも結構貢献したんだし、評判にも繋がった気がするんだけどなあ。
そんなサボり場として定着してしまったことを悪く思いながらも、祐介の放課後の行動を抑制することにうってつけだったんだから仕方がない。これで夜まで時間を潰せば、そのまま魑魅魍魎狩りまで引っ張れたから悪事を働く余裕がなくなってたと思うし。
全てが終わったら大将と娘さんには謝りに行こう。
そんなことを、俺は考えていた。
次も三日後に投稿します。
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