2−4 大人たちの戦場
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そんな会議も二時間ほど続けると、資料の確認も質問もほぼ出切った。それもそのはずで、基本方針は呪術省の頃からさして変わらないのだ。政府のような権力との大きな繋がりをなくして、後は後継者を認めろというくらい。後ろめたい実験をやらなくする。そのくらいだ。
今まで通り魑魅魍魎から国民は守るし、呪術犯罪者を捕まえるために警察とも協力する。国立大学だろうがどこだろうが陰陽師学校なら連携もする。
日本の危機ともなれば国とも協力する。変化点は少ししかない。それで長々と会議をする理由もない。
今まさに、京都で事件が起きているなら尚更だ。
「以上で閉会します。よろしいでしょうか?」
「陰陽寮としては問題ありません」
「政府側としても問題はない」
「では閉会させていただきます。次回は総理大臣が直接こちらに赴くということで良いでしょうか?」
「ああ。その辺りはスケジュール調整をしてもう一度連絡を差し上げる。有意義な会合だった」
安田はそう言い、星斗の言葉で会議は終わる。結局話していたのは主に姫と安田だった。星斗やマユに質問が来ることもあれど少数。また、安田に付いてきた他の者も横槍を入れてきたが、さして重要なことではなかった。
そういう意味ではこの会議は資料通り──台本通りの演劇だったと言えるだろう。
記者たちや安田の取り巻きたちはさっさと部屋から出ていったが、その安田自身は姫の前に来ていた。
「どうかされました?」
「いや。きちんと君のことを見ておきたいと思ってね。……亡くなったのは十七年前だったか」
「小さい、と思いましたか?どうにも平均身長より伸びない家系のようで」
「いや。……幼いと思った。まだ九歳の幼子を麒麟に任命したと聞いて。学校にもまともに通わせず、全国をたらい回しにし、それでいて誰よりも強かった少女。そして、僅か十二歳で殺してしまった安倍晴明に匹敵する鬼才。……呪術省がしたことは許されない。だが、謝らせてくれ。すまなかった」
安田は九十度、綺麗に腰を曲げて頭を下げた。
そのことに首を傾げる姫。十七年前といえば目の前の人物はまだ三十代。そんな人が今では内閣府でトップの位置にいても、当時は一職員でしかなかったはず。
そんな安田が謝る理由がわからなかった。
「頭を上げてください。安田さんは当時わたしの暗殺には関わっていなかったでしょう?内閣府ですから。あれは呪術省の独断のはずですけど」
「だが、君を暗殺する話はこちらにも来ていた。道摩法師と関わりがあるからと。当時は道摩法師だとわからなかったが、麒麟が呪術犯罪者になることは見過ごせないと。その暴走を、知っていながらどうにもできなかった」
「仕方がないのでは?総理大臣でも止められたかどうかわからない事案ですし」
呪術省は政府と深いパイプで繋がっていながら、彼らのやることなすことを誰も止められなかった。それだけの権力と陰陽術という絶大な力を独占していた。呪術省の暴走を、権力を与えた側の政府は所謂共犯者で止めることなどできなかっただろう。
だから、彼が謝っても、当時力があっても。止められない事件だった。
「……もう二度と、君のような存在を作らない。そう誓っていたが。結局先代麒麟には同じ道を歩ませてしまった」
「ああ、先代。彼ももう気にしていないから大丈夫ですよ。今では元気にラーメンを作ってますから。奥さんとも幸せに暮らしていますので」
その言葉に残っていた星斗とマユは眉を動かした。
ラーメンを好きな陰陽師が多いのか、ただ知り合いにそんなラーメン好きが集中しているのか。とにかく、何と無く心当たりがある二人だった。
「そうか……。彼は普通の生活に戻れたのか」
「普通、かどうかはわかりません。どうしたって陰陽術には関わらなければいけません。それだけの力を持ってしまっています。それに彼にも星見としての力がありますから。わたし達もできるだけ彼に要請を出したりしません。自分の道を見付けられた彼に、また引き戻すようなことはしたくありませんから」
