3ー2ー1 二人の背景・喧嘩
初遭遇。
祐介と初めて会ったのは中学一年の春。五月の中頃だ。
その頃には既に陰陽術のテストは受けなくていいとされて、授業もテストも免除されていた。だからテストの時間にゆっくり登校していると、祐介のクラスが気になった。ただのテストなのに霊気を感じたからだ。
それで覗いてみると、祐介が降霊を行なっていた。俺以外には誰にもバレずに。名目上呪術の授業で、実技試験でもないのに降霊をする理由がわからず、簡易式神を祐介の教室に放って観察をした。
降霊なんてプロの陰陽師でも大半ができない高等技術だ。俺だってちゃんとした手順を踏まなきゃできなかった。降霊でも特に難しい人間を呼び出して、憑依させていた。霊媒体質でもなければ珍しい所業に、祐介のことを調べようとした。
一般科目のテストを受けつつ、ゴンを父さんへの使いにして調べさせた結果、ただの一般人という書類上の結果が出たと知って確信した。
どこかしらの名家のスパイだと。
難波の土地には玉藻の前が眠っていると流布してある。だからそれを調べる人間は昔から一定数いた。そういう鼠を排除してきたのが難波家だ。この土地も、彼女もゆっくり眠らせる必要があった。だから余所者に土地を乱されるわけにも、彼女の遺志を踏み躙られることも許さない。
俺たちは、難波の守護者だったから。
だから、学校の全てが終わってから祐介を待ち伏せにした。校門で待ち伏せにして、何も言わずに引っ張っていった。
「おいおい、いきなりなんだ⁉︎あんた誰だよ!」
白々しいったらない。
降霊を呪術のテストでする理由がない。そんなものを体質ではなく意図的にやっている奴が、たかだか中学の呪術のテストで何を霊から教わるというのか。
つまりあれは、俺にだけ気付かせるためのアピール。俺に接触するには俺にだけわかるような陰陽術を使って、同じだけの実力がありますよというアピールが必要だったわけだ。名家の嫡男に関わるには陰陽術の実力が必須。友人関係も家の関わりか実力で選ぶ。
そんでもって、こんな田舎に大層な陰陽師の家は難波の分家くらいしかいないもんで。それが意味するのは、俺に友人がいないということ。
だから友人に飢えている俺にとって、祐介という存在はこれ以上ないポジションに入り込めるわけだ。かなり合理的だったと思う。これは土御門光陰や賀茂静香も同じような状況だったからこそだろう。例え怪しくても、友人を求める心があると踏んだのだろう。
その事実に気付いた時ほど、自分が普通じゃないことに気付いた。
優先事項に、友人なんて枠がないのだと。
ミクは好きな人。ゴンは先生。銀郎や瑠姫は家来。星斗は分家でライバル。
ほら、友なんていなかった。
だから屋上に連れていった祐介に、こちらも偽りの笑顔を向けた。
「お前、降霊なんてできるわけ?初めて見たよ。同い年でそこまでできる奴」
「え、バレてた?カンニングみたいなもんだから、先生にもバレないようにしてたんだけど」
「俺じゃなきゃ見抜けないやつだったよ。俺、難波明っていうんだけど、名前は?」
「住吉祐介。難波……?どっかで聞いたことある名前だな」
「ここら辺を治めてる領主の家だ」
「ええ⁉︎じゃあお前、金持ちかよ!」
これを淀みなくやってしまう祐介の演技力が凄いなと最初は思ってたけど。
陰陽術で精神制御をしていた。まるで初めて聞いたかのような、自己暗示。緻密な術式のコントロールと隠蔽術。確かにこれは、誤魔化せる自信があるのも頷ける出来だった。
「金はどうだか。食費は多くもらってるけど、資産家ってわけでもないし、呪術省の重鎮ってわけでもない。……いや、山とかはいくつか持ってるから、資産家になるのか?」
「山って。……にしても、なんか限定的な金だな。大食いなのか?」
「ああ、違う違う。ゴン」
『オレが大食いだってか?』
「き、狐ェ⁉︎」
