3ー1ー1 二人の背景・喧嘩
諦め。
何でそんな顔をしてるんだよ。全てを諦めて、それしか選べなかったみたいな顔して。
その絶望の選択しかできなかったって本当に思ってるのか。今やろうとしている呪術の媒体に自分の血を使って。霊脈を使って分不相応な大規模呪術をやろうとして。
本当に、バカなんじゃないか。
「祐介。これは止めなくちゃいけない術式だ。今からでも遅くない。起動をやめろ」
「そうはいかねーよ。もうこれしかないんだ。……でもさあ、何でこの場所がわかったわけ?京都に異変が起きてるってことは大多数の陰陽師がわかるとしても。起点になり得るこの場所を把握して来るなんて想定外なんだけど?」
「この術式の完成形を知ってるから、術式の把握は簡単だった。若干のアレンジがされてても、大部分は同じだからな。どこに起点があるかくらいはわかる。起動していない起点も」
「お前、やっぱり京都の霊脈を掌握してるだろ?」
苦笑混じりの祐介の問いかけに、俺は頷く。
龍脈はまだ姫さんと先代麒麟が持ってるから把握していないけど。霊脈なら宇迦様に力を貸してもらって式神降霊三式を使った関係でほぼ掌握している。
だから祐介がそんな霊脈に小細工を仕掛ければ、すぐにわかってしまう。
「全く。ここは土御門と賀茂の庭だったんだけどなあ。明ってまともにこっちに来たのって高校に上がってからだろ?そんな短期間で掌握できるもん?」
「きっかけをもらった。……そんなことするつもりはなかったんだよ。地元で引き篭もって、悠々自適な当主ライフを送りたかっただけなんだから」
「それは本当だったのかよ?」
「本当だよ。タマと一緒に、のんびりゆっくり過ごしたかったのは本音だ。呪術省を背負うつもりは、全くなかった」
呪術省がダメダメだってことは父さんへの対応で分かりきっていた。
星見への冷遇。助言を受け取らない傲慢さ。呪術省に幽閉されている優秀な星見。五神の在り方の無知さ。
一月にあった事件の隠蔽。被害に対する手当てもなし。減らない妖被害と、止まらない土地神殺し。異能者への厚遇は愚か迫害をし始める始末。
そんな腐った組織を、誰が好んで継ごうと思うのか。土御門か賀茂が継ぐことがほぼほぼ決まっている世襲制で難波の俺が革命でも起こさない限りやることはなかったはずだった。
あまりにも陳情が上がったらやったかもしれないが、高校に上がった最初のうちはそんな考えすら持ってなかった。とんでもないレールをかけられていて、もうそこから逃げられないと知ったら諦めもついたけど。
「あの革命があって。今までのトップ二つが信用ならないって世間が認識して。先日の本家襲撃だ。時代が求めてるリーダーがお前だっていうことは、俺も光陰も認めてる。けどな、それじゃあ引き下がれねーんだよ。本家としての意地もある。そして長年それに賭けていたってこともある。今更やめられるか」
「そんなプライドなんかのために、その術式を使うのか?」
「持ってるお前にはわかんねーよ!血筋も本物で、実力もあって!何も失ったことのないお前が、俺の気持ちなんて‼︎わかってたまるか!」
「……土御門家の気持ちじゃないんだな?土御門祐介」
「やめろ。俺は住吉祐介だ。土御門じゃない」
そこにはこだわりがあるのか、怒りの形相を向けてくる。
祐介の事情はわかっている。だからこそ、確認したかった。土御門に懐柔されているのか、本人の意思なのか。操られているわけでもなく、無理強いでもなく。本人の意思だとわかって安心した。
なら、祐介の意思を尊重して止められる。
「……俺だって、失ったものはあるんだけどなあ」
「お前が?珠希ちゃんも無事で、両親もちゃんとしてて。友人も死んでないだろ。そんなお前が何を失ったって?」
「色々。俺だってお前のことを過去視と中学からの数年間しか知らないけど、お前なんて中学からの俺しか知らないだろ?結構苦労してるんだよ、俺だって」
「……産まれからして違うだろ。お前は、恵まれてる」
「かもな。で?そんな恵まれてる俺からの言葉で、その危ないものを止める気はないわけ?」