「そうだな。……難波明は、大丈夫なのか?あの少年にすぐ、今の席を明け渡すつもりだろう?」
「ご心配なく。彼は日本で最も完成された精神を持っています。これまでの呪術省もわたしたちが壊しました。政府にもあなたのような方がいらっしゃれば問題ないでしょう?」
言葉の最後にお茶目なウィンク一つ。
それだけ姫は目の前の男性を信用していた。会議で話し合ったこと、こうして直接話したこともあったが、もう一つ信用できる決定的な証拠があった。
「……そこまで信用いただけるのは嬉しいことだ」
「それはそうです。安田さん、わたしのファンクラブ会員になっているんでしょう?それに当時、それとなく表社会にもわたしが亡くなったことを流したのもあなたですし」
「「「⁉︎」」」
そのカミングアウトに、その場にいた三人は顔を引きつらせる。安田はなぜバレたという顔をしていたし、星斗とマユは良い歳したおっさんが当時十二歳のアイドルのファンクラブに入っていることが衝撃だった。
しかも非公式ファンクラブ会員だ。ほぼほぼ暗黙の了解になっていたとはいえ、それに政府高官が入っているとなると問題なのかもしれない。
「な、なぜ……?」
「実はあのファンサイト。わたしも知ってる妖が作ったものでして。とても機械に強くて、当時あなたがやった諸々の工作をハッキングして掴んでいたようで。そんな人が今回の会合に立候補してきたとなれば、その妖も伝えてくれますよ」
「……妖だからな。私のプライバシーなど気にしないだろう」
「すみません。お詫びといってはなんですが、何か要りますか?写真や動画はダメですけど、サインくらいなら描きますよ?」
「是非‼︎」
力強い即答に、若い二人はもう放心していた。おいおっさんと思っても口には出さない。表情では隠せていなかったが。
姫は終始笑顔。すぐにサインペンと筆ペンを用意していた。用意が良すぎないだろうか。
それから安田はスマホと手帳、そして何故か持っていた色紙にサインを貰い、その上握手をしてホクホク顔で帰っていった。やはり用意が良すぎないだろうか。憧れのアイドルに会えて、しかも相手が自分の努力を知っていて、特別にサインまで貰える。
ファン冥利に尽きるだろう。
「良いんですか?瑞穂さん」
「良いんですよ。これであの人はわたしの遺言のためにあと十年は頑張ってくれるでしょう。その頃には明くんも立派になっているでしょう。政府の嫌がらせなんて簡単に流せるくらい」
「その布石だったんですか?」
「無駄なことってしたくないんですよ。それにあの人が当時頑張ってくれたことも事実。だからあの世代から少し下の方々って結構呪術省に疑いを持っていましたし、今回の宣言では表立って味方になってくれました。四十代から五十代の声は大人として大きいですから」
そこまで考えてのことだったのかと星斗は舌を巻く。ここまでできる人が、もうすぐいなくなってしまう不安を感じた。
姫の代わりを務めるのが星斗だからこそ。
「センパイ。何でもかんでもすぐできるようにはなりませんよ。それに不安だったらわたしが支えます。これでも五神として活動してきたので、センパイがわからないこともわかるかもしれません」
「マユ……。ああ、その時は頼らせてもらうから」
「ハイ!」
「じゃあ二人とも。こっちのこと任せたわ。別に帰っても良いんだけど」
「瑞穂さんは……まさか騒動を終わらせに?」
「ううん?もう終わるよ?だから結末を見に行くだけ。あの人が言うには、まあ大きな転換の一つになるって」
その言葉を聞いて三人はその終わりの場所へ向かった。外に出れば一層呪詛が強まっていることに気付いたが、これがもう収まるという。
そして向かう先を聞いて、今日何度目になるかわからない驚きの表情を浮かべた。
次も三日後に投稿します。
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