ゴンが隠行を解いて現れると、腰をつけていた祐介が後ずさった。狐の認識が世間一般でも悪いし、祐介は特に嫌っている土御門の家系。
数歩下がってしまっても仕方がないだろう。
「俺の式神、ゴン。噛みついたりしないぞ?」
「まあ、式神ならそうだろうけど……。はぁー、喋る動物なんて初めて見た。あ、でも尻尾が三本あるんだから普通の狐じゃないのか……?」
『ああ。オレは天狐だ。そんな概念、一般では廃れてるか?』
「天狐?いや、知らないな……」
『世の風潮は理解しているつもりだ。オレだって契約者の明とその周辺を傷付けなければ、暴れるつもりはないぞ?』
「……ちなみに暴れたらいかほどの被害が?」
「この街は消し飛ぶかなあ」
「ヒィ!」
俺の推測に祐介は喉を震わせる。頬まで引き攣っちゃってまあ。でも本当に、全力を出せば当時の俺でも、ゴンの力で地方都市くらいは破壊できただろう。やったことないから推測の域を出ないけど。
今なら余裕だ。手段が増えたから、簡単に破壊できる。
この脅しが効いたのか、祐介はゴンに喧嘩を売ることはなかったし、ミクに手を出すこともなかった。妥当な判断だと思う。それをやられていたら、地の果てまで追いかけて鏖殺していただろうから。
「そんなゴンのご機嫌取りが、食費。食べ物は偉大ってこと」
「ああ、なるほど……」
『それで納得すんな。明、腹減った』
「はいはい。祐介、飯食いに行こうか」
「飯?まさか、寿司か?」
「いいや、ラーメン」
「……は?」
稲荷寿司を想定していた祐介は、口を大きく開いてアホの顔をしていた。
まだ数回しか行ったことのないラーメン屋へ、連れていってみようと思っただけだ。
「俺の聞き間違い?ラーメン?寿司屋じゃなくて、ラーメン?」
「ああ。ラーメン専門店だ。稲荷寿司が置いてある酔狂なお店じゃないぞ?」
「いやいやいや。……そのお狐様がラーメン好きってこと?」
『バカが。オレの一番好きな食い物は稲荷寿司。そこは不動だ』
「……ご機嫌取りのための食費じゃなかったのか?」
「ウチのしきたりで、式神とも一緒に飯を食べるんだよ。ラーメンは俺の好物」
「式神ファーストじゃないんだな」
祐介が呆れている。いやいや、ゴンに稲荷寿司もあげてるし。瑠姫や母さんが作ったり、通販で有名店の物を取り寄せたり。ゴンには散々我儘を通させている。
瑠姫や銀郎はそんな我儘を言わないのに。あの二人は難波家に仕えてるって面持ちだから、お願いされることはあれ、我儘は言われない。
それでも外の家が見たら驚くくらいには式神優先なことが多いしきたりだけど。
「それに。融通利かせられるお店じゃなかったら、ゴンと食事できないし。式神と一緒に飯を食えるお店は増えてきたけど、狐はダメって店もある。難波じゃ少ないけどな」
「じゃあお狐様連れていける寿司屋もあるんだろ?」
「あるけど、金が足りない。そういう店は高いんだよ」
「ああ……。それはそうか。学生値段じゃねーんだ」
「ラーメンなら安上がりだし。美味しいから気にいると思うぞ」
あそこ──「羽原」は値段も良心的だから、ぶっちゃけ行きやすい。隠れ家的な場所にあって、去年できたばかりだからそんなに混んでないのも良い。大将には悪いけど。
「今から行くと、夕飯か?」
「だな。行くぞ」
「ここから近いのか?」
「ん?車で三十分くらい?」
「……はあ⁉︎遠すぎだろ!バス代かかるなら行かねーぞ!」
「んなもん使うか。簡易式神使って、空から行くんだよ」
「……呪術の私的使用って緊急時以外は禁止だろ?」
「バレなきゃ良いんだよ」
「それで良いのか、地元の名士の嫡男……」
ぶつくさ言いながら、俺の出した烏の簡易式神に乗って「羽原」に向かう。祐介だってさっき、私的利用してたんだが。文句を言われる筋合いはない。
家族以外で行くのは、初めてのことだった。
次も三日後に投稿します。
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