「ない。最期だからこそ、土御門が功績を立てなくちゃいけない。世間一般の認識を悪だけで終わらせるわけにはいかないんだ」
今の世の中の風潮として。土御門と賀茂に感謝している人間がどれだけいるかと言われたら、一緒に悪いことをしていた人たちしか感謝していない。それくらいしか後ろ盾がないわけだが、そんな中で呪術省が裏でやってきたことや、賀茂本家がやっていた人体実験など、非常にまずい事柄が世の明るみに出てしまった。
最初は姫さんたちがでっち上げたものなのではないかという意見も少数あったが、それが通らない物的証拠が出てくる出てくる。極小の悪事なら誤魔化せたかもしれないが、殺人事件の隠蔽や死者を出してまでの呪術実験など。とても生理的に受け付けられないものまで流出してしまっている。
その煽りを受けているのは難波も同じなわけで。俺としてもあの二つの家と呪術省が潰れることに関しては文句はない。けれど、全てを罰しようとも思っていない。
特に祐介なんて、被害者に当たる可能性が高いのに。その被害者たる祐介が土御門のために頑張る理由。
いくつか考えられるけど、一番は。
俺のことが嫌いだからだろうな。
「祐介。これは自分のためか。お前が、自分の意思でやってることなんだな?」
「ああ。俺は自分の意思で、土御門の復権を考えてる」
「復権なんて望めなくてもか?」
「ああ。土台無理だってわかってるさ。それだけあの二つの家の闇は深い。一千年前から間違えまくってることもわかってる。……それでも、このままにしておけねーんだよ」
決心は固いようだ。いや、こんな言葉で決心を緩めるくらいなら、街中の術式を起動させていない。
もう、後戻りするつもりがないんだ。祐介は。
「俺だって、目の前の術式を放っておけないぞ?」
「何だ?利権を手に入れたら、もう京都の守護者気取りか?」
「違う。日本の調停者になるつもりだ。それには、その術式を使われたら困るんだよ」
その言葉に祐介も、後ろに控えている銀郎も息を呑んでいた。
そんなに意外な言葉だったか?呪術省を潰した時点で、そうなる覚悟はできてたんだけどな。
「……言うことが大きいな。足りなかったのはその自信か」
「土御門光陰や歴代の呪術省省長のことか?自身も覚悟も力も視野も、何もかも足りなかっただろ。本質を間違えてるんだから、どうやったって調停者にはなれない。お前も言った通り、守護者気取りが精々だよ」
「調停者……。俺たちとお前で、見ているものが違うってことか?」
「ああ。だってお前たちは、この世界の天秤なんて視えていないだろ?」
「天秤……?」
そう。これがわからない時点で俺たちが視ているものが違う。
元呪術省は人間と魑魅魍魎、それと妖くらいしか見ていなかった。それしか、見えていなかった。だけど神の世界や霊脈のような土地のことが全く視えていなくて。
そして日本に尽くすわけでもなく我欲を求めて。自然や星から見放された。どんどん視野が狭まって、辿り着いた場所は破滅の道。
「わからないなら良いんだよ。眼が違うんだ。晴明はそこまでお前たちに求めなかった。ただ京都を任せただけで、その京都をどうしても文句はなかった。法師も五神もいて、日本の龍脈と霊脈は気付いた人たちが調整をしてきた。結果として一千年前の状態になら、簡単に戻すことができた」
「それで人の道を違えても、始祖様はどうでも良かったってか?」
「ああ。だって晴明の母を殺しているんだ。どうでも良かったんだよ。晴明が視ていたのは、次の調停者がやりやすくするための土台作り。それが裏・天海家だったり、難波だったりしたんだから」
「……お前たちとは、存在理由が違うってことか」
「そう。だから落胆する必要もないさ。知られないように、こっちだって秘密にしてきたんだから」
そのための三家の不可侵締結だ。信用なんて一欠片もしてなかったんだから、邪魔されないように致命的な失敗だけされないように監視して、あとは放置していただけ。
ここまで全部、晴明と法師の筋書き通りなんだから大したもんだ。
次も三日後に投稿します。